ローゼンリッター回想録 ~血塗られた薔薇と青春~
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第7章 第5次イゼルローン攻略戦へ 前篇
それはいきなりのことであった。
私は、宇宙歴792年 4月1日に統合作戦本部第1部(人事部)人事課に呼び出され、そこで言われたのが
「第3部(作戦部)特殊作戦課へ期限付き出向を命じる」と「宇宙歴792年 4月1日付を以て 大尉に命じる」であった。
この統合作戦本部第3部特殊作戦課とは書いて字の通り特殊作戦の立案を行う部署で実際は非公開部署の一つである。
また、この部署は常設ではなくある作戦中における特殊作戦の立案を行うので今回も同じく臨時であった。
そして、この大尉昇進の時私は、19歳だった。公式記録では21歳ということになっているが、いささか不自然すぎる上に目立った戦功もなかった私からすれば迷惑な話であった。
私に辞令と任命書を渡した人事課のアレックス・コードウェル少将は
「今回の特殊作戦課の課長はバグダッシュ少佐だ。中央情報局からの出向だそうだ。食えない男だから注意しろよ。」
このバクダッシュ少佐は優秀な情報士官だ。
実は少佐は士官学校出でもなければ、下士官専科学校出でもない。
もともとは中央情報局の情報分析官でのちに特殊作戦室に転属になりフェザーンで帝国の政治的・軍事的な要人の暗殺を指揮したのちに同盟軍に引き抜かれていきなり大尉の階級からスタートしている。
その後、中央情報局第3課(破壊工作課)勤務ののち今回の任務に就いていた。
とにかくコードウェル少将の長い説教じみた話から解放され第4艦隊司令部のローゼンリッター連隊本部へ足を向けた。途中で少佐に昇進していたアーロン少佐にあった。
少佐は今回第4艦隊司令部第3課作戦参謀になっていた。
アーロン少佐は
「今後大規模な出兵計画があるかもしれんな。
それも地上戦を伴う大規模な奴だ。」
この予測は後々に「第5次イゼルローン攻略戦」という名で的中するのだが、当時の我々が知るわけもなかった。
というわけで、私はローゼンリッター連隊本部に出頭した。
そこにいたのは第4艦隊司令官グリーンヒル中将、第4艦隊第23宙陸両用群司令官ウェルナー・コードウェル准将(アレックス・コードウェル少将の弟)、など将官4名、佐官5名そして、私と一緒に入ってきたワルター・フォン・シェーンコップ中佐であった。
全員に資料が配られると、グリーンヒル中将が話始めた。
「今回、われわれ第4艦隊はイゼルローン要塞攻略戦に参加することとなった。」
会議の場が静まり返った。
中将は続ける
「今回の作戦では艦隊の平行追撃及び無人艦艇突入作戦をとり一気に要塞へなだれ込む。
しかし、そこでは地上作戦部隊による迅速な要塞中心部の制圧が必要である。
そこで、コードウェル准将の立案した作戦案を紹介する。
では、准将。」
コードウェル准将は
「まず、わが第23宙陸両用群指揮下の第12白兵戦連隊、第13白兵戦連隊はイゼルローン要塞の恒星アルテナにある帝国軍第22即応機動艦隊の駐留基地A244衛星を、第442特殊強襲白兵戦連隊は帝国軍第9即応機動艦隊駐留基地A222衛星を攻略し、イゼルローン要塞攻略後背後からの強襲を防いでもらう。
そして、あらかじめ選抜された第442特殊強襲白兵戦連隊の1個中隊はイゼルローン要塞へ直行し、第23白兵戦連隊が築いた橋頭堡から侵入し要塞を制圧する。
その要塞の中の制圧作戦をエーリッヒ・フォン・シュナイダー大尉。貴官に立案してもらう。」
頭の中が真っ白になった。
准将は
「大尉?聞いていたのかね?そのために貴官は特殊作戦課出向を命じられたのだ。わかったか?」
シェーンコップ中佐を見ると、にやにやしながらこっちを見ている。意地の悪い人だ。
「承知しました。」
そのあとは平行追撃作戦や無人艦艇突入に関する説明が行われたがほとんど聞いてなかった。
そして、会議が終わった後資料への書き込みを見直していると
「大尉?大丈夫かね?」
と話しかけてきたのは、グリーンヒル中将であった。
私はあわてて席を立ち
「はっ!大丈夫です。」
中将は笑いながら
「まあそう固くなるな。
娘が貴官によく世話になったと聞いている。
