101番目の哿物語
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第二章。ベッド下の男
第三話。口は災いの元っていうけど、ヒスキンにとってはそれがデフォ!
2010年6月18日。午後1時。夜坂学園生徒会室。
昼休み、俺は生徒会室にて詩穂先輩達とランチをしていた。
「わっ、モンジくんのおべんと、美味しそう!」
「実際に美味いのは確かですが、それより俺の名前は疾風です」
「うんうん、格好いいよねー、モンジくんの名前っ。お弁当も美味しそうだしっ」
生徒会室の机の上にあるのは手作りのお弁当。
かつて白雪が作ってくれたような豪華なお重ではないが、いかにも女の子が手作りしました、的な色鮮やかな可愛いらしいお弁当。
中身は卵焼きに、タコさんウィンナーなど定番なおかずがたくさん入っている。
見た目的にも、味的にもとても美味しいお弁当だ。
そんなお弁当を作ってきてくれたのは……。
「その……あの……」
音央の横に座りもじもじとしている鳴央ちゃんだ。
「わっ、もしかして鳴央ちゃんの手作り⁉︎」
「は、はい……」
恥ずかしそうに呟く鳴央ちゃん。
途端にニマニマ〜とした表情で俺を見つめてくる詩穂先輩。
ミスったな。
生徒会室でランチという選択肢は間違ったかもしれん。
詩穂先輩に鳴央ちゃんとの仲を誤解させてしまったようだ。
このままでは「なるほど、お幸せに〜」なんて言われて既成事実化されかねない。
なんとしてでも誤解を解かなければ俺は詩穂先輩や他の女子を口説いたあげくに、鳴央ちゃんと付き合っている女たらしという変な噂を流されかねない。
ここはなんとしてでも誤解を解かなければ……。
しかし。
「あ、あぅ……」
俺の視線の先には真っ赤な顔をしながら俺を見る鳴央ちゃんの姿が目に入った。
そんな彼女の前で「いやいや、鳴央ちゃんとは単なる友達です。俺は女子は苦手ですから」
などと言ってしまったら目の前の少女を傷つけかねない。
そんな事できるか?
駄目だ。ヒステリアモードではないとはいえ、非がない彼女を傷つける行為はしたくない。
だが、どうする? どうすりゃあいいんだ?
考えろ、考えろ遠山キンジ!
「二つ目のお弁当お疲れ様です」
と、そんな事を考えていた俺に止めを刺すように一之江がバラしてきやがった。
「むむっ?」
先輩はその言葉にすぐに反応して。
「え……そう、なんですか……?」
鳴央ちゃんは驚いたような、ショックを受けたようなそんな顔で俺を見る。
……美少女と一緒にランチを食べる。
世の男共が憧れるシチュエーションだが、こうなるともうこれはただの修羅場でしかない。
誰でもいい。代われるものなら速攻代わってやるからこの状況をなんとかしてくれ!
「妹の手作りよ。モンジにはよく出来た、コイツにはもったいない妹がいるの」
そんなピンチな俺を見かねてか、音央が助け船を出してくれた。
「どうせ、鳴央のお弁当も嬉しいからって、妹のも早弁したんでしょ? いくら運動してるからって食べ過ぎよ」
「あ……う、嬉しいのですか?」
「そりゃあもちろん。美味そうなお弁当を貰ったら食べないと失礼だからな」
実際、夢の中やこれまでも何度か食べた事があるが鳴央ちゃんの作るご飯は美味しい。
だから味に釣られた……なんて事はいえないけどな。
「わぉ、モンジくんったら、プレイボーイさんだねぇ」
プレイボーイ?
ただ、美味しいお弁当を食いたかっただけなんだが。
「なんなら先輩も俺に作ってきてもいいですよ?」
話題逸らしで先輩に話を振ると。
「あはは! 私はモンジくんがそんなに頑張って食べちゃうほど美味しい、妹さんか鳴央ちゃんのが食べてみたいな〜」
詩穂先輩は笑顔でそう答えてくれた。
「じゃあ、今度妹に……」
といいかけて。気づく。
そんな事を妹達に言ったらどうなるか……脳内シュミレートしてみた。
かなめの場合……『あははは、お兄ちゃん。スリーアウトはチェンジだよ?』
うん、論外だな。
リサの場合……『わかりました。ご主人様がお世話になる方でしたら精一杯作りますねー!』
おおっ、いいかもしれん。
『その代わりに、今夜はリサめにお情けをください』
……いや、やっぱり駄目だ!
