機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
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57話
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肉[危険]■■■■■■■■■[検閲済み]
■■■■■食べ[危険]■■■■[検閲済み]
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[検閲強化]■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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華[危険危険]が■■■■■■■■■■■■■■■■赤[危険危険]■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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猫■[検討開始検討開始]
■る[緊急緊急]
■■…。
ぴちゃぴちゃじゅるじゅる[検討終了強制終了開始]
あ■■■■――――」
※
《ギラ・ドーガ》がビームアックスを振り上げる。
その様を鋭い―――抜き身のジャックナイフの如く、無骨で鋭利な目で把握したクレイは、シールド裏のハイパービームジャベリンを起動させ、その大出力の刃でアックスを受け止める。迸るスパークの光もほとんど無視し、《ギラ・ドーガ》が次の動作に移るよりも2テンポ早く左腕を無理やり振り上げる。ビームアックスごと突き飛ばされ、無防備な胴体目掛けて肩に担いだビーム砲の照準を即座に合わせる。その瞬間にトリガーを引いた。圧縮・加速はさせず、面の破壊力を目的とするように調整されたビームは《ギラ・ドーガ》の胸から腹にかけてをごっそりと食らい、その緑色の巨体をだらりと四肢を萎えさせた。
実戦なら、そこにパイロットが居る。そして事実、居た。もし、これが実戦なら、この《ギラ・ドーガ》のパイロットは跡形も無く蒸発して―――。
ぶるりと身を震わせた。背筋に冷たい悪寒が奔る―――その理由を探索しようとして、クレイは唇に歯を突き立てた。
なおさらぞわぞわと肌を粟立てながら、クレイ・ハイデガーはそのままN-B.R.Dのシミュレーター試験の項目をクリアしていった。
実機試験がこなせないのは、一重に実戦後の念入りな整備のせいだった。実戦データの検証や収集は元より、機体の負荷のかかり具合すらも貴重なデータである。そして、その後のフルオーバーホール。一か月はMSの実機使用での訓練が出来ない―――と、デブリーフィングで言っていたことを思い出しながら、シミュレーターから出たクレイは他のシミュレーターに視線を流した。
MSの格納庫ほどもある巨大な施設にずらりと並ぶ丸いMSのコクピット。アームやらケーブルに繋がれたそれらはほぼ全て稼働状態にある―――ほかの部隊が使っているのだろう。
「お疲れ様」
漠と眺めていると、オペレーターをしていたアヤネがいつも通りのはつらつとした笑みを浮かべていた。ヘルメットを脱ぎ、礼を言いながら彼女が渡すように持っていたタオルを受け取る。ヘアカバーを脱ぎ捨て、汗まみれの髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴になでつけた。
アヤネはいつも通りだった。精神状態が極度に不安定になり、さらには薬物使用の反動に魘され、2週間ほどの時間を半狂乱状態のまま医務室で過ごしたクレイに対して、アヤネはいつも通りだった。
変に気遣えば、それだけ傷つけることもある。だからアヤネはいつも通りに振る舞うのだろう。アヤネだけでなく、ほかの部隊の人々もそうだった。どこかやつれ気味になりながらも、攸人もまた優しかった。エレアとは、2人きりではまだ喋っていなかったが、デブリーフィングの時はいつも通りに話しかけてくれていた。
優しすぎるのである。そしてその優しさが有難く、そして屈辱だった。他に対する屈辱ではなく、そうして気遣いを受けねばならないほどに無能な己の欠落さが屈辱だった。
「はい、飲む?」
アヤネがパックに入った飲み物をひらひらと見せた。
強化オレンジジュース。どろどろとした舌触りで粘つくような感触のそれは、味こそ最悪だがシミュレーター直後の身体には適した飲み物だった。
「ありがとうございます」
「クソ不味いけどね」
悪戯っぽくアヤネが口角を上げる。なんとか笑い顔を作り、受け取ろうと手を伸ばした時、微かにアヤネの指先が触れた。ちょっと指の背に触れただけだったが、その瞬間クレイは空っぽの胃の中に、どろりと肺魚が身を落として這いまわるような感触を味わった。胃に穴をあけ、その中をくねくねと動き回る―――。
肺魚が1度、大きく跳ねる。フラッシュバックする背徳的快楽の感じ。
肺魚が1度、大きく跳ねる。フラッシュバックする己が死への幼児的なまでの恐怖。
