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古城

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4部分:第四章


第四章

「それで生きていたのです。その結果彼は人ではなくなりました」
「食べたことにより」
「そうです。そして」
 さらに話を続ける。
「彼はそこで姿を消しました。先祖に恨みの言葉を残した後で」
「それで話は終わりでしょうか」
「残念ですが。続きがあるのです」
 語るその顔が強張っていた。そのことからこの話がさらにおぞましいものになるのがわかった。語るスタンフィールド卿も恐ろしいものを感じているのがわかる。
「その続きは」
「毎年。そう」
 スタンフィールド卿はさらに語る。
「この時期になると夜な夜な城に出て中を徘徊すると言われています」
「この城の中をですか」
「はい、そうです」
 オズワルド卿の言葉に答える。
「おそらく今日もまた。ですから」
「この城にいては危ないと」
「そこまでは申しません」
 今のオズワルド卿の言葉は否定されるのだった。
「少年は部屋の中までは入って来ません。それに姿を現わすというのは真夜中だけです」
「真夜中ですか」
「真夜中に何処からともなく姿を現わし」
 また語る。
「夜明けと共に姿を消すと言われています。ですから見た者はいないのです」
「左様で」
「この時期はあえて使用人達も夜休ませていますし」
 これは気遣いと心配りであろう。
「見た者はこの数百年いないのです」
「ですが。いるのは間違いないのですね」
「それはまず間違いなく」
 スタンフィールド卿もそれを否定しないのだった。それも一切。
「います。これは少年が姿を消して間もない頃ですが」
「その事件があってすぐに」
「当時の先祖の一人が真夜中に城に戻りました」
 何かしらの仕事をしたのだろうか。どちらにしろ真夜中に城に戻るということがそもそも尋常ではないことだがそれはあえて言葉に出さないのだった。
「その時に少年に会い」
「どうなりました?」
「それが。わからないのです」
 スタンフィールド卿はここでこう言って首を横に振るのだった。
「わからないと申しますと」
「その先祖は生きてはいました」
 それは保障するのだった。
「幸いと言うべきかそれは無事でした。しかし」
「しかし」
「その夜のことを何も語ろうとしないのです。髪も真っ白になってしまい」
「何も語らないと」
「そうです。何も」
 それをまた言う。
「生涯そのことに対して沈黙を守ったままでした」
「左様ですか」
「ですから何もわからないのです」
 そういうことだった。
「彼が一体何を見たのかも。こういうことです」
「わかりました」
「それで一泊されるのですね」
「はい」
 最初からその予定で話をしている。だからこれは言うまでもなかった。
「そういうことで御願いします」
「わかりました。それではですね」
 スタンフィールド卿が右手を顔の高さに上げると指を鳴らした。するとすぐに二本のボトルと切られたチーズやソーセージを持ってメイドが姿を現わしたのだった。
「楽しみますか」
「宜しいですか」
「是非共。スコッチはお好きですか?」
「ロンドンでもよく飲んでおります」
 オズワルド卿はその口髭をほころばせて答えた。
「それで宜しいでしょうか」
「結構です。それでは今から早速」
「はい。メルヴィル」
 オズワルドはメルヴィルに顔を向けた。そのうえで彼に声をかけた。
「今日は御苦労だったな」
「お疲れ様でした、旦那様」
「そちらの方にも用意させて頂いています」
「スコッチをですか」
「勿論です」
 スタンフィールド卿はにこりと笑って述べた。
「では。早速」
「はい、楽しみましょう」
 こうしてオズワルド卿はスコッチを楽しむのだった。かなり飲んだところでいい時間になった。それに満足しつつ自分に用意された部屋に入る。部屋は豪奢なもので天幕のベッドに紅い絨毯が敷かれ大きなソファーまであった。ロンドンの一級のホテルのスイートにも匹敵するものだった。
 オズワルド卿は服を脱いでその天幕のベッドの中に入る。そうして眠りに入ったが深夜。ふと目を醒ましてしまったのだ。
 その深夜だ。彼はベッドの中でスタンフィールド卿の話を思い出した。あの少年の話を。
「今日も。出るのかだろうか」
 好奇心が心の中を支配していく。こうなるともうどうにもならなかった。彼はベッドを出て服を着て部屋の扉を開けた。それから廊下に出て歩きだした。
 暫く本当にいるのかどうか探していた。するとやがて。後ろから気配を感じたのだった。
「ねえ」
 後ろから彼に声をかけてきた。
「貴方は誰?」
「オズワルドという」
 彼はそれに応えて名乗った。名乗ると共に顔をその後ろに向けた。
「よければ覚えておいてくれ」
「オズワルドさんなんだ」
「如何にも」
 また答える。
「そういう貴殿は誰か。答えて欲しい」
「僕だよね」
 見ればそこには誰もいない。暗闇だけがある。しかし声だけは聞こえていた。少年の声が。
「左様。何処におられるか」
「ここにいるよ」
 今の言葉と共にであった。古いが立派な服を着た黒い髪の少年が姿を現わした。顔は蒼白でその表情は陰気で不気味なものだった。その顔を卿にも向けていた。
「オズワルドさん」
「何だ」
 卿に声をかけてきたのだった。
「時間。あるよね」
「ないわけではない」
 貴族に相応しい威厳で以って彼に応えた。
 
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