暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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06
前書き
(;´Д`)「何が起きるんです!?」
広い天井を仰いだ。
視線を上げれば、丸みを帯びた円天井には放射状に芸術めいた模様でちりばめられていた。 材質? 知らないです。
視線を下ろせば、中央に伸びるレッドカーペットを挟んで白亜の支柱がいくつも並んで天井を支えている。 材質? 知らないです。
周りを見渡せば、レッドカーペットに覆われていない石床はやや桃色をさせたまだら模様をしていて、タイル状に並んでいた。 材質? 知らないです。
とにかく何もかも何で出来ているかほとんどわからない空間だ。
“高級”、“高貴”のフレーズが似合うほどに豪華、自分の小市民的感覚はそれを異世界のように感じられた。
人生で初めて…一生に一度、縁があるか無いか…多分縁は無いだろうと思われた場所に、自分はいる。
そう…なぜか僕はここにいる。
面談と称して連れて来られた。
玉座の間、すなわち謁見する空間、この国の最高権力者が座する場所。
この場に自分がいる事自体がありえないほどに場違いである。
「(ああ……吊り下がる煌びやかなシャンデリアにまんべんなく散りばめられたシャンデリアが眩しい…)」
現実逃避気味に天井を見上げて、宝石の集合体のような存在感を主張するシャンデリアが視界に入った。
仕方なく視線を下げると、嫌でも目に入るのはこれまた存在感を主張する玉座が鎮座していた。
「(でかい)」
説明不要―――!
あえて説明するとすれば、最奥で三段ほどせり上がった床にその玉座はあった。
玉座の間で唯一座る事の出来るソレは、大人の背丈を大きく越えて、まるで巨人用の背もたれだ。
とにかくでかい、長い、高い。 存在感に溢れている。
そんな玉座に誰かが座っている。
そこに誰か座っているかなんて分かり切っている。
ただ、自分が思っている常識からしてほんのちょっとだけ意外な人物
「(あれが……姫様?)」
玉座の間に入った所から遠目で、最奥にある玉座に座っている人物の姿が見えた。
大人を縦に五人並べても足りないような高さの背もたれの玉座に座るのは、一人の女性。
いや、女の子と言って差し支えないほど若く、明らかに自分より年下だ。
うん…やっぱり女の子……姫、なんだと思う。
―――しかしだ。
しかしそこは玉座である。
玉座とは何か? 玉座とはいわゆるデトワーズ皇国の中心部と言ってもいいだろう。
そう、玉座と言うのは最高権力者の、国で一番偉い人だけが座っていい場所である。
実に当然の事だろう。
それで間違いはないだろう。
「(………………間違ってないよね?)」
これで合ってるはず。
はず、なんだけど……自問自答している内にだんだん自信が無くなってきていた。
自分の中にある常識を振り返ってみたが、これで間違っていたら…と思うと気が気でならない。
自分が知っている常識と照らし合わせて間違っていないとすれば、だ。
あの玉座に座っているのは…ただの姫ではなく―――“姫陛下”、という事だ。
“殿下”ではなく“陛下”。
“殿下”とは王子や姫に敬称であると同時に―――“陛下”に次ぐ敬称であるはずなのだ。
つまり、一番偉い人。 あの玉座に座っている姫様らしき人が最高権力者、国王“陛下”という事になるのだ。
「落ち着きましたか?」
玉座に座っている人物の事を認識出来た頃になって、メイドさんが声をかけてきた。
自分をここまで連れてきたメイドさんは、どうやら自分が立ち直るのを待っていてくれたらしい。
そもそもこうなったのは連れてきたメイドさんのせいでもあるのだけれど、そもそも原因は……あの玉座でふんぞり返っている姫様のお呼び出しだからだ。
命令ゆえに連れてきたけど、そこらへん思う所があるからか、メイドさんは自分を気遣ってくれたらしい。
ありがとうございます。
そのわずかながらの心配りをしてくれるだけで、あなたはとても良いメイドさんです。
僕は頷いて応える。
「では参りましょう」
「あっ、はい」
メイドさんの後ろに付いて行き、周りの風景は見ないように努めて、メイド服の後ろ姿の距離感だけを見る。
掃除も行き届いているのか、床も壁も柱もシャンデリアもキラキラしてて直視していないのに眼が潰れそうだ。
でもヘタにキョロキョロして挙動不審に思われないようにしようと、視線ははずさない。
メイドさんの後ろ姿だけに集中していて自分が何歩進んだかわからない内に、その歩みは止まった。
「姫様。 ご要望の方を召喚しました」
「おー」
メイドさんの言葉に対して生返事が返ってきた。
自分はそっと窺うように視線を上げると、その声の主の姿をハッキリと見た。
そして、息を飲んだ。
「―――」
強気な顔付きが僕を見詰める。
幼気さが残りながらもハッキリとした意思を宿した宝石のような瞳。
気高さを兼ね揃え、好戦的な笑みに相応しいほどに麗しい容姿。 人生でこれほど整った顔をさせた人は見た事がない。
軽くまとめて残りをナチュラルに流している金色の髪は、艷やかな絹糸みたいで黄金のように映る。
ふくらはぎが見えるほどに丈がやや短めで、階級の差がわかるほどに上質なドレスからは、華奢なおみ足が組んでいるのが見えた。
この人…いや、この子が姫様…。
確か……エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下。
若いとは思っていたけど、本当に若い。
容姿はとても整っているけど、年頃は二十代に達しておらず明らかに十代の、それも中盤のソレだった。
…あれ? なぜか姫様は訝しげに視線を向けてきていた。 もしかして…足を見ていたのバレた……?
