SNOW ROSE
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兄弟の章
Ⅲ
ケインは兄を思い、狭い部屋から星を眺めていた。
「兄さん…どうしてそうまでして…。」
ベッドから起きだして椅子に座っていたが、体調が良い訳ではなかった。
彼はここ数日間、めまいや吐き気が続き、熱が下がらない状態であったのだ。
額には冷や汗が滲み出て顔色もかなり悪い…。
「ケイン!ちゃんと寝てないと駄目じゃないか!」
そう言って部屋に入ってきたのは、ずっとケインの病を診ていた医師のアインガンである。
ジョージの仕送りがあるため、祖父母が往診してくれるよう頼んだのであった。
「先生…すみません。ちょっと星空を眺めたくなって…。」
ケインはバツが悪そうに笑った。
「ケイン、君は私を困らせたいようだね?君の病状が悪くなったら、君の祖父母に申し訳が立たないし、ジョージにも何と言われることか…。」
アインガンはやれやれといった表情を見せ、ケインを軽がると持ち上げてベッドに移した。
「自分で移動出来ますよ…。」
ベッドへ寝かされたケインは、苦笑いしながら言った。しかし、躰に力が入ってないことは、アインガンには直ぐに分かった。
その後、アインガンは診察を済ませると、ケインにちゃんと寝てるように注意して部屋を出た。
アインガンが下階に降りて行くと、階段下で祖父母が待っているのが見えた。
「アインガン先生、ケインはどうでしたか?」
ケインの診察を終えたアインガンに、直ぐにこの老夫婦は尋ねた。
アインガンは暫らく難しい顔をし、どう伝えるべきかを考慮していたが、その重い口を開かぬ訳にはゆかなかった。
「彼には、出来る限り好きなことを遣らしてあげて下さい…。」
第一声がこれであった。
「先生、それはどういうことなんでしょうか?」
祖父がアインガンに問った。
「正直申し上げ、ケインの躰は…後一月は保たないと思います…。」
帰ってきたその答えに、老夫婦は愕然とした。
「そ、そんな!それではあんまりです!先生、どうにかならないんですか!?」
祖母が悲痛の叫びをあげた。
しかし…アインガンは溜め息を吐いて、沈痛な面持ちで話した。
「ケインの病は、切開手術でしか治らないんですよ。初期だったら薬でも治ります。しかし、もはや食い止めることも不可能なんです。これ以上の良い薬は、私にも入手することは出来ない上、切開手術を出来る名医は、この大陸の四つの国にはいないのですよ。」
アインガンはそう言うと、そのまま力なく椅子に崩折れた。
老夫婦は話しを聞き、もう孫を救う手立てが無いことを痛感させられた。
「そんな…そんな!ケインが…ッ!」
祖母は幻でも見てるかのような目をして天を見上げた。傍らにいた祖父は、そんな妻を抱き締めて「これも神の定めしこと…」と涙を零した。
「どうにか…どうにかならないんですか!」
祖母はアインガンに懇願するものの、アインガンは俯いたまま首を横に振るだけであった。
「あぁ…ケインや!こんな私たちを許しておくれ!何も出来ないなんて!マルクス、お前ばかりか孫まで先に逝かせねばならないなんて!」
この祖母の叫びにも似た言葉に、答える者はいなかった。
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