| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【銀桜】8.破壊狂篇

作者:Karen-agsoul
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3話「少年は詩を奏で桜は音もなく散る」



 廃倉庫には張り詰めた空気が流れていた。
 糸に縛られたように双葉は全く動かず――いや全く動けずグラハムと相対していた。
「オレにいきなりアタックしてくるたァ、これは何のサプライズだ。ドッキリか。カメラはどこにある?」
「そんなものない」
 大げさに目を丸くして周囲を見渡すグラハムだが、驚いていたのは双葉の方だった。
 攻撃の認知すら与えない先手を打ったつもりだった。いや、実際双葉は普通の人間なら気づいた時にはもう倒されているぐらいの速さで攻撃していた。
 だがグラハムはその神速を悠々と受け止めた。しかも双葉が咄嗟に武器代わりに用いた鉄パイプを本来なら金具を締めるために使われるレンチの先端に挟み、彼女の動きを完全に奪っていた。
「そうか。いや正直驚いたよ。だが驚くのはイイコトだ。驚きとは人生は常に先の読めない闇だと教えてくれると同時に何が起こるかわからない楽しみを与えてくれる。こんな驚きをくれたアンタにオレは何か礼をしなきゃいけないが、何をしたらいい?」
 締められた鉄パイプはレンチから抜くことができず、双葉は強制的にグラハムの長台詞を聞かされるハメになった。
 もちろん黙っているだけの彼女ではない。言葉の羅列が並べられる間にも双葉は負けじとジリジリ鉄パイプを押しこんで攻める。
「ならばやめるんだな、己しか笑えない楽しい話など」
 鋭い眼を向ける双葉に、チチチと舌を鳴らしながら人差し指を振ってグラハムは答える。
「オレだけじゃない、みんな楽しめるさ。ほら笑う門に笑顔来たるって江戸(こっち)にそんな言葉があるだろ。同じようにオレが笑って壊せば、つられてみんな笑い、やがて世界が笑顔で埋め尽くされること間違いなしだ。そうなりゃアンタもオレも世界もハッピーハッピースマイル&ハッピーだ」
 ダハハハとグラハムの楽しそうな笑い声が廃倉庫に木霊する。
 気分上々の暖かなテンションとは真逆に、双葉の感情は冷え切っていた。
「……戯言を抜かすのも大概にしろ」

