人間は息絶える時に光の花を咲かす。
それはとても美しく、同時に哀しい命火。
しかしその命火を生きながら背負う者がいる。
俺たちはその『光』に魅せられた《ムシ(蛾)》だ――そう盲目の人斬りは言っていた。
だから高杉の周りには人が絶えないのだろう。
けど『光』を背負う者は、一人だけじゃない。
兄はいつも大勢の人々に囲まれている。
毛嫌いされながらも、憎まれ口を叩かれながらも、かぶき町の人々はみな兄を慕っている。
その周りにはいつも笑顔が溢れている。
それはきっと兄の中の『光』が笑顔を惹きつけているからだろう。
そんな光が見える時がある。
いいや昔から見えていた。
けど、その光は今の自分にとっては強すぎる。
時折眩しすぎて、兄が見えなくなるほどだ。
廃倉庫で双葉はとても奇妙な少年と出遭った。
『破壊』に快楽を感じる少年・グラハムは、思うままに楽しんでいた。
狂った笑みを絶えず剥き出しにして、破壊の限りを尽くしていた。
どれだけ他人に迷惑がかかろうと。
いくら馬鹿にされようと。
楽しそうに楽しそうに楽しそうに。
楽しそうに楽しそうに楽しそうに。
だが、そんな彼に抱いた感情は、罵倒でも蔑みでも嫌悪でもない。
双葉はグラハムを……妬んですらいた。
壊れた彼に。『破壊』を楽しめる彼に。
命の灯を自らの手で消す瞬間は、どうしよもない快感に満たされる。
もっと味わいたい。もっと人を殺したくてたまらない。
いつもいつも殺戮衝動に襲われる。
だが、それと同じくらいにやってはいけないと咎める想いが自分を阻む。
だから苦しい。けど、それがあるから普通を保っていられる。
しかし、狂気に堕ちた男がいつも獣道に誘おうとしていた。
耳元で囁かれる声を毎晩聞いて、内なる『獣』が激しく揺さぶられた。
衝動のままに動いたら、また悲劇が生まれてしまう。
なのに抗う力は男の声を聞くたびに消えてゆく。
それで――逃げ出した。
『破壊』しか求めない思想に疑問を抱いて離れたわけじゃない。
狂気に耐えきれなくて、高杉から逃げ出したんだ。
だから道を外れても、狂気に堕ち切れていないままだ。
狂った衝動を当然だと楽しめない。けれど『快楽』だけは忘れられない。
挙げ句、昔の幻想を今でも追い続けている愚者だ。
………。
高杉のように狂い切れない。
兄のように過去を『過去』と割り切れない。
狭間の道をさ迷う中途半端な人間だ。
そんな自分は……。
――どうなる。
――壊れかけた人間はどちらへ転ぶ。
――壊れかけても狂い切れていない人間はどうしたらいい?
何度も何度も問いかける。
彼女の声に答える少年の
謳はもう聞こえなかった。
* * *
昼なのか夜なのかわからない薄暗い部屋。
片目が前髪に隠れた少年――グラハムは巨大レンチと約束のモノを持ってゆらゆらと入った。
「頼まれてたモンだ」
グラハムはキセルを咥えた男に紅い玉を投げ渡す。
無言で受け取ったのは包帯で片目を隠した男だ。彼は「解体遊びして遅れたのか」と皮肉を言いながら、残された目でまじまじと紅い玉を見つめた。
「うずいた解体心を止められなかった。すまない。で、それは何なんだ?高杉のアニキ」
正直に詫びてグラハムは自分が持ってきた鮮血の玉について尋ねる。破壊ができればそれでいい彼は、自分が取り出したモノについてまだ何も知らなかったのである。
「ド派手な花火をブチ上げるための部品だ」
包帯の男――高杉が不気味な笑みをこぼす。
共鳴するようにグラハムも歪んだ笑みを浮かべて言う。
「アニキが笑うってコトは、オレも盛大に楽しめるコトなんだろうな。今オレの目の前に綺羅綺羅綺羅りと燃える光が見える。それを滅びの光と皆思うだろうきっと。いいや多分絶対だ。だがオレにはどうも希望の光に見えて仕方ない」
その言葉にクククと笑う声が返ってきて、グラハムも更に口元を歪ませた。
ふとグラハムは何か思い出したような表情になって話を付け足した。
「そうそうそうだ。それを取り出した場所でオレは面白い奴らと出逢った」
彼の愛用のモンキーレンチがパシリと鳴る。