ところで、貴官は陸戦士官だが今回の平行追撃作戦成功する確率はどれくらいだと思うか?」
私は率直に
「正直な話ですが、失敗する確率が高いかと。
コードウェル准将の地上作戦に関することはいいとしても、要塞戦に関してですが、敵は帝国軍です。
自軍の将兵など駒にしか過ぎないと思っているので何をするかははっきりとは分からないものの確率的に言えば低いかと思います。」
中将は
「そうか。
なるほどな。
貴官と同じようなことを言った作戦参謀がいたな。
確か、ヤン・ウェンリー少佐といったかな。
第8艦隊第3部作戦課にいるはずだ。なかなか、面白い男だ。話を聞いてみるといい。」
と言って出て行った。
ヤン・ウェンリー少佐。そう、当時のエルファシルの英雄のちの魔術師ヤン、ミラクルヤンと呼ばれた男の名前を初めて知ったのであった。
第8艦隊司令部は現在臨時であるが統合作戦本部内に置かれており、シドニー・シトレ大将の指揮下で作戦を組んでいるはずだった。
その日の15時から特殊作戦課での会議があったのでついでにヤン少佐のところへ向かうことにしていた。
15時00分 統合作戦本部第4部(後方支援部)資料室
この資料室はこの期間に限り特殊作戦課の部屋となっていたのだが、
そこにいたメンバーは過去最高に奇妙な尉官たちが集まっていた。
メンバーの総員は10名。
課長のバクダッシュ少佐 その隣には副課長ラルフ・テイラー大尉
そして、中でも異彩を放っていたのが第1特殊作戦コマンドチームA指揮官のレナ・アボット大尉であった。
第1特殊作戦コマンドは同盟軍統合作戦本部直轄部隊で7個の特殊作戦チームで編成される特殊部隊だ。
レナ大尉は私がヘンシェルでまだ兵士だった時の上官であるが、ケイン中将の墓参りで会ったきり一度も顔を合わせてなかった。
レナ大尉は私を見るなり
「19歳で大尉ってありな訳?」
と苦笑いしながら話しかけてきた。
そのほかにも特殊作戦コマンドから4名の中尉、特殊強襲白兵戦連隊から私を含めた2名の大尉と1名の少尉がいた。
その少尉はなんとリリーであった。
リリー・ボールドウィン少尉は同じく私がヘンシェルにいた時の白兵戦ペアであった。
リリーはヘンシェルののちに第92白兵戦連隊に所属してそこで戦功を立てて准尉まで昇進してその後幹部養成所を経て少尉に1年前に昇進したそうだ。
バクダッシュ少佐は私をリーダーとした特殊作戦コマンドのメイスン・コレット中尉、ウィルキー・ジェンキンス中尉そして第125特殊強襲白兵戦連隊のリリー少尉のチームにイゼルローン要塞内部攻略作戦の立案を命じた。
他のメンバーも帝国軍の将官級の捕獲作戦の立案にあたっていた。
少佐から渡されたイゼルローン要塞の地図は非常に鮮明かつ明確であった。
よくここまで調べたものだと感心したが、情報の出所は中央情報局だろう。
なんていうことを考えながら、作戦の立案を行った。
イゼルローン要塞自体は凶暴この上ないが、内部はとても単純なつくりであった。
その上攻めにくい。
防御する側としては最高の道幅、重火器使用も十分に考慮された作りになっていた。
攻める側にかなり多大な出血を強いるものである。
そこで考えたのが敵の中央指令室を押さえるのではなく、敵のコンピューター制御室を直接押さえることであった。
コンピューター制御室へはイゼルローン要塞第3軍港入口からたったの8ブロックの位置にある。
しかし、中央指令室からは圧倒的に遠い。
つまり敵を陽動できるのだ。
中央指令室に近い第1,3,45軍港へ4個白兵戦連隊及び2個艦隊陸戦隊を投入し敵の防御兵力をそちらへ引き寄せ、第3軍港から侵入したローゼンリッター連隊1個中隊と近接白兵戦に長けた第1特殊作戦コマンドチームA、Bががコンピューター制御室を制圧。
そこから、コンピュータをハッキングし要塞の攻撃機能を指令室からじゃなくても使えるようにし、外にいる敵艦隊へ打撃を加え、制圧する。
という作戦をとることになった。
この作戦を立案したのは非常に短期間であったがそれに沿った訓練が必要だった。
ローゼンリッターでは第1特殊作戦コマンドとの合同訓練が行われた。
4月10日 第1特殊作戦コマンド訓練施設 第33後方支援基地内 出兵まであと20日ほど。
「第2、機関銃小隊側面援護へ!
