| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

White Clover

作者:フィオ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

流転
  異端審問官との決別Ⅳ

「起きて…」

暗黒に染められた私の視界の中、聞こえたのは女性の声だった。

「早く起きなさい……」

声の主は誰なのだろうか。
それはアーシェのものとは違う、私の知り得ぬ声。

声の主は誰なのか、ゆっくりと目蓋を開く。

まばゆい陽射しにに目がくらみ、女性の顔がぼやける。

「またこんなところで寝て…風邪をひくわよ」

陽射しに目が慣れ始めると、その姿が徐々に露になってゆく。

光を反射し美しく風に靡く、長くさらりと伸びた黒い長髪。
落ち着き大人びた言葉使いとは反対に、その顔は幼く蒼い…まるでサファイアのようなその美しい瞳に心が奪われそうになる。

この感覚はいつか体験した。

そう、アーシェと初めて出会ったあの日と同じ感覚だ。

「やっと起きたわね」

上体を起こし周囲を見渡すと、そこに広がっていたのは小さな村。

ここは何処だ―――。

状況が理解できず、ぽつりと疑問の言葉がこぼれる。

女性…いや、少女はそんな私を不思議そうに見つめくすりと微笑みを浮かべた。

「何を言っているの、私達の集落じゃない」

私達?

そんなはずはなかった。
目の前の少女もこの場所も、私の知らないもの。

いまだ状況を理解できぬ私を見て、少女の微笑みは消え心配するかのような表情へと変わる。

「本当にどうしたの?記憶喪失…ではないわよね?」

少女は私の頬に優しく手を触れ、目と鼻の先までその顔を寄せた。

その行為に、一瞬私の胸が高鳴る。

私より歳が十は離れているであろう少女にだ。

何を考えているのだ、と私は自分を戒め少女の手を離そうと掴む。

その瞬間だった。

私は、その掴んだ私の手に驚愕した。

そんな馬鹿な―――。

その手は自分のものでもあのホムンクルスのものでもない女性の手。

儀式は失敗してしまったのだろうか。

いや、そもそもヴラドが初めからそう仕組んでいた事なのか。

混乱する私に追い討ちをかけたのは、少女の一言だった。

「顔色が悪いわ大丈夫、アーシェ?」

アーシェ…だと―――。

耳を疑った。

私の魂はアーシェへと移ってしまったということなのか。

その瞬間、強烈な頭痛が襲う。

いままで受けたことのない、耐えがたいほどの痛み。

私は頭を抱え、地面へと這いつくばる。

再びぼやける視界。
遠退く意識のなか、少女が何かを叫んでいるが、この痛みの最中では何をいっているかなどわかるはずもなく。

そのまま、視界は再び暗転した。

やがて、痛みは徐々に和らぎ薄く開いた目蓋に再び光が刺す。

目を開くと、そこは見知った天井。

ヴラドの城だ。

「ふむ、なんとか成功したようじゃのう」

声の方を向くと、そこには満足げに頷くヴラドと疲弊しきった面持ちのアルバートの姿。

「まったく、ひやひやしましたぞ。ヴラド様、こういったことは事前にお話しくだされ」

僅かながら、その光景に私は安堵した。

自分の手を見ると、それは私のものでは無いながらも確かにあのホムンクルスの手。

「戸惑うのも無理はない。この瞬間から主は異端者となったのだからのう」

どうやら、彼は私がこの身体となった事に戸惑っていると勘違いをしているらしい。

いや、大丈夫だ―――。

私はゆっくりと上体を起こし、周囲を確認する。

アーシェは何処に―――。

先程見たもののせいか、彼女を確認しなければこの不安を拭いきれなかった。

「小娘なら別室で眠っておる。儂と殺り合おうとしたのじゃから当然の結果じゃな」

そうか、と胸を撫で下ろす。
やはりあれは夢であったのだろう。

そんな私を見て、ヴラドは顔をしかめた。

「てっきり小娘の具合を確かめると思っておったのじゃが」

それもそうだ。
以前胴体が千切れても尚、無事であった彼女が回復していないとは確かにおかしい。

「眠っている間になにか見たか?」

その言葉に驚くが、それもすぐに納得できた。
この儀式も初めてでは無いはず。
以前同じようなことがあり、あの夢のことを彼は予測していたのだろう。

私は彼らに見たものをありのままに話した。

「ふむ、それは記憶の追体験じゃな」

やはり、と言うべきか彼はその現象を知っているようだった。

「儂と小娘の細胞をもって作られている故、そのようなものを見たのであろう。…しかし、黒髪の少女か……ふむ」

そう言うと、彼は何かを考えるように黙り混む。

その、少女を知っているのですか―――。

私の問いかけに、ヴラドだけではなくアルバートの表情までも曇る。

私が聞いて良いことではなかったのだろうか。
確かに、彼女の事を彼らに聞いてしまうのも無粋な話かもしれない。

「ヴラド様、あの者の事は話しておいて良いのではないですか」

「ふむ…些か乗り気には慣れぬが……」

その口ぶりからすると、少女の事自体が彼にとって…いや、彼らにとっては良くないことのようだった。

ヴラドは不本意ながらもといった様子で、少女の事を語りだした。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