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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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14話

 昏黒の闇。恒星の輝きも、至近ならともかく遙遠の果てではペンライトほどの役にも立たなかった。
 無音。空気のない世界では、何もかもが沈黙の牢獄の中に囚われる。
 光りが奔った。弱弱しい星の光などではない、鋭角な殺意を伴った光の柱が一つ―――。
 爆発。
 また光―――爆発。
 爆ぜの光を受け、シルエットが浮かぶ。人型だ。天地開闢以来、生命の存在を冷然と拒絶する真空の宵闇の中で、その四肢をもった物体が背中から炎を巻き上げる。
 緑色の巨人の目は一つ。桃色に発光する単眼は、怯えに歪んでいた。
 狩るのは自分たちだった。今回も易々と奪えるハズだった。帰れば豊かではないなりに、仲間と浴びるように酒を飲み、バカ騒ぎをするのが楽しみだったのに―――。
 細やかな願い。大義名分などという大それたものではない。それでも、手を伸ばせばいつでも手元にあって、日常の光景であったハズの願い。
 どうして。
 どうして?
 どうして―――。
 狙われている。音が鳴った。どうして? 隠れているのに―――。
 疑問に応える者は誰もいない。仲間は既に断罪という名の暴力によって消された。
 狙いは下。巨人が下を向くより早く、下から光の矢が奔る。当たれば即、死。死にたくない。だからなんとかそれを躱す。躱しながら、下の敵を見た。
 ずんぐりした体躯に血のように紅い二つの双眸。今までの敵はもっと細かった―――なおさら強敵と感じる。
 確かに強い。この敵も、自分じゃ手の届かない相手だ―――。
 だが。
 こいつじゃない。本当の敵はこれじゃない。
 そうとわかりながら巨人は巨人にアサルトライフルを指向する。
 立て続けに屹立するぶつ切りの光軸。亜光速の光に狼狽えたらしい灰色の敵が身じろぎする。
 いつもならそこで陶酔を覚えた。だが、「だが」というその慎重さが奇跡を齎した。上から降り注いだ光を紙一重で躱した。
 上を見、その姿を捉えた。
 日輪を背にするは人型。
 それは人、というには異形だった。
 翼だ。人では持ち得るハズのない大翼をはためかせ、鮮烈なる漆黒に青の刺繍を引いた姿は翼人―――堕ちた天使。
 宇宙という名の地の獄に堕とされた猥雑の天使。
 そう、これだ。仲間を殺戮したのは、これだ。これは討たねば。討たねば禍根を残す。
 絶対に勝てぬとわかっていて、アサルトライフルを指向する。
 一見愚行に見える。だがそれは―――。
 翼が波打つ。光を爆発させた堕天使が光の刃を引き抜く。
 断罪の刃。迫りくる灼熱の光に一瞥もくれずに緑色の巨人に肉薄する。
 距離を取らねば、と思ったときには遅すぎた。彼我距離は既に皆無。日輪の如き光の剣を掬い上げるように切り払う。剣先に光の尾を引いた剣が迫り―――。
 ※
 剣戟、と呼ぶにはあまりに拙い。
 切り合うこと3合。コクピットを貫かれた《ギラ・ドーガ》を青い瞳で睥睨する堕ちた天使は、ビームサーベルの発振を抑えた。
 戦いだけを見るなら、「彼女」たちの圧勝だった。殺戮と呼び換えてもいい。数の上でも、機体性能でも、練度においても、戦った相手との戦力差を鑑みれば鑑みるほど、敗北の要素はミリほどの存在も許されない戦いだったのだ。
 しかし、彼女は緊張の下にあった。これほどの緊張をもって実戦に挑んだのは初めてといってもよかった。
 要因は多い。
 彼女は初めて堕天使の胎の中で殺し合いを演じたのだ。慣れない機体での実戦というのは時に思わぬ死を招く。ミリ以下の敗北要因がこれだった。第二次ネオ・ジオン抗争において肉弾戦とすら呼びうる戦闘をこなした機体なだけあって、機体の剛健性に疑いを挟む余地はないが、何分戦闘回数が少なく戦闘実証がなされているとはいいがたい。往々にして試作機はモルグだの棺桶だの言われるのだ。
 だがそれは、本質的な問題ではない。例え彼女が堕天使を調教しきれずとも、仲間が敵を狩る。
 真なる緊張の理由は別。
 そう、本来堕天使はまだ起きるべき時を迎えてはいないのだ。本来であれば、まだ深い眠りの底に微睡んでいなければならないというのに―――。
 軽い振動が彼女の意識を表層に呼び戻す。全天周囲モニターの中で、自分よりはるかに巨大な漆黒の巨人がその左腕を自分に差し出しているように見えた。
(こちらグラム01。レギンレイヴ、聞こえているな)
「こちらレギンレイヴ、聞こえています」
(無事なようだな。帰投するぞ)
 女性にしては腹に沈むようなハスキーボイスが耳朶を打つ。
 無事を確認したのはレギンレイヴと呼ばれた彼女を気遣うためのものというわけではない。ただ任務上、彼女の無事は彼らの最優先事項であるが故に確認を取ったに過ぎない―――多分。
 冷たい。だがその冷たさが彼女の気を引き締めるのだ。
 レギンレイヴ。神々の遺物の名をいただく少女と堕天使は、先に征く3機の仲間の後に続いた。 
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