「一人は銀髪の女、もう一人は銀髪の男」
「ほう」と高杉は咥えていたキセルを口から離して、グラハムに目を向ける。
「オレの目の前に突然現れた銀髪の兄妹は、逢ったばかりのオレを最高潮に楽しませてくれた。『破壊』でしか満たされないはずのオレの心を、あんなに楽しませてくれる奴らがいたとは驚いた。なぁ高杉のアニキ、この国には本当に面白い奴らがたくさんいるな」
「ああ。だがその銀髪の兄妹は、この国でも滅多にお目にかかれねェほどおもしれェ奴らだぜ」
高杉は知ったような口ぶりで、モンキーレンチをコツコツ額にぶつけて興奮するグラハムに告げた。
「やはりな!より楽しい『破壊』を求めて故郷を飛び出した甲斐があった。これからオレの身にどんな 面白い話が降りかかってくるか分からないが、分からないからこそ人生は楽しい!」
ゴツンと鈍い音と共に狂的な笑みが顔いっぱいに広がった。
工具で切れた皮膚から血が垂れる。荒い吐息が漏れてもその笑みは崩れない。まるで化け物みたいだったが、高杉は特に気にせずキセルを一服する。
「ところでアニキ、それ飲んでもいいか?オレの喉は今潤いを求めている」
呼吸が整った頃、グラハムの目に止まったのは高杉の足元に置かれた小瓶。その中身はまるで血と見間違えるような深紅の液体が入っていた。
「悪ィがこいつァ駄目だ。女に渡すモンだからな」
「ほほう、女にプレゼントするとはアニキも中々優しいじゃないか。オレはますます尊敬する。……なるほど、プレゼントか。いいな!プレゼントは互いの絆を深める象徴であり、形として残された思い出は消えることなく心に在り続け、人生を楽しく悲しく盛り上げてくれるまさに最高の贈り物だ!」
「……ああ、たしかにな」
ハイテンションに謳うグラハムの傍らで、誰に言うでもなく高杉は呟く。
赤い紅い水に満たされた小瓶を見据え、微笑みながら。
「思い出好きな奴にはうってつけの《プレゼント(贈り物)》だ」
* * *
――楽しい、楽しい話をしよう。
廃倉庫で少年は二つの衝撃を受けた。
一つは『破壊』を愉しむ最中に突如登場した銀髪の侍。
面白い男だった。
所々まるまった毛先の髪。腑抜けたような眼。そいつが持つのは古くさい軟弱そうな木の棒。
なのに、二度も愛用のモンキーレンチを受け止めた。
とっても気に入らない奴だが、嫌いじゃない。
銀髪の男に不思議と妙な親近感が湧くのはなぜだろうか。
出会うのがもう少し早かったら、あの男についていったかもしれない。
だが少年の心を捕えたのは片目の包帯の男。
『破壊される地面。崩壊していく足場。朽ちる地上』
世界は巨大なレンチだけでもろく壊されていく。
呆気なさすぎる。だが、それがどうしようもない『快感』だった。
というより、それでしか何も感じられない。
少年にとって『破壊』が全てだった。
だが、狂気的な笑顔は優美な足に蹴り飛ばされ――少年の世界は変わった。
豊満な胸と大人の色気をあやなす美しさ。
それに似合わない、女性にしては短い髪と威勢のある鋭い眼。
二つの要素は全く噛み合ってないが、そのズレこそが彼女の魅力を最大限に惹きたてる。
まさに女性らしい女性の強さに満ち溢れた《ひと(女性)》だ。
もう痛みが消えた頬に手をそえて、少年は恍惚に微笑む。
彼女は踊るような華麗な動きで闘っていた。
優雅に飛ぶ姿は、まるでこの国の象徴である『桜』が舞う様そのもの。
銀をなびかせて桜が舞う――《シルバーチェリー(銀桜)》。
――高杉のアニキ。
――銀髪の侍。
――《シルバーチェリー(銀桜)》
――おもしろい。ワクワクが止まらねェな
少年はうたう。
悦びと破壊にまみれた詩(うた)を楽しそうに。
――この国の人間はおもしろい。
――愉快だね。実に実に愉快になってきた。
――もっと愉快な話を紡ぎ出すために、オレがやらなきゃいけないコトと言えばやっぱり……
――壊すこと、だよな。
=終=
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