リサはそう言って夜中にベッドに忍び込んできかねん。
理亜の場合……『お世話になっている会長さんに……ですか?』、『兄さんがお世話になっている方なら……まあ、いいですけど……その、女性ですか?』
この場合理亜が一番安全かつ、なんの見返りも求めないのだが、いかんせん。
理亜と詩穂先輩にはなんの面識もない。
いきなりお弁当を作らせるのもおかしな話だな。
と思い直すと。
「ううん、冗談だよ。会ったこともないのに、いきなりご飯作って〜、なんてお願い出来ないもんね」
先輩が気を遣ってくれた。
「まあ、確かにうちの妹は潔癖症なので、そういうの気にしそうですし」
先輩や音央達にはかなめの事はまだ話していない。
どう説明していいかわからんし、かなめ達と出会った事で先輩をこちらの世界に巻き込みたくないからな。
「わ、私は……会長さんの分も作って構いませんよ?」
「ほんとに⁉︎ 鳴央ちゃんありがとう〜!」
「わわっ⁉︎」
先輩は席を立ち上がると、ぎゅぅぅぅ、と胸で鳴央ちゃんの頭を抱き締めた。
……ああ、詩穂先輩の胸はデカくて柔らかいからな。
一度体験したが……天国はきっとああいうところなんだろう。
……って、俺のバカ!
そんなに見てたら、また……!
「鼻の下伸ばし過ぎよ、バカ」
音央に叱られた。
「バカとは失礼だな。女性の胸を見るのは男の本能で、紳士の嗜みだよ?」
「ふんっ!」
例のごとく、またヒスっちまった俺に音央は蔑んだ瞳を向けると、顔を背けて一人でご飯をパクパクと食べだした。
……何を怒っているのかな?
音央は怒りだしたが、まあいつもの事だ。
比較的平和なランチと言っていいだろう。
「モンジ」
俺の隣に座り静かにお弁当を食べていた一之江が急かすように呟いた。
ああ、わかっているよ。
わざわざ生徒会室までご飯を食べに来たのは、先輩を見てデレデレする為じゃないって事は。
だけど……先輩を見ていたらデレデレしたくなってきたなぁ。
「殺しますよ?」
「はい、冗談ですとも一之江様!」
一之江の殺しますよ、は冗談ではすまないからな。
いや、冗談だと思うけど。
……冗談だよな?
「ごほん。ああ、そういえば先輩」
俺は極力自然を装って会話を始めた。
「むにゃ? モンジくんもむぎゅう〜、ってされたい?」
「是非に‼︎」
反射で答えてしまった俺は悪くない。
直後。
ぐさり。
と、俺の脇腹を熱い何かが突き刺さったような、そんな感触を感じた。
「ぐほおおおぉぉぉっ‼︎」
「わっ、どうしたの⁉︎」
脇腹が熱い! というか痛い! というより死ぬほどヤバイ! のに死ねない!
苦の四段活用を味わう俺をよそに一之江はすまし顔をしている。
一之江は毎回俺に何を刺しているんだ⁉︎
凶器はどこにもないし。
「ちょ、ちょっと、突然腹痛が……」
「わわっ、だいじょうぶ⁉︎ おトイレ行ってくる?」
「い、いえ、すぐに治りますので……ぐぅぅ」
チラッと一之江を見ると、すまし顔でお弁当を食べている。
ぐっ、清楚な見た目だけに絵になるのが腹ただしい。
「会長、最近は何かクラスメイトさんから、怖い話を聞いたりしませんでしたか?」
そんな事を思っていると見かねたのか、溜息交じりに俺の代わりに音央が聞いてくれた。
そう、俺達にとって詩穂先輩は重要な情報源だったりするのだ。
『赤マント』の事も含めて何か噂話だけでも知っていれば聞き出したい。
それが今回生徒会室でランチを食べる一番の理由だ。
「あ、そうなの! もう、聞いてよ、音央ちゃん、モンジくんっ!」
音央の問いに先輩はそうだった! と思い出したかのようにパタパタとホワイトボードの方に走って、黒いペンのギャップを外しながら言う。
「『ベッド下の男』っていうのがいるらしいの!」
先輩はホワイトボードに、平たいベッドのようなものを書いて、その下の部分に矢印を描いた。
俺が知りたかった『赤マント』ではないが、それも気になる話だ。
ベッド下の男……どこかで聞いたような気がする。
テレビとかだったかな?
「なんでも、一人暮らしの女の子の家のベッド下に隠れてて、寝静まった頃に包丁とか斧とかでザックリ! って殺しちゃうらしいの」
ホワイトボードに先輩は、ベッド下に黒い人影を描いて『包丁』とか『斧』とか『おっかない!』とか、どんどん描き加えていく。本人は本気で怖がっているのだが、なんだか微笑ましく見える。
「ああ、あたしも聞いたことがありますね、その噂」
「お、そうなの、音央ちゃん?」
「ええ。一人暮らしの女の子の家に泊まった子が、突然寝ている家主を起こして『コンビニに行こう!
