暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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05
前書き
(;´Д`)「お財布返して」
いざ財布を奪還するためにカウンターへ。
眠っている間に抜き取られたと思われる財布を返してもらうために店主に会わないといけない。
看板娘からの証言により、それを握っているのが店長であると言う事は確認済みだ。
勝手に食べて勝手に眠った自分が悪いとは思われるけど、返してもらわなければ非常に困るのです。
だって、全財産が入ってるんだから!
「おや、生き返ったかね?」
宿屋兼酒場であるこの建物のの一階部へ降りると、昼間と変わらずダンディーっぽい店主が静かに佇んでいた。
ジョッキを磨きながらカウンターの内側に存在するその姿はとても似合っていて、自分を見て別段驚く事なく迎えてくれた。
動揺してばかりの自分とは大違いの冷静ぶりである。
「死んだように眠っていたから心配したよ。 それくらいグッスリ眠っていたみたいだね」
「は、はぁ……驚かせちゃいましたか?」
なにせご飯を食べて倒れたのだから、さぞ迷惑をかけただろう。
「なに、気にすることはない」
しかし…ダンディーな店主はこれを、微笑みを返して許してくれた。
「ここは酒場だ。 酔い潰れる客なんて日常茶飯事なのだから、食い倒れるくらいは気にしてないさ」
「その代わり、倒れたら休憩する場を提供させてもらうけどね。 勿論、お代は前払いで」
ダンディーな店長に次いで、エマが付け加えるようにセリフに割り込ませた。
「お客さんにお酒をたくさん薦めて酔い潰しても、部屋に放り込んでおけばいいし、お金も取れるから結構得なのよ」
「はっはっはっ、お店的にわざと酔い潰してはいけないよ。 酔い潰れるのを止めはしないがね」
まぁ、確かに酔っ払いに…ましてや安酒をジャブジャブと飲むような輩には止めても無駄だろうね。
ヘタに止めたりすると暴れるから勝手に酔い潰れてくれた方が、むしろ楽なのかもしれない。
しかし…その酔っ払いと同様に、食い倒れた自分を部屋に放り込んだという事は……尚更、心の内にあるとても重要な…切実に生活に関わる存在の行方が気になった。
「あの…てことは、僕の財布は……」
重ねて言うが、今は懐に無い財布の中には自分の全財産が入っている。
傭兵として必要な武器すら売り払った上で食糧を買い込んだけど、それなりの生活費が残されているのだ。
装備まで売り払って傭兵としてどうかと思うが、その財布を無くしたりしたらそれこそ完全に詰む。
人生が詰むのだ。
「ああ、これだね?」
ダンディーな店長は懐から見慣れた財布を取り出し、カウンターにソレが置かれた。
こころなしか、ほんのわずかに膨らみ具合が減ってるような気がする。
「食事と休憩料分は貰ってあるよ」
「あぅ…やっぱり、ですか……」
「はははっ、たとえ食い倒れても貰う物はきっちりと貰わないとね」
小銭の一枚や二枚を気にせずにはいられない性分から、財布を開いてみた。
…そこには記憶にある分よりも幾分か減っていた。
うん…わかっている……これは、ご飯の分と休憩した分が減ったのだ。
しかし…それがわかっていても自分の手で払ったわけじゃない金の分だけ生活の限界が目減りしたような気がして…すごく気が重かった。
「まぁ、そう落ち込まないでくれ。 ファーン領領主様からの口利きという事で、良心的な料金で差し引いておいたよ」
「あ、そうなんですか。 よかった~」
それは予定通りではありながらも朗報である。
ただでさえ商売道具と言える装備を売り払っていて、そこそこの量の食糧を無駄にしてしまったのだから、出来る事なら出費は抑えたかった所である。
貧乏臭い話だけど、得な事はなるべく取っておいて損はない。
ん?
んん? でも、待てよ…。
「……あれ? 僕、いつの間に言ってましたっけ…領主様の名前」
記憶に無い事柄に、何となく疑問に思って口にした。
確か…自分は諸々な理由から、デトワーズ皇国に入った。
けれど、最初に踏み行ったのは王都ではなく、その隣のファーン領だった。
そこで連行されてエンリコ・ヴェルター・ファーン領主に出会った。
そして、だ…とても有り難い事に彼の名前を出せば宿でお得にしてもらえる、というのは覚えている。
お得なのは大事な事だから覚えている。
はて……食べてすぐに食い倒れた(らしい)僕は、いつファーン領領主の名前を出していただろうか?
