ピエロの仮面
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1部分:第一章
第一章
ピエロの仮面
今日街にピエロが来ていた。楽しげに踊りながら子供達にあるものを配っていた。
「うわっ、サーカスが来るんだ」
「何か久し振りだよね」
「はいはい、楽しみにしててね」
顔を真っ白に塗りたくり赤い鼻にして目は黒く縁取りしている。そして赤と白、それに緑のやたらと派手な服と帽子を身に着けておどけた踊りをしながら歩いている。その彼が子供達に対してそれぞれチラシを配ってそのうえで話していた。
「今夜だよ、今夜」
「今夜なの?」
「サーカスは今夜なの」
「そうだよ。火の輪くぐりに空中ブランコ」
サーカスの定番である。
「それにナイフ投げ。何でもあるよ」
「よし、じゃあパパとママに御願いして」
「絶対に行くわ」
「うん、皆来てね」
ピエロはまた彼等に告げるのだった。
「そして楽しんでね」
こうしてピエロが子供達をサーカスに誘う。街の体育館に設けられたサーカスは本当に何でもあり火の輪くぐりもあれば空中ブランコもある。そしてナイフ投げもあのピエロの踊りもあった。子供達は観客席で歓声を送り心から楽しんだ。その日は誰もが楽しい時間を過ごすことができたのだった。
その翌日だった。昼のことである。体育館に一人の男の子がやって来た。彼を出迎えたのは一人の小柄な中年の男だった。上下共黒いジャージ姿だ。
「あれ、僕どうしたの?」
「ピエロさんいますか?」
男の子はにこりと笑っておじさんに尋ねてきた。見れば黒い髪を丁寧に切って少し吊り目の顔をしている。服は青い上着に半ズボンである。細い身体をしていて髪は黒く短く刈っている。目は少し垂れていてやたらと人なつっこそうな顔立ちをしている。
「いたら御会いしたいんですけれど」
「ピエロって昨日の?」
「はい、そうです」
男の子はにこりとしたままおじさんに答える。
「いますよね。このサーカスにまだ」
「うん、いるよ」
おじさんは男の子に対して明るく答えた。
「だってね。サーカスはまだはじまったばかりじゃない」
「だからおられるんですね」
「そうだよ。サーカスはこの一週間やるからね」
それだけの契約期間ということだ。
「その間はずっとこの街にいるからね」
「それでピエロのおじさんは」
男の子はまたおじさんに尋ねるのだった。
「何処におられるんですか?」
「そのおじさんだよね」
「はい、何処に」
「ここにいるよ」
おじさんはにこりと笑って男の子に対して答えるのだった。
「ここにね。いるよ」
「この体育館にですよね」
「うん、それもね」
そのにこりとした笑みをさらに深いものにさせてまた男の子に対して言ってきた。
「今この場所にね」
「この場所ですか?」
「そうだよ、君の目の前にね」
そしてこう言うのだった。
「いるよ」
「えっ、いないですよ」
けれど男の子はおじさんの言葉を聞いてきょとんとした顔になるだけだった。
「ピエロなんて何処にも」
「いや、それがいるんだよ」
けれどおじさんはにこりと笑ったまま男の子に語る。
「今ここにね」
「けれどいつのはおじさんだけだし」
「そのおじさんがなんだよ」
おじさんはここでこう言うのだった。
「おじさんがね。ピエロなんだよ」
「えっ!?」
男の子はその言葉を聞いてまずは目をしばたかせてしまった。
「おじさんがピエロなんですか?」
「信じられないかな」
「だって。顔も服も」
「ははは、あれはね」
おじさんはなおも笑って男の子に対して話す。
「まあここで話すのも何だし。中に入るかい?」
「いいんですか?」
「いいよ、今は時間があるしね」
そのにこやかな満面の笑顔で男の子に告げる。
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