私、アイス食べたくなっちゃった!』って叫び出すとかで。
それで家主がその剣幕に驚いて部屋を飛び出したところで『貴方のベッドの下に、包丁を持った男がいたの!』って慌てて警察に駆け込むっていうお話」
「そうそう、それそれ! わたしが聞いた話もそれだよ!」
……ああ、やっぱりその都市伝説か。
聞いたことがあるな。
聞く話の内容次第ではベッド下の男が斧を持った女に変わってたり、ベッド下に煙草をもみ消す何者かの姿が見えたりといったバリエーションがあったりする。
そんな風に俺や音央でさえ知っているメジャーな都市伝説。
つまりはかなり強いロアが現れたのかもしれない。
そんな事を考えていると一之江は弁当を食べる手を止めて先輩を見て尋ねた。
「先輩は、一人暮らしなのですか?」
「そうなの! だから、ちょっと怖くてー……」
先輩が一人暮らしというのは俺は既に知っていた。
あの日、詩穂先輩をお姫様抱っこして街中を走り回った時に先輩の自宅前まで行った事があるからな。
しかし、詩穂先輩みたいな可愛い人が一人暮らしをしているとか。
……家庭の事情とかがあるのかな。
聞いてみたいが……聞くのもなぁ。
「会長って一人暮らしなんですね。ご両親は?」
そんな俺のハードルをあっさり乗り越えていくのが音央だった。
「うん、外国なのっ。イタリアのフィレンツェだよん」
イタリアか。
イタリアと聞くと幸運加護持ちのシスターやらバチカンとかを思い出すな。
元気かな、メーヤとか。
「わたしも卒業したら来ないか、って言われているんだけどね」
そうか……仕方ないよな。
そう『俺』は思うものの。
先輩のその言葉に、俺の中のもう一つの想いがざわめいた。
「へえー、先輩はどうするんですか?」
『俺』は平静を装いつつ、笑顔で尋ねた。
「んー、大学に受かったらこっちのままかな? 落ちちゃったら行くかも」
『っ!』
俺の想いとは裏腹に先輩の返事はあっけらかんとしていた。
だが『俺』は納得してしまう。
そうか、そうだよな。両親がいるんだったら一緒に暮らすのは普通だし。
大学生になったら一人暮らしをしてもおかしくない。
先輩にとってはごくごく当たり前な選択に、それでも胸はドキドキした。
先輩がいなくなるかもしれない。
それは寂しい事だが、どうしようも出来ない現実で。
自分自身の境遇に重ね合わせてしまい、どんよりとした気分になってきた。
もし、大切な人がいなくなったら?
気楽に会えないほど遠くに行ってしまったら?
残された奴らは……どう思うのだろうか?
「モンジ。しっかりしなさい」
そんな俺を現実に戻したのはやはり一之江だった。
______そうだ。今はそういう感情で戸惑っている場合じゃない。
先輩が怖がっている都市伝説は、実際に「いる」可能性が高いのだ。
しかも一人暮らしという事は先輩が狙われる可能性が高いんだ。
「ん、ありがとうな」
小声で一之江に感謝を伝えると、一之江は僅かにコクリと頷いた。
……普段もこういう優しいツッコミをしてくれるといいのだが。
何でいつもザクザク刺してくるのかな?
あれか? 愛情の裏返しというやつか?
好きな人ほど刺したい、みたいな……。
いや、一之江に限ってそれはないか。
ツンデレじゃあるまいし。
「最期に言いたい事はそれだけですか?」
「すみませんでした______っ!」
何で考えてる事が筒抜けになってるんだよ⁉︎
あれか、一之江には人の心を読む力とかがデフォルトされてるのか?
一之江ならありえそうで怖いな……。
「しかし、先輩が一人暮らしとなると、心配ですね」
そんな事を考えながら俺は先輩に話しかける。
「うん、私も怖いなー、と思って。最近はベッドで寝るのが怖いから、リビングのソファにお布団を持ってって寝てるくらいだもん」
なるほど。
最初からベッドで寝なければその都市伝説は発生しないはずだからな。
対処法をさりげなくやってる辺り、さすがは先輩だな。
「でも、おかげで体が痛いし、ちょっと寝不足なの。ふぁ〜……」
……それはそうだよな。ベッドの方がフカフカだろうし、よく眠れるのは当然だ。
よーし、それじゃあ……。
「じゃあここは俺が先輩の家に泊まりますよ、なんちゃって!」
冗談っぽく言ってみたが……。
「ほんと⁉︎ モンジくん一緒に寝てくれるの⁉︎」
詩穂先輩はもの凄い勢いで食いついてきた。
………。
………あれ?
もしかして、俺……。
やっちまったか?
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