ピリカピリカ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1部分:第一章
第一章
ピリカピリカ
「ピリカピリカ」
「ピリカピリカ」
今日も街にこの歌声が響いています。
「今日はよい日だよい子がいるよ」
「明日もよい日だよい子が来るよ」
歌声と一緒に洒落た屋台が出て来てこれまた洒落た、何処かピエロに似た格好のおじさんが出て来ます。歌っているのはこのおじさんです。
「さあさあ皆」
そして街の子供達に声をかけてくるのです。
「今日もたっぷり買って行ってね」
「わあ、今日も飴が一杯」
「こんなにあるのね」
「一個十円だよ」
おじさんは集まって来た子供達に気さくに応えます。おどけた踊りを踊りながら。
「十円、一個十円だよ」
「十円でいいのね」
「そう。二個なら二十円」
踊りながらの言葉です。
「三個なら三十円。安いよ安いよ」
「わあ、それなら頂戴」
「五個頂戴」
「はいよ」
五十円玉を出して来た小さな女の子に小さな丸い飴を五個出して来ました。見れば赤いものや青いものに黄色いもの。まるで宝石みたいな飴が五個出されました。
「どうぞ。楽しんで食べてね」
「うんっ」
「おじさん、この飴何?」
今度は男の子がおじさんに訪ねます。この子は透明でやけにべったりしたどろどろのものを指差しています。どうやらそれが何か知らないみたいです。
「これ。何なの?」
「それは水飴だよ」
「水飴?」
「それは百円だよ」
言いながら何処からか箸と同じ位の太さと大きさの棒を二本出して来てそれをその水飴の中に突っ込みます。そうしてそれを棒でこねくり回しつつ男の子に差し出します。
「百円あるかな」
「うんっ」
男の子は笑顔でおじさんの言葉に答えます。
「あるよ。はいっ」
「どうも。じゃあね」
「うん。これが水飴なんだ」
「美味しいよ」
男の子にその水飴を手渡しながら笑顔で告げます。
「この飴もね」
「そんなに美味しいの?」
「飴は何でも美味しいんだよ」
「飴は何でも美味しいの」
「そうだよ。だから飴なんだよ」
今度は男の子だけでなく皆に話します。
「美味しいからね」
「美味しいから飴なんだ」
「だからおじさんは皆にこうして売っているんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ。さあ皆」
また皆に声をかけます。
「小さな丸い飴は一個十円、水飴は百円」
おどけた踊りを再開させています。
「林檎飴もペロペロキャンディーも何でもあるよ。美味しい飴を食べて幸せになろうよ」
こうして子供達に飴を売っていきます。おじさんは子供達に大人気です。子供達のお父さんやお母さんもそのおじさんのことを子供達から聞きます。けれどここでお父さん達は言うのでした。
「あれっ、そのおじさんって」
「確か」
「どうしたの?」
「お父さんが子供の頃にもいたぞ」
「お母さんが子供の頃にもね」
「そうなんだ」
お父さん達はこう子供達に言うのでした。驚いた顔で。
「もう二十年、いや三十年近く経つのに」
「まだいるの」
「俺もあのおじさんから買ったよ」
「私もよ」
大学生や高校生の子供達のお兄さんやお姉さんも言います。
「まだいたんだ」
「一体何時からいるんだろう」
皆そのおじさんから飴を買ったことがあるのです。皆がです。そのことに気付いて皆不思議な気持ちになります。この街で生まれてもう六十年になる市長さんも言うのでした。
「あのピエロのおじさんだよね」
「市長さんも知ってるんですか?」
「あの飴のおじさん」
「うん、勿論だよ」
こう子供達に答えるのです。
「だって子供の頃によく飴を買ったからね」
「そうだったんですか」
「市長さんも」
「おかしいなあ」
市長さんはここで腕を組んで首を捻るのでした。
「君達の話を聞いているとだよ」
「はい」
「どうしたんですか?」
「全然変わっていないんだよ」
首を捻ったままでの言葉です。
「全くね。どうしてかな」6
「全くっていうと」
「市長さんが僕達と同じ時にですか?」
「そうなんだよ。おかしいな」
「おかしいってまさか」
「あのおじさん」
子供達は市長さんの話を聞いて少しずつ怖い気持ちになってきました。ひょっとしてそれは、と思いだすと止まらなくなってきました。
「お化け!?」
「まさか」
「けれどあれよ」
皆顔を見合わせて口々に言います。
「ずっとだよ。市長さんが子供の頃からって」
「全然変わらないって」
そう言い合うのでした。
「おかしいよ、絶対」
「人間じゃないよ」
ページ上へ戻る