肺魚が1度、大きく跳ねる。レーダーから消える2つの味方機の光点。
もう一度跳ねた肺魚が咽喉元までせり上がり、口から茶色の細長い魚が飛び出しかけたが寸前で止めた。嘔吐感など露ほども見せずに強化オレンジジュースを受け取ると、ノーマルスーツを脱ぐためにロッカーへと向かった。
そうしてシャワーへ。故障でもしたのか一向に熱くならないシャワーを呆然と浴び、いつも通り念入りに髪を乾かす。一目散に、あるいは一瞬腐乱に自室に戻る。
気が付けば、部屋の前に居た。そして相変わらずタッチパネルに手を伸ばしかけたところでドアがスライドし、一瞬たじろいだが、部屋の中には誰もいなかった。
またロックのし忘れか―――呆れながら部屋の電気をつけようと室内のタッチパネルに手を伸ばそうとしたとき、ベッドの脇に置かれたゴミ箱が目に入った。
黒いプラスチックのごみ箱である。ビニール袋をかぶせられたその高さ50cmほどで木製を模した薄茶色の取っ手のあるゴミ箱は、まだまだ容量に余裕があるらしい。
そのゴミ箱の横―――タッチパネルに触れ、LEDの軽い光がさっと部屋中に溢れ、その物体を鮮明に照らし出した。
丸まったティッシュだった。クレイの体内から排出され、無残に目的を果たせずに打ち捨てられた無縁塚。
身体が記憶する快楽が一瞬過る。
エレアの肉体の良さと、みさきの口と膣の感触と、殺戮を自覚した時の法悦とすら呼べる身体の記憶。
クレイはそこで胃の中の内容物を吐き出しかけた。事実、口までせり上がったが、それを吐き出すことはしなかった。それは、楽をすることだ。クレイ・ハイデガーには吐き出すものなど、ない。あっても赦されない。
クレイはとりあえずベッドに寝転がり、誰か女性を背後から犯すようにするのを想像しながら機械的に自慰し、やはり機械的に快楽を処理してゴミ箱に捨てた。その残余の感覚を消し去るようにさっさと立ち上がり、ウェットティッシュで右手を拭き、それもゴミ箱に捨てると、机の前に座った。
デスクの上の電灯をつける。LEDの無機的な弱弱しい光が闇の中を浸食していく―――光の闇の境界線は酷く朧気だった。
背もたれにも寄りかからず、机に突っ伏すこともせず。背筋を伸ばしたまま、ただ己から発する身体の稼働の音を耳にしていた。
例えば呼吸音。鼻から息を吸っては肺の中に空気が入っていく、秋の風。
例えば唾液を飲み込む音。口の中で不意に咽喉が鳴り、唾液が流れていく。
例えば指の音。人差し指と中指で親指をぐいと抑え込めば、パキッという有機的な音が耳朶を打つ。
それら全てが、生きている身体のハルモニアだった。無秩序に見えて、生ける身体という複雑な時間軸上のシステムが調和的に躍動したエフェクトの証左。
死ぬ、とは動きがなくなることである。単純に目に見える動きでもあり、身体を構成するシステムが停滞することでもある。一か所に淀んていた存在が一度完全に停滞し、そうして分解されていく。
クレイ・ハイデガーの身体は確かにここにある。
だが、ついこの間まで存在して、そうして今はもう喪失した身体が、ある。
ずきずきと頭が痛む。心臓の動悸が早まる。身体が、痙攣する。
眼球の中のガラス体の中に、淀んだ像が浮かんでいた。ついこの間の出来事なのに、既に明確な輪郭を描けなくなってしまった琳霞の顔。酒に酔った彼女の顔と、任務だからと通信ウィンドウに映った彼女の顔。自信に満ちて、行けと言った彼女の顔。
彼女だけではない。琳霞の部下も1人。そうして、作戦終了後にニューエドワーズで執り行われた一連の葬儀。タイホウが沈み、それにほかの部隊のMSのパイロットとて、命を落とした者がいるのだ。
そうして、敵―――茨の園を拠点として活動していた、宙賊とネオ・ジオンの混成部隊。彼らとて、死者であることに変わりはない。
自分の手を見る。
特に変哲もない、ただのヒト種の手。この人間の手が、人を葬ったのだ。
ざわ、と背筋を―――というより、身体の芯を冷やされたアイスピックがずぶりと刺した。
人を殺したという事実、そしてあの瞬間に感じた情欲。
自分は生きているという事実、そしてそれに対する無邪気なまでの感動と安堵。
右手を握りしめた。爪が食い込み、そのまま皮膚を破ろうというくらいに握りしめ、ぱきぱきと音が、鳴った。
目から冷たい液が垂れた。そうして視界が白くなるくらい強く目を瞑り、机に肘をついてでこを机の角っこに押し付けた。
軍で執り行われた葬儀の折、クレイは1滴も涙を流さなかった。その癖、今になって、自分のことで涙を流している己の存在が醜悪なものにしか思えなかった。
自分の醜悪は今に始まったことではない。自分は上に行こう、善い人になろう、と決めたかつての頃から、クレイは己が如何に愚劣さで醜い存在であるかを思い知ってきた。そしてそれを克服しようとして、我武者羅に努力して。
そして、その様が今である。
結局、何も変わっていない。良い子ちゃんの仮面を被っているだけの哀れな存在。化けの皮を剥がせば、その内は醜鬼の顔が覗いているのだろう―――。
嗚咽が漏れそうになるのをかみ殺し、クレイは無様に音を立てて存在していた。
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