言ってない……ような気がする。
これは一体どういう事だろう?
ダンディーな店主はこれに表情を崩さずに、抑揚なく答えた。
「まぁ、別にいいんじゃないか? そんな細かい事は」
「う~ん…」
何とも引っ掛かるような気がして、しばし考え込む。
このダンディーな店長の言い分の他に何かあるか、と思ったけど特に何も浮かばなかった。
いつの間にか気を失って食い倒れたんだから、多分いつの間にか領主の名前を言っていたのかも知れない。
うん、自分ならそれもありえる。 この間だって食糧を買い込んだ時に、これもおまけしとくよ、とか言って勧められていつの間にか色々買わされた事もあるし。
お得にしてもらえるのならそれに越した事はないのだから、深く考える必要もないよね。
「それもそうですね~。 あ、じゃあとりあえず一泊しますけど、これもお得にしてもらえるんですか?」
「ああ、それも含めての口利きだからね。 ゆっくり休んでいくいい」
「やったー!」
自分はこれに舞い上がった。
懐が暖かいとは言えない不定期収入の身の上で、宿泊代が軽くなったのは重畳である。
自分がいつファーン領領主の名前を言ったのか、そんな事は些細な事であり、ご飯も食べさせてもらった上に安く泊めてもらえるのならイイ事尽くめだ。
「じゃ、お泊まりさんお一人ご案内ね。 今度はちゃんとした部屋を案内しながらこの宿の事説明するね」
「は~い」
得して泊れるとわかれば、久しぶりにまともにベッドで寝られる期待を胸に膨らませる。
まだ余裕のある財布を握り締めながら、僕はエマに案内されて行った。
「―――…引っ掛けのつもりだったが、とんだオトボケだったな…」
その時、エメリッヒ店長が呟いたセリフは喧騒に紛れてしまい、自分は気に留める事もなかった。
―――。
翌々日。
自分は今、城の前にいます。
時間が飛んだけど、軽くまとめて説明するとしよう。
宿に泊まった翌日、自分はダンディな店主に……と、いい加減の呼び方はよそう。
自分の泊った宿のダンディさを漂わせる店主の名はエメリッヒ。
イイ人である。
国境方面に近い所に多く並ぶ宿と違い、デトワーズ領方面に唯一建つ宿として、酒場を兼任で経営している。
看板娘のエマ目当ての酔っ払いが多いけど、一応デトワーズ王都と領地を行き来する者向けの宿らしい。
そういう場所が場所であるがため、エメリッヒ店主はちょっとした情報通らしい。
ありがたい事に、このデトワーズ皇国で傭兵志願の手順をも知っていたのだ。
手順その1.デトワーズ城近くの役場で傭兵としての雇用を申請する。
手順その2.次の日にデトワーズ城にて面談と交渉を行って契約する。
簡単に言えばこんな所である。
実にシンプルで、そう難しい事ではない。
現に先日は申請はちゃんと出来たのだから。
しかし、これを知らなかったらどうなっていたかわからなかっただろう。
ヘタすれば…何とかなるだろう、と能天気に考えて、衛兵辺りに話を通してもらって雇ってもらおうとしてたかも知れない。
今までそうやって何とか雇ってもらえたのだから、同じやり方で雇われに行ってしまっていたら、正規の手順じゃないから門前払いをくらっていただろう。
いやホント、知ってると知らないとでは全然違う。
知らなかったら、傭兵生命と共に人生の門前払いをされる所でした。
ありがとう、エメリッヒ店主さん! ダンディなだけじゃなくて物知りでいて本当に助かります!
というわけで、雇用の申請を行ってから更に翌日の事。
僕は今、城の前にいます。
そしてこれから、面談に行きます。
―――。
御立派な城の御立派な門を通った。
門番の方に簡単に用件を述べ、そこから一般でも入れる正面口から入って、面談する所に行く……その前に、自分は固まったように止まった。
「おや、申請通りに来たようだね」
「―――」
………。
「ふむ。 正午を回る前に面談に来るとは、傭兵にしては生真面目だね。 それとも、せっかちなのかな」
「―――」
…………。
「まぁ、いい。 日程の取り決めだけしていて、細かい時間の指定はしていないのだから早いに越した事はない。 面談の評価に一考されるだろう」
……いざ、面談担当の人に会いに行こうとしたら自分を呼び止める人がいた。
出鼻を挫かれるような形で、城門を通った先で、傍で護衛らしき者を数人引き連れた人が存在感を主張している。
「―――…あの……なぜ、ここに……」
僕は絞り出すようにそれだけのセリフが出せた。
動揺と緊張に口から顎まで瓦解してしまいそうになる。
それくらいビビってる。
目の前にいる人物…それは自分にとっては知らない顔ではない、忘れたなどと言ってはいけない人物。
この数日の間に一度会った事のある偉いお方だ。
数日ぶりです、エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵です。
なんで…そんなやんごとなきお方がここにいるんでしょうか……?