「ん~……で、そいつが今回申請来た奴?」
童女と聞き違えるような可愛らしい声でぶっきらぼうな事を言ってきた。
頬杖を突きながら居丈高に言ってくる態度は不遜そのもの。
しかしあの容姿と年頃で考えれば、小生意気程度に可愛らしく映る。
姫様に問いかけられたので、メイドさんがそれに答えた。
「はい、臨時兵士として雇用申請して、本日に面談の予定があった人物である事は役所に問い合わせて確認済みです」
「仕事が早いなミーア姉ちゃんは」
「エルザ姫様。 人が見ている前です」
「気にするなよ」
このメイドさんと姫様、何らかの仲なのかどこか気安い雰囲気を感じていた。
ミーアと呼ばれたメイドさんは諌めるような事を言いながらも決して強く出ておらず柔らかい口調、それに対して姫様は公私の使い分けなど知らないと言った風である。
姫様は組んでいたおみ足を解いて玉座から降り、スタスタとせり上がった床を下って、自分達に近づいてきた。
メイドさんは体が横に向いて、姫様の進行の妨げにならないように半歩後ろへと下がる。
悠然と、そして当たり前のように小市民に過ぎない自分と、姫様の距離が手が届くほどに近くなった。
そして近くで見ると、その生まれの違いがわかるほどに気品や高貴さといったものが感じられた。
「よう、お前傭兵か?」
あ、でも口の方は…とても雄々しいようだ。
「あ、はい。 傭兵のレヴァンテン・マーチンであります、です」
見てハッキリわかるほど高貴さを感じられるが、相手は年下。
流石に極端に緊張はせずに、普通に受け答えする事は出来た。
ただこれも不敬に相当するものだと思う……今からでも頭を下げておくべきだろうか?
いや、そもそも傭兵が王族と関わるなんて事はまず無い。
敬ったり萎縮する以前に、年下で自分よりも小柄で…可愛らしい女の子なのだから、見た目通り接する以外にない。
ドキドキしながらもどう反応するか戦々恐々。
幸いな事に、姫様は自分の態度に不敬にとは取らなかったのか、表情を変える様子はなかった。
「そうかそうか、傭兵で間違いないんだな。 間違えでもしたら、小言もらう所だったんだよ」
姫様はまるで育ちざかりの子供のように、裏表のない気安さで話しかけてくる。
その気安さに自分も緊張がほんの少し和らいで、こちらも少しは話を弾ませようかな~、とか何とか考えた。
そんな矢先だ―――。
「んじゃ、一瞬で終わらせるからな」
姫様は右手で拳を握った。
指を折って畳むような可愛らしい握り方ではなく、綺麗に指を折り固めて出来た小さな肉の塊のような握り方だ。
ギリィッ!とかメキィッ!とか、そんな音が聞こえてきそうなほどに凄まじい迫力で込められている。
拳を握ると流れるような動きで床を蹴りつけて踏み込み、僕に肉薄し、血に飢えたような好戦的な笑みを浮かべた顔が迫った。
「へ……?」
姫様の宣言通り、まさに一瞬。
その動作を前に自分は反応出来ず、間抜けな声が漏れる。
―――そしてわかる。
この後に訪れるとてつもない衝撃が、僕を貫いた。
「おっらぁあーーーーーー!!」
姫の雄々しい雄叫びと共に、凄まじい衝撃が“炸裂”…いや、“爆裂”した!
上段から振りかぶって、僕の胸板に姫の拳が突き刺さるのだけはかろうじて見えた。
だがそこから先に見えたのは…景色が翻って、美しいほどの天井だった。
視界が白くなって歪む……!
強烈…だけでは表現しきれないほどの衝撃は、刹那の内に僕の体を床にめり込んだ。
仰向けになって倒れる自分に振りかかるのは、一身に注がれる逃げ場のない破壊力だ。
最低限の防具として着けていた胸当てが砕け散って、拳が胸板に沈んだ。
背中に感じる床が一拍遅れて自分を中心に深く窪んで、体が沈んだのを感じる。
そして破壊力の余波が更に体を痛めつけられ、たまらず悲鳴じみた呻き声が溢れ出た。
「ぎっひぃええええっ……!!??」
肺も胃も空っぽになりそうな叫び。
痛みや衝撃が口から漏れ出るかと思ったがそんな事はなく、押し潰すような激痛だけが暴れ回った。
死ぬ…!
これは死ぬ……!!
ただのパンチ…それも年下の女の子が放ったソレがまるで、攻城兵器をそのまま生身で受けてると思えるような威力で、これが無茶苦茶死ぬほど痛い…!!
意識が飛びそうになり、それでも痛みで引き戻され、破壊力の余波に押し潰される…刹那の内にそれが何度も繰り返された。
だが、それも体と心が限界に達して、意識が堕ちていきそうに………。
あれ…この痛み、前にもどこかで………ぐぉおえっふ―――。
後書き
エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫:この物語のもう一人のメイン。 姫であり陛下で、正真正銘のデトワーズ皇国で最も偉い人。 見た目は可愛らしく姫らしく強気な容姿ではあるが……その実は、支配者的なジャイアニスト。 その拳は、見た目に反して想像を絶する破壊力で、加えて手が早い。
■ストックはここまでとなります。 次に執筆する分が出来上がるまでお待ちくださいませ。
■10/17 細かな改訂。
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