 黒々しく灰色に染まった空。
 人間と天人の屍が溢れた戦場。
 笑うは殺戮を愉しむ者たった一人。

「辺りを見渡せ。(まこと)に笑っているのは貴様だけだ!」
 走馬灯のように駆け巡る忌々しい記憶をグラハムごと押し切ってなぎ払う。
 それでもかつて自分が犯した過ちは消えない。だが罪の重さを知らない奴に楽しげに謳われて、どうしようもない怒りが沸き上がった。
 怒涛に染まる双葉に対し、グラハムはまだ楽しげに笑顔を浮かべていた。
「謎に満ちたミステリアスな話をしよう。ツッパねたグラマー姉ちゃんかと思ったら、このオレの防壁をあっさり打ち砕いた。アンタ凄いな。というより今のドタンバでできる技じゃないよな。さっきといい今といい、どう見ても素人の動きじゃない。アンタ何者だ?」
「答える義理はない」
 ふいに真剣な目つきになって尋ねても双葉の態度は変わらず、グラハムは残念そうに溜息をついた。しかし次の瞬間には不気味さを帯びた笑みへ戻り、レンチを回し始める。
「謎を散らばしておいて結局教えてくれないとは、謎のまま終わらせるつもりらしい。おいヤベェよ、それって余計気になって眠れねェよ。旅行の前の日にコーフンしすぎて眠れない位に眠れねェよ。ヤバいな、このままじゃオレ不眠症になっちまうぜ。
だがしかし、逆を言えばそれだけオレの人生はお楽しみに溢れてるって話だ。ああそうさ、謎を謎のままにした方がより楽しめるのは、タネ明かしされたマジックほどつまらないものはないからだ。眠らないだけで楽しみが手に入るなら、オレはいくらでも起きていよう。さぁ、今からいつまで起きていられるか十代最後の挑戦の始まりだ」
 倦怠さの混じった低い声とは正反対のハイテンションさで、モンキーレンチを天井へとかざすグラハム。根拠のない自信に満ち溢れたその姿には、何かを惹きよせる不思議な魅力があった。
 だが今の彼に待ち受けるのは、呆れた視線だけ。
「おい」
「ん?」
「その減らず口、少し削ったらどうだ」
 一言にあれだけの長台詞を返せる文才はある意味絶賛ものだ。しかしそれは今の双葉に鬱陶しく、苛立ちを募らせる要因にしかならない。
 そんなことを知ってか知らずかグラハムは申し訳なさそうに、けれど口元の歪んだ笑みは消さずに謝罪する。
「すまないな。いつものことだがついつい口が滑っちまって、よくへそ出しのピンクのガキにウザいって怒られるよ。故郷で可愛がってた弟分も涙を流してオレを注意したもんさ。その涙に免じてオレも何度か治そうと努力した。そう努力はしたぞ」
 大事なことだから二回言った、と言わんばかりにグラハムは拳を力強く握る。
「しかし止めてもオレの口は止まらなかった。いやそれどころかオレの口は止まる事を知らず益々口数が増えていった。そしてオレは気づいた、気づいてしまった。この止めようのない口は他の誰も持っていない、オレだけの、オレにしかない『個性』だと。だからこれはオレの個性と受け取って欲しい!!」
「ようするに治す気はもうないんだな」
 溜息混じりに吐かれた双葉の要約に、グラハムはクルりと身体を一回転させレンチを向ける。
「その通り。だがオレからこの個性をとったらお楽しみは一つしか残らない。唯一の個性を失ったオレに残されたたった一つの楽しみは『破壊』だ!」
 喜哀が入り混じった表情でグラハムは断言した。
「楽しい。そう『破壊』は楽しい。オレの心は破壊でしか満たされない。壊して壊して壊しまくってでしか快感できない。……ったく、趣味が『破壊』ってほんとオレってどうしようもねェ人間だよな。オレだけの『個性』は人様に煙たがられるほどの騒音を与え、残された『趣味』は創造を破壊するだけの迷惑でしかない。こんなオレは世界中の人々に謝るべきだ。謝るべきだが、謝ったところで何かが変わるわけでもなく、悲しいとしか言えなくなる。なぜだ。どうしてオレの周りは悲しみで蔓延しているんだ。苦しみなくして楽は得られないが、これは多過ぎじゃないのか」
「だったら貴様が人一倍以上に成長する努力をしろ」
 双葉の端的なアドバイスに、グラハムは納得したように何度も頷いて答える。
「そうだな。人は悲しみを乗り越えて成長する生き物だと言うが――」
 そして意味もなくモンキーレンチを天井へ放り投げて
「生憎オレは成長する気はない」
 落ちてきたレンチをキャッチして、ニヤリと宣言した。
――向上心ゼロか。
 誰かと被るツッコミを心の中で呟く双葉。
 そんな傍観者を置いて、余裕に満ちていたはずのグラハムの瞳は次第に怒りにまみれ、彼は天へ見せつけるかのように巨大なモンキーレンチを掲げて嘆く。
「なのにこれ以上成長させて俺をどこへ連れて行く気だァ。俺をこんな悲しい気持ちにさせて神は一体どういうつもりだァ?この世界はどういうつもりだァ!?クソォ悲しい。実に悲しい。この世の中に舐められてる気がして悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて………あぁぁぁあああぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁッ!!」
 轟音。
 轟音。轟音。轟音。
 怒りを全て剥き出した巨大なモンキーレンチが地面を叩く。
 叩かれた地面は一気に陥没し、そして周囲の地べたはグラハムの絶叫と共鳴するようにのめり上がっていく。
「だから壊す!オレは壊す!悲しみしか与えない悲しい世界なんてブッ壊す。悲しいだろ、今ある生活がなくなっちまったら好きな事も楽しめない。そして喜べ!もう楽しみを失う事を悲しまずにすむんだからな。ハッハァ!!」
 破壊される地面。崩壊していく足場。朽ちる地上。
 嬉しくて楽しくてどうしようもなくグラハムは狂的に笑い上げ――
「ふざけるな!」
 一発の蹴りが頬に直撃した。
 それは、突き出た地面の破片を飛び台代わりに跳躍した双葉の蹴りだった。華奢な足によってあっさり吹き飛んだ少年の身体は、何度か地面を転げ回った後にようやく止まった。
 わずかな呻き声をもらすグラハムの眼前に、双葉が立ちはだかる。
「悲しみしか与えないだと?貴様がただぐうたらして楽しい事も見えてないだけだろ。そんなに驚きが欲しくば自分で探して見つけろ!」
 容赦なく怒鳴り上げ、双葉は冷徹の眼差しを眼下の少年に突き刺す。
 女の一喝を浴びたグラハムは声を失ったかのように黙りこんだ。
 そうして双葉をしばし見据え――
「おお!なんだ。今オレの胸は躍り高鳴っている。なぜだ!?これはオレが姉貴に結婚を告白した時の気持ちと同じじゃないか。まさかこれは『恋』って奴か。教えてくれ、オレはアンタに『恋』してるのか?」
「知らん!」