「んん? おかしな事を言うものだね。 私は皇国の伯爵なんだから、その城にいても不思議じゃないだろう?」
いや、まぁ…確かにそうなんですけど……。
「あ、いえ、あの……それは……」
ヤバイ。
何がヤバイかって?
動揺で体が固まっている。
緊張で言葉が二の句が出て来ない。
不意打ちでとっても偉い人に会った事で、自分の小市民的なハートは悲鳴を上げている。
面談でそれなりの人と出会うと思っていたのに、どうしてこうなった…。
ついでに言うと……護衛の人に囲まれてる状況も、結構怖い。
「君は相変わらず……いや、むしろこの前より酷くなってないか?」
そんな自分の不審な様子を見かねて、ファーン伯爵は訪ねてきた。
初めて面会した時は、ジャンピング土下座からの平謝りの醜態を晒した自分だ。
勘違いからの謝罪する事しか頭になかったけど、あれは相当恥ずかしいものだったと自分でも思う。
「……こ、心の底から…面目ありません」
なんかこのセリフ、心の中でも言った気がする。
「やれやれ…色々アレな気はしたが、大丈夫かね? 君、挙動不審が過ぎて、傭兵になる前に潰れてしまいそうで心配になってくるぞ」
重ね重ね申し訳ございません。
あの時は一応喋れはしたが…今はそれすら出来ず、表情は顔面蒼白で、冷や汗ダラダラで、見てわかるほどに全身がガチガチに緊張している。
一見しなくても不審者と思えるほどに動揺しまくっているため、心配になるほど怪しく見えても仕方ない。
何より、ファーン伯爵の後ろの護衛らしき人達も「抜くか?」「抜こうか?」と小声で穏便じゃない相談をしている。
やめてください。 僕の姿を見てください。 ほらっ、剣一つ持ってない無害な傭兵(予定)ですよ。
「だ、大丈夫です。 何とか、雇ってもりょえま…ごふっ…」
緊張のあまり噛んでしまった。
いや、もう色々限界だった。 小市民的なハートが軋みそうになっている。
「……邪魔するつもりはなかったのだが、一応助言した手前様子だけは見ておこうと思ったのだよ」
「は、はひっ……」
うん、縁ってものがありますよね。
あんな出会いだったけど、一応この国に関わる事になるから気まぐれに顔を見せてくれたのだろう。
ファーン伯爵は多分イイ人なのだろう、道を教えてくれただけでなく、気になって顔を見に来てくれたのだから人格のある人だと思っていい。
ただ……こんな不意打ちで顔を見せられても、緊張でどうにかなりそうで逆に邪魔になる………だなんて、思ってもいません!
ちょこっとでも、そんな不敬な事を考えていた…なんて事がバレたら怖いし。
「あ、あの…あの……そ、そろそろ僕は……」
「おぉ、そうだった。 面談に来たんだったな、今度はちゃんと道は―――」
早々に切り上げてこの場を立ち去りたいのに、ファーン伯爵は柔和に話を続けて気にかけてくる。
お願いです! とてもとても優しい事なのはわかってますが……緊張で脂汗と心臓がぁー!
「エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵様。 恐縮ですが、お話中の申し訳ありません」
そんな時、救いの声が割りこんできた。
清廉でとても落ち着いた女性の声が、ファーン伯爵に向かって話しかけてきた。
その女性の声は丁寧で物腰穏やか…そうなのはわかるが、自分の視界にはファーン伯爵の体が影になって見えていなかった。
護衛の人達の間を縫うように近づいて来たその女性に気付いて、ファーン伯爵は振り返った。
その時、伯爵の向こうに見えた女性は―――。
「ん、おぉ、君か」
「はい。 御無沙汰しております」
メイドだ。 メイドさんだ!
色んな呼び方はあるけど、あれは紛うことなきメイドである!
