White Clover
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放浪剣士
魔女を愛した男Ⅱ
私が殺した。
その一言に場が沈黙する。
当然だ。
大事な人を殺した者が目の前にいる。
戸惑って当然だ。
「…続けて」
意外にも、彼女の声は落ち着いていた。
その声色には怒りも殺意もない。
わかった―――。
私は、事の発端を話す事にした。
今のベルモンドであるアルバ=ロウヴルと私と当時、私達の師であり歴代最強とまで言わしめられたベルモンドによる、異端者狩りの話を。
今でも鮮明に思い出せる、満月の夜。
山奥にひっそりとある小さな集落だった。
美しい虫の音と風に揺らめく草花のざわめき。
集落は穏やかにその時を過ごしていた。
襲撃の機を伺っていたのだ。
一人も逃がすわけにはいかない。
ベルモンドがその場にいるということは、そういう事だからだ。
「いこう、いつまでもここで見ていても異端者の数は減らないぞ」
当時、アルバの異端者狩りに向ける執着は異常なほどだった。
いや、正確には出世欲が異常だったと言うほうが正しいだろう。
「まて、まだだ。奴らが寝静まったその時を狙う」
対し、ベルモンドは思慮深い男だった。
良くも悪くも。
だが、その時のベルモンドの言葉はそうではなかった。
異端者を逃がさず殲滅するためにいったのではなかったのだ。
そして、暫しの時が経ちベルモンドはついに動き出す。
「いくぞ」
音もなく、私たちは集落へと駆け出す。
異端者は皆寝静まり、難なく殲滅は完了するはずだった。
突如、私たちは三人に降り注ぐ魔術の矢。
疑う余地もない。それは、異端者たちからの攻撃。
アルバと私は困惑した。
気付かれていたのか―――?
「こうなるなら早々に襲撃すればよかったのだ」
不満をたらしながらも、一人、また一人と異端者を斬り捨てる。
集落へ入ると、そこには私たちの襲撃を予知していたかのように異端者たちは見事な布陣をしていた。
四方を囲まれ、退路もない。
この状況下で、ベルモンドだけは冷静だった。
「殲滅するぞ」
引き抜かれる二本の剣。
それは、今私と奴の持つ異端者殺しの剣。
見事だった。
歴代最強の名は伊達ではなく、ベルモンドが一度剣を振るえば戦況は確実に此方へと傾く。
この状況下で、異端者を皆殺しにするのにそう時間は費やさなかった。
先ほどまでの激戦が嘘のように静まり返った集落を、私達は生き残りがいないか確認するため散策する。
この集落には違和感があった。
戦闘中には気づくよしもなかったが、この集落には居ないのだ。
女子供が。
おかしい―――。
女子供を逃がしたのか?
我々の襲撃を予知していた事といい、情報がもれていたのか。
まさか―――。
そんなことがあるはずがない。
いや、あってはならない。
まさかベルモンドが―――?
あの襲撃を遅らせていたのが女子供を逃がすためだったとしたならばと、私の頭を疑惑がよぎる。
そのすべてを教えたのは散策も終わりを迎える間近の時だった。
「生き残りがいたぞ」
アルバが、異端者の娘と母親を引きずってきたのだ。
逃げ遅れたのだろう。
娘は泣き叫び、母は娘だけはと命乞いをしている。
「他の奴らがどこへ逃げたか白状させる」
母と娘を地面へ頬り打ち付けると、アルバは容赦なく娘を蹴りつけた。
「生き残りはどこへ逃げた」
しかし、娘は相も変わらず泣き叫び、母親はアルバの行為を咎め罵るのみ。
「喚くな。苛立って今にも斬り捨てたくなる」
アルバが剣へと手を伸ばすと、母親がアルバへと叫んだ。
地獄へ堕ちろ、と。
だが、それが最悪の方向へと向かった。
話にならないと、アルバは剣を振り上げ手始めに娘を殺そうとする。
娘の死が眼前に迫り、集落中に響き渡る母親の絶叫。
だが、娘の身体から鮮血が吹き出すことはなかった。
むしろ、地面に倒れたのはアルバの方。
私は目を疑った。
アルバを止めたのは、ベルモンドだったのだ。
背後から的確な一撃でアルバを気絶させていた。
どうして―――。
苦い顔をし、ベルモンドは言った。
「我々の正義とはなんなのだ」
その言葉が全てを物語っていた。
ベルモンドは教会を裏切っていたのだ。
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