 ときめきに輝いた眼を鼻の先までぐいっと近づけて来たグラハムに一瞬戸惑いながらも、双葉は握られた手を勢いよく振り払う。
 明らかに嫌われた態度だったがグラハムはそれすら嬉しそうににんまりと微笑んだ。
「安心してくれ。ラッキーなことにオレは年上趣味だ。おまけにアンタに冷たくされるたびオレの胸はウハウハする。つまりアンタはオレの好み100%ドンピシャだ。というわけでオレと付き合え」
 図々しいにも程がある発言に再び蹴りが炸裂する。
 だがゆらりと身体を動かしてグラハムは軽々と豪速に迫る足を避けた。
 かわされた瞬間に双葉はアクロバティックに宙で一回転して後退し、青い作業着の少年と距離をとる。
 こちらの出向きを待っているのか、それとも惚れた女を眺めていたいのか――グラハムは何をしてくるでもなく、ただモンキーレンチを宙に回して自分を見ている。
――何なんだ、コイツ。
 脈絡のない長台詞、『破壊』を楽しむ性格、狂気に溢れた笑み。
 ムカつく少年だ。この短い時間で何度怒りがこみ上げたか。
――…………。
 だが怒りこそ沸くものの、不思議とグラハムには嫌悪感はない。
 むしろ親近感のようなものを双葉は感じていた。それは決して自分と彼に共通点があるからではなく、他から来るものだった。
 止まない狂った笑みとやる気のないこの気だるさは誰かを連想させる。
――……やりにくい。
 モンキーレンチという突拍子のない武器のせいもあるが、心のどこかで戦うのをためらっている自分がいる。
 疲れが混じったダルさの残る低い声は聞き覚えがある。
 寝ぼけたような半開きの眼。長ったらしい口調。呆れるほどの向上心のなさ。
 気づけば双葉は身近な誰かと一緒にいる感覚に陥っていた。
――何を迷っているんだ、私は。
 自分の中にいる何かが余計に戦闘の判断を鈍らせる。
 だが、躊躇ってる暇はない。
 不慣れな相手とモンキーレンチをどう攻めるか。さっきの失態は金棒のような巨大レンチをすっかり打撃系の武器だと思いこんでしまった自分の判断ミスだ。再び打撃相手の戦略で戦えば先ほどのように受け止められてしまう。いいや、下手をすれば鉄パイプを曲げられるだろう。
 双葉は刀を所持していない。刀に血が付着するような戦いになったら……正直平静を保っていられるかわからない。万事屋が戦闘に陥った際は、格闘か或いは使えそうな物を即席の武器にしていつも戦っていた。仮に刃物を手にしても、威嚇や脅迫程度までに留めていた。
 『獣』を暴走させてはいけない。
 しかし意味不明な発言や見かけによらずこの金髪の少年――グラハムは腕の立つ奴だ。多勢の敵を返り討ちにするだけの抜け目ない実力がある。
 力を持った相手にはそれ以上の力で攻めるしかない。
 双葉はモンキーレンチを宙に回すグラハムをもう一度鋭く睨む。
 そしてレンチがグラハムの手から離れた瞬間を合図に、鉄パイプを構えて走り出す。
 対するグラハムはレンチを振り上げ迎え撃つ――しかし視界から双葉が消えた。
 間近に迫ったその瞬間に、双葉がしゃがんで別の角度から攻め入ったせいだった。
「のわっ!」
 真っ向からの攻めと勘違いしたレンチは空振りし、足を蹴られて重心を失った身体はそのまま体勢を崩し大きく地面に倒れた。
 そして鉄パイプはグラハムめがけて振り下ろされ――
 