第3小隊は第2ブロックからコンピューター制御室へ侵入!
第1,4,5小隊は俺についてこい!」
この第4,5小隊は今回のローゼンリッター連隊戦力拡張に伴い増設された小隊だ。
指揮官はコール・ハルトマン少尉:第4小隊長、ニール・グスタフ少尉:第5小隊長で2人とも今年幹部養成所を卒業したてだが若くて戦技、戦術ともに優秀な少尉たちだ。
一気に第3ブロックを駆け上がる。
途中で今回の演習の敵役である第33白兵教導連隊が我々ローゼンリッター連隊第3中隊250名に襲い掛かる。
しかし、われわれはそんな簡単に負けはしない。
今も敵が目の前に1個中隊はいそうだが、楽勝である。
敵の一団との間合いを一気に詰める。
敵の大尉の階級章を付けた奴が面を打ってくる。
右へ思いっきりそれて抜き胴。
奴はドロップアウト。
左から、2名!
敵との間合いを詰める。
左のやつのすねを切断。右のやつの腹部を下から切り裂く。
脛を負傷した奴にとどめを刺す。
私は、辺りを見渡し
「いくぞ!まだまだ序の口だ!前進!」
突入想定開始から5分が経過。
おそらく第1特殊作戦コマンドの隊員たちは通気口を通ってコンピューター制御室への通路のコードを解除しているはずだ。
さらに4ブロック駆け抜ける。
すると目の前に扉が現れる。
その扉には「第3原子炉制御室」と書かれている。ここから侵入して通気口を通って制御室へと向かう。
レナ大尉へ連絡を入れる
「こちらラビット1
ラビット2聞こえますか?どうぞ」
レナ大尉―
「こちらラビット2
にんじんは確保。
繰り返すにんじんは確保した。
あとは穴に放り込むだけ。
どうぞ」
私―
「ラビット1
了解。15秒後に放り込む。通信終わり。」
にんじん=コンピューター制御室への通路確保
穴に放り込む=第3原子炉制御室確保
である。
マッケンジー中尉(4月2日昇進)に命じてドアの爆破を命じる。
中尉は
「爆破まで5秒
5・4・3・2・1! 爆破!」
「ボーン」ドアが吹き飛ぶ。
今回はフラッシュパンを投擲しない。
制御室天井を見上げると、通気口から射撃する第1特殊作戦コマンド隊員が見えた。
われわれが入る間もなく、制圧が完了する。
この第3原子炉制御室制圧は陽動であり、コンピューター制御室制圧への通過地点の一部である。
第1特殊作戦コマンド隊員たちがつりさげたロープを伝って通気口に入る。
レナ大尉が
「シュナイダー。
このまま300m直進後その時の十字路を右折すればコンピューター制御室通気口へ出る。
時間は上出来よ。このままいきなさい!」
まるでお母さんみたいだが、これもレナ大尉のユニークさでもありありがたいことだった。
「了解です!
行ってきます!」
第1特殊作戦コマンド隊員5名とローゼンリッター4名を連れて制御室へ向かう。
残りの隊員はレナ大尉の指揮下のもと現状維持を行う。
レナ大尉の言うとおりに匍匐前進すること4分。
目的地に到着。
通気口の網目を取り除き、フラッシュパンと手榴弾を投擲。爆発。
第1特殊作戦コマンドのマーク・コリンズ伍長を先鋒にロープ降下。
白兵戦で一気にけりをつけに出る。
相手は20名近くいるが楽勝だ。
1分もかからずに白兵戦でけりがつく。
第1特殊作戦コマンドの情報特技下士官アレン・リューカス軍曹へ要塞全体の掌握を行わせる。
これは5分近く時間がかかる。
その間に他のメンバーへ命じて扉の完全施錠、爆破突入対策を取らせる。
緊張の5分である。
そして、アレン軍曹が
「大尉!
