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SNOW ROSE

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兄弟の章
  Ⅴ


 ジョージが楽師長に任命される僅か一日前のことである。

 その日もケインの病状は朝から思わしくなかった。
 ケインら朝からずっと高熱を出していたため、早くからアインガンが呼ばれていた。
「ケイン、聞こえるか?」
 入ってきて直ぐに、アインガンはケインの病状を理解した。だが、この小さな村ではもはや、どうしようもなくなっていた。

 薬がないのだ。

 薬とはいってもそれは高価なもので、事実、ケインに与えていた薬代の半分は、アインガンが自ら負担していた程なのだ。
 しかし、その薬さえ…もうこの村には残っていなかった…。
「ゲホッ…ゲホッ…」
 ケインは急に咳き込みだし、そしてベッドの上に赤黒い血を吐いた。
「ケイン、しっかりしろ!生きることを考えるんだ!」
 アインガンは祈るように叫んだ。
 後ろには老夫婦が控えていたが、やつれて青白くなった孫を見ていられない様子である。
「ああ、ケイン!代われるものなら、この婆が代わってやりたいというのに!」
 祖母はケインの左手を握り締めた。
「ケイン、病なんかに負けちゃなんねぇ。きっと、ジョージが薬を持ってきてくれる!そうすれば、お前は直ぐに良くなる!」
 祖父も堪え切れず涙を零した。
 だが…ケインは、そんな祖父母を見つめて優しく微笑んだのであった。
「ねぇ、そんなに…悲しい顔しないで…。」
 そんなケインを見て、アインガンは自らを責め立てた。成す術の無い自分の腑甲斐なさに、心の底から憤ったのであった。
「先生…今まで…ありがとうござい…ました。お陰でここまで…生きることが…出来ました…。感謝…します…。」
「ケイン…!」
 アインガンは伏せていた顔を上げ、涙で濡れた目でケインを見た。
 その顔は、今までにない程穏やかなものであったという。
 少しすると、ケインは再び咳き込み始め、目がさらに虚ろになった。
「お爺さん…お婆さん…、こんな僕…を…大切に…してくれて…感謝…してもし…足りないよ…。本当に…ありがとう…ござい…ました…。」
 いよいよ終わりを悟ったのか、ケインは祖父母に感謝の言葉を述べた。
 それを聞いた祖母は、まるで子供のように両手を顔に当てて座り込んだ。そして「なぜケインが…!」と言いながら泣いたのであった。祖父はそんな妻を抱き締めながら、一緒に涙に暮れた。
「ジョージ…兄さん…。最後…に…会えなか…ったこと…許して…下さい…。僕が…残せる…もの…残し…たから…ね…。兄…あり…が…と………」
 最後まで言い切らぬうち、ケインはその短い生涯を終えた。
「ケインッ…!」

 王暦三百四年三月二日、春も間近の暖かい日和りの中、ケイン・レヴィンは静かに逝った。
 傍らに据えられた机には、彼が書いたであろう紙片が散乱していた。
 まだ書き続けると言うように、陽の光の下に、その身を誇示していたのだった…。

 翌三月三日、近くの小高い丘にある教会でケインの葬儀が行なわれた。
 彼を知る多くの人々も参列に加わり、彼の死を悲しんだ。
 この時、教会の司祭の厚意により、彼の父が作曲した葬送カンタータが演奏されたと言う。だが、そこにジョージの姿はなかった。
 訃報を伝えるにせよ、この村からドナの街までは、少なくとも五日は掛かってしまうためである。



 
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