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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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42話

 L1ラグランジュポイント・茨の園。壊滅した旧サイド5のコロニーや、コロニー建設時に発生した宇宙ゴミ、ルナ・ツーから遥々やってきたと思われる岩塊やら一年戦争時に破損した兵器の残骸を密集させることで作られたデラーズ・フリートのかつての拠点は、小規模ながらMSの生産や簡易的なMSの開発を行うだけの工業力を持つ。一方、その居住性は劣悪の一言であり、元デラーズ・フリートの構成員だった男によれば、廃コロニーの中に設営された居住ブロックに赴くことは滅多になく、そのほとんどは艦の中で過ごしたという。無重力は同じだが、低酸素で思考がぼんやりするのは確かに住居には適さないな、とマクスウェルは思った。
 茨の園の一画、MSの格納庫として使われる区画には、マクスウェルの《リゲルグ》と、プルートの《ドーベン・ウルフ》、そしてエイリィの機体が立ち並んでいた。格納庫とはいってもほとんどふきっさらしに棒立ちしているだけという粗末さだが、中には宇宙空間にただ係留されているだけという機体もあることを鑑みれば、十分な好待遇である。整備兵が《ズサ》の大型複合ブースターユニットを本隊から切り離している様をなんともなしに眺めていると、厳つい男は申し訳なさげに身を竦ませていた。
「すみませんね、このような設備しかなく」
 現茨の現責任者は、心底申し訳なさそうな顔で頭を下げた。設備も確かに劣悪だ。だが、それと同じほどに装備も酷いものだった。マクスウェルの《リゲルグ》の隣にはMS-06F2やら、MS-09R-2、MS-09F等一年戦争時に開発されたMSがほとんどだ。ジオン系のMSが並ぶ中、茨の園に訪れた際外に係留されていたMSはRGM-79NやらRGM-79SC、RGM-79R等《ジム》のバリエーションが多かったことを思い出した。まるでMSの博覧会のようだ。宙賊、ということで運用する機体に拘っている余裕はないのだろう。ネオ・ジオンも他人事とは言えないだけに、マクスウェルも内心顔色を曇らせたが、それは表情には出さなかった。
「良いんですよ。我々ネオ・ジオンも自分たちの都合で貴方方を頼ったのですから」
 男が顔色に影を差す。マクスウェルは首を横に振った。
「それに過ぎたことです。総帥もあわよくばとし考えていたことですから。それに、我らの総帥の機体も選定されまし。我々もそれほどいい装備を持ってきたわけではありませんので―――」
 視線を映した。エイリィの《リゲルグ》の隣には、濃緑色に染められたAMX-003《ガザC》が数機、その上位機種である《ガザD》が立ち並ぶ。《ズサ》やら《ガルス》系の機体も何機ほどか立ち並んでいる―――が、地球連邦軍の正面装備である《ジムⅢ》、まして《ジェガン》と戦うには明らかに力不足と言わざるを得ない機体だった。
「MP兵装を装備する機体というだけで十分ですよ。茨の園の設備ではビーム兵器の恒常的な維持整備は出来ませんでしたから……」
 大げさな身振りで否定し、人の良さそうな笑みを浮かべる男は、それに、と灰色の緑色に塗装されたマクスウェルの《リゲルグ》に目をやった。
「元KSK所属の貴官が《リゲルグ》を使用しているほどなのですから、ネオ・ジオンも事情は辛いのでしょう。MSを供与していただくだけで十分有難いことです」
 マクスウェルも苦笑いした。《リゲルグ》の性能は近代化改修を施されたとはいえ、カタログ上のスペックは《ガザC》とほぼ同じだ。骨董品のようなMSが立ち並ぶ中、最新鋭の第4世代MS《ドーベン・ウルフ》が聳える様は、却って気まずそうともいえた。
「『あれ』がまともに稼働すれば良いのですがね……何分我々ではまともに起動させることすら出来ませんでした。駆動系にサイコミュ関連の技術が用いられているというのがどうにも厄介で」
「アナハイムもそこがネックだったのでしょう―――今となっては高価なガラクタですか」
 男が笑う。「見ますか?」と、厳つい見た目の割に親しみ深さを感じさせる笑みに、マクスウェルも笑みを返した。宙賊などという荒くれを率いているのだ、人を惹きつけるものがあるということなのだろう。それなりに体躯の大きなマクスウェルよりもなおもって体格の大きな男が丁寧な言葉づかいをしていることに違和感を覚えたものだ。
「ではこちらへ」
 左手を背後に示し、マクスウェルを導くようにした男が先を行く。格納庫のブロックの出、仮設の司令部のボロな建物の門をくぐる。そのまま地下へ、コロニーの層構造へと降りていく。元々は高度なセキュリティ・クリアランスを備えていたのだろう。破壊された隔壁を通るたびに20桁ものパスワードとそのほか何種類かの生体認証を要求するモジュールがあるのを目にしていると、目的の場所へと着いた。
 ふきっさらしの格納庫は、地表よりもさらに酸素濃度が薄いように感じた。碌に整備を受けていないのだろう、格納庫自体もところどころ崩壊し、MSの整備を行うこともできないほどになっていた。あまりにも寂れ、嫌に広々とした格納庫は、MSパイロットとしてはなんだか奇妙な感覚だが―――。
 男が地を蹴る。マクスウェルも頑強そうな男の背を追った。
 マクスウェルの目がある場所に留まる。
 数少ない無傷のブロックのうちの1つに、朽ちるようにして斃れたMSが、あった。
 頭部ユニットがはしゃぐしゃにひしゃげ、四肢の一部は欠損している。堅牢だったはずのガンダリウム合金は無残に捲れ、見るに耐えないものだった。確かにあそこまで大破していては、簡易的なMS開発の拠点でもあったとはいえ、茨の園では修復は不可能だろう。
 あれが、完璧な形で残っていたなら―――《スタイン》すら上回る機体足り得ただろうに。思案が掠めたが、栓のないことだった。
 元々、あの仮面の男はこの機体にはあまり期待していなかった。それよりも、マクスウェルたちが茨の園に訪れた理由は別にある。
「大尉ー! 《リゲルグ》の改修案の件なんですがね―――」
 生き残れるだろうか―――過った不安は、背後から聞こえた整備兵の声にかき消された。 
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