掌握完了しました!」
私は外部長距離無線を使って
「こちらラビット1 イーグルアイ1-1へ
要塞掌握演習完了
想定終了 2004時 想定時間 13分45秒
どうぞ」
バクダッシュ少佐は
「こちらイーグルアイ1-1
ウサギちゃん1
了解した。想定終了。
通信終わり。」
10分後にはヘルメットを外して演習場内のテントにてAARが行われた。
今日で実に21回目の想定内容である。
もうあのルートなら目をつぶってでも行ける。
想定に参加した、しなかった問わず第1特殊作戦コマンド、ローゼンリッター隊員、第33白兵戦教導連隊の隊員たちから積極的な発言があり、会議は実に1時間以上に及んだ。
特に10代の下士官、兵士たちの発言が目立った。
そこで新たに出た案が非常に興味深いものであった。
それはアレン軍曹の提案した内容であった。
「あらかじめ、要塞ないコンピュータ掌握コードを作って置くべきではないか」
というものである。
確かにあの5分間で1個中隊以上の突入攻撃には耐えかねるものがある。
そこでバクダッシュ少佐は
「いい案だ。
検討させていただく。」
と、このようにいろいろな意見が出て充実し、成し遂げることのスケールの大きさへの高揚が我々を包んでいた。
統合作戦本部内では大忙しだ。
さまざまな軍人が駆け回り、議論している。
作戦案も詰めに入り、私もイゼルローン要塞掌握作戦案の机上演習に入り2日に1回の割合で実地演習が行われ一気に意識が高揚するのが感じられた。
出撃まであと2週間に迫ったある日、第4部の受付係に偽装した第1特殊作戦コマンドの女性兵士が特殊作戦課の部屋として使われている資料室に入ってきて私を呼んでいる人がいるといってきた。
誰かはその時は見当もつくはずがなかったが、当時ハイネセン第2衛生軍医士官学校5年生のニコール曹長がここを知ってるわけないし、シェーンコップ中佐だったらコーヒー飲みに付き合せられるしなー
なんて思いながら第4部のロビーに向かった。
ロビーには後方支援部の士官が数名がソファーに座って議論しており、他には一人の青年士官が紅茶をすすってリベラル系列の新聞を読んでいたのが見えた。
受付の女性兵士は
「あの方ですわ。大尉を呼んでいらっしゃったのは」
私はそのまま、彼の方向へ足を進めた。
新聞の合間から見えた顔にはどこかで、見覚えのあった顔であった。
思い出すのに数秒かかってしまったが、思い出した。
私が第3部作戦課に行ったときに紅茶をすすって裏紙に作戦案を書いていた作戦参謀:ヤン・ウェンリー少佐であった。
私は、少佐の目の前に立って、敬礼した
「ヤン少佐!
長らくお待たせしました!」
すると少佐は
「ああ、そんな固くならなくていいよ。
まあ、座って。」
と言って私を目の前のソファーに座らせた。
すると、少佐は裏紙の束を私の目の前に置いた。
それは裏紙の束ではなかった。
作戦案が綿密かつ精巧に書かれた紙の束であったのだ。
少佐は
「こんなところで話すのもなんだけど、大尉の言っていたイゼルローン要塞に突入するときの対空銃座を避けるにはこうしたらいいんじゃないかな?…」
といった具合にいきなり話を始めた。
これが、私とヤン・ウェンリー元帥、いや、当時はヤン少佐との唐突な出会いであった。
今考えれば、ヤン元帥は自ら作戦案を一介の大尉にわざわざ持ってくるようなめんどくさいことをやるような人ではなかったがなぜこのようなことをしたのかはわからないが、このことは今日に至るまでの私の人生に大きく影響するものだった。
宇宙歴792年4月11日 ハイネセンは春の温かい陽気の中にいた。
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