黒のワンピースドレスに白のエプロンで二色に整ったシンプルなコントラスト。
作業着である事を追及し、女性の服装である事を意識して見苦しくないバランス。
ワンポイントの特徴でもあり、メイドの魅力の一部として醸し出す純白のホワイトブリム。
スカート裾にフリルが付いているが、手首の袖口にダブルカフスで詰めていて、麗しくもキッチリとした印象がとても強く感じられる。
服飾は派手にせず余計な部分は排除しているが、腕に花の意匠をあしらったパッチが縫い留められていた。
イイなぁ。 実にイイ。
まさかこんな所で出会えるとは思わなかったが、メイドさんという魅力的な存在は、自分の心を大いに癒やした。
ファーン伯爵と再会した事でガッチガチに緊張していたのが、今はそれも解れてほっこりする。
「(は~……イイなぁ。 傭兵人生ではほぼ縁がないけど、メイドさんって見ているだけで和む……)」
働く女性の中でもメイドという存在は自分にとっては特別華々しく映り、その有り様の佇まいだけで充足感を得られていた。
「―――と言うわけですので、姫様が直々のお呼び立てです―――そちらの方に」
「なっ…!?」
はっ…!?
メイドさんに見惚れていて、つい聞き逃してしまっていた。
メイドさんとの間でいつの間にか何やら話が進んでいたみたいだ。
何の話をしていたのかわからないけど、ファーン伯爵も何か驚いているようで、困ったような表情をさせてこちらを視線を向けてきた………え、僕?
ファーン伯爵はこちらをじっと見詰めていた。
「(…なぜに?)」
ごめんなさい、聞き逃してしまったので話の流れが掴めません。
あ、ファーン伯爵が項垂れた。
「まさか、姫は……例のアレをやるつもり、なのか…?」
「私は姫様からお呼び立てるように申し付けられているだけに過ぎません。 …あえて、独り言を述べるのなら……いつもの、でしょうね」
ファーン伯爵とメイドさんは、自分を抜きに話を続ける。 そしてやっぱり話の流れは掴めない。
だが、あえて要点を挙げるとすれば…姫様、だろうか?
デトワーズ皇国は王政だ。
国のが治めるのが王族であるわけだから、この国にはお姫様だっているだろう。
それでも、やっぱり話の流れは掴めません。
「…強く進言したいが、姫に考え直してもらえるように伝えてもらえないか?」
「無礼を承知でお答えしますが、進言しても無駄で御座いましょう。 なにせ、姫様ですから」
「む~………」
何をそんなに唸ってるのだろうか。
ファーン伯爵は熟考を通り越して葛藤すらしているかのように悩んでいる。
お偉いさん達なりの苦労というものだろうか?
「くっ…彼を追い返したら、それはそれで後が怖いな。 止むを得ない、か……」
え、何それ。
追い返すって…それ、すごく困る。
これから面談があるのに、追い返されたら人生もろとも生活のピンチになってしまう。
一体、さっきの会話の中で自分は何を聞き逃したのだろうか。
「……仕方ない、差し出すとしよう」
「恐れいります。 ではこちらへどうぞ、案内します」
メイドさんは初めて自分の方へ視線を向けた。
穏やかながらも冷厳で、努めて淡々とした口調で案内を促してくる。
なんか、差し出す……とか不穏な事を言ってたけど、僕は何か嫌な予感を感じていた。
嫌な予感は感じながらも終始頭を低くさせながらファーン伯爵と護衛の人達をあとにし、メイドさんの後ろをついていった。
―――。
「あ、あの~…それで、どこへ行くんですか。 面談室?」
城内に入ってファーン伯爵の姿も見えなくなった頃を見計らい、自分はメイドさんに問いかけた。
つい見惚れて話を聞き逃した上、言われるがままについてきちゃったが、そもそも自分は雇われるために面談に来たのだけれど、このメイドさんに案内されていいのか今更ながらに思った。
「いいえ」
メイドさんはこれに即座に否定した。
そしてメイドさんは言葉を続けた。
「面談される場所は玉座の間であり、あなたが面談されるのはデトワーズ皇国のトップ―――“エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下”であります」
「へぇ、そうですか。 お姫様に面談かぁ…―――え?」
いくつか聞き慣れない単語が出てきて、すぐには理解出来なかった。
生返事から考えること十秒ちょっと。 たっぷりと時間をかけて、メイドさんが言った単語を繰り返し脳内再生して理解する。
僕が、姫様と、面談―――?
「えええーーーーー!?」
後書き
エメリッヒ:宿屋と酒場を兼任する店長。 ヒゲと声がダンディーと、手回しがすごく早い。 おまけに抜け目がない上にとても冷静。
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