        屍と化した仲間達。
                       斬り裂かれた笑顔。
            深紅に染まった銀髪。
                           狂気に堕ちた女を抱く男。
 
 突然目の前に広がる記憶の光景。
 過去の衝動が押し寄せる。
――こんな…とき…に…
 双葉の動きがピタリと止まる。
「……たしは……わた…ただ…」
 うわ言を呟いて、弱々しくその場に座りこんでしまう。
 今までと全然違う、別人のように怯んでしまった双葉に眉をひそめるグラハム。
 だが彼はそれを突然訪れた幸運と受け取り、彼女を軸に円を描くように歩いて、また語り始める。
「これは神が与えたチャンスと言っていいのだろうか。待てよ待てよ、高杉のアニキに会えたり、運命の恋人と巡り合い、思う存分モノをブッ壊せるチャンスをたくさんもらえるオレって、もしかして神に愛されてる?うわぁヤベェよマジヤベェ。それがホントだったら超ヤベェ話だよ。いやいやいや、これは嬉しい話だろう。嬉しい嬉しい、なんて嬉しい話だ。オレの嬉しい話ベスト10に入るくらいだぞ。よし!この嬉しさを忘れないため今からオレの嬉しい話ベスト100を紹介していこう!!」
 相変わらずのハイテンションで語り紡がれるが、たった一人の観客は肩を震わすだけで耳を傾けてすらいない。
 ご機嫌だったグラハムの顔に一瞬だけ陰がよぎると、双葉はモンキーレンチの先端に生け捕りにされた。
「悲しい話第1位『無視』。こっちは胸が張り裂ける気持ちを声にして叫んでいるのに、それを在りもしないかのように聞かず答えないってこれほど悲しい話があるか!?そう、『無視』とは存在そのものを否定する人として最も残酷な行為だ。だから人の話はちゃんと聞かないとな。無視されるのはとっても悲しい」
 首を絞められ呻き声をもらす双葉をよそに、グラハムは悲しみに暮れた顔で苦しそうに胸を抑えながら言う。
「悲しみに満ちたオレの心はどうやったら癒される?ん~考えてみたがわからない。わからないことを嘆くことは容易いが、オレは容易い男ではないのでこれ以上嘆かない。というわけでアレだ。オレの悲しい心を癒すために――



 首を絞めたレンチがぐいっと引っ張られグラハムと双葉の唇が惹かれ合う。
 もうキスしてもおかしくないくらい互いの唇が重なりかかった。
 だが化け物のような笑顔が目の前に飛びこんできたことで双葉の意識は現実へ戻り、とっさにグラハムの喉を殴って強引な口づけを防いだ。
「ぐわはっ」
 