White Clover
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流転
災厄の烙印Ⅰ
「その身体を手にいれたとはいえ、依然主は術もろくに使えぬヒヨッ子同然」
不意に、ヴラドの手に黒い靄が纏われ、それはやがて一冊の書物へと形を変える。
今にも崩れだしそうな程の劣化した古書。
「今の主には関わってはならぬものがあることは理解させておかねばならんしのう」
それは―――。
この身体となったからであろうか、今までは漠然としか感じることのできなかった感覚が鮮明に分かる。
その物…魔力を宿した物の危険さだ。
人から見ればなんということもないその古書だが、それが露になったその瞬間背筋にぞくりとした不快な感覚が走り、本能的が逃げろと信号を発する。
「世界の終焉を予言し導く禁書…黙示録。そう儂らは呼んでおる」
ヴラドが本を開くと、部屋は一瞬にして闇におおわれ別の風景を映し出す。
あの村だ。
私の眼前にはあの少女と出会った村が広がっていた。
「この黙示録はこの世に四冊存在しておる。儂と小娘の他に二冊じゃ」
彼女もその本を―――。
「うむ。そして、この黙示録には手にした者へそれぞれ特有の力を与える」
ヴラドの語る黙示録を手にした者へ与えられる力。
それは何れもが神の如くとも言える力であった。
無より存在し得ないものを含め万物を創造する能力、オーラム=ブリアー。
現世に存在する全ての物質と魔術を完璧と言える程に模造し己の意思で形成する能力、オーラム=イェツェーラー。
肉体と魔術へ全ての生命体の頂点に君臨しうる頑強と破壊力を与える能力、オーラム=アッシャー。
全ての力を無へと帰す能力、オーラム=アツィルト。
「この四冊の黙示録を所有する者とは関わることはお勧めできん。関わったものの大半は悲惨な末路を辿ることになるからのう」
では、あなたとアーシェには関わるべきではなかったと―――。
「そうじゃな。それ故に主は自らの立場も身体も失ってしまったわけじゃから」
確かにそうだ。
あのまま彼女と関わらなければ私は異端審問官として人のまま生涯を終えたであろう。
しかし、彼女と出会わなければ私はいずれ流され、他の異端審問官と同じく殺戮を繰り返していただろう。
私は現状を悲惨とは思ってはいません―――。
私の言葉にヴラドは驚きに目を見開き、それは直ぐに愉快とでも言うかのように笑いへと変わった。
「まぁ、それは主が出会ったのが儂や小娘であったからかも知れぬがのう」
風景が乱れ、村の景色は一転し室内へと変わる。
そこには幼い少女が二人。
アーシェと黒髪の少女だった。
「じゃが、あの黒髪の女の顔はよく覚えておくことじゃ」
そのヴラドの顔からは笑いが消え、厳しい表情へと変わる。
「この村を一瞬にして文字通り無へと帰した災厄の魔女じゃ」
あの黒髪の少女が―――。
にわかに信じがたい話であった。
目の前の少女はアーシェと楽しげに話し、それほどに恐ろしい所業をするようには見えない。
「物事に重要なのは外見ではない。その内に秘めた悪魔じゃ」
ヴラドが冗談を言っているようには見えなかった。
この少女の名前は―――。
「イデア。儂の知るどの者どもよりも魔力の強く四冊の中でも最悪の黙示録アツィルトを持つ災厄の魔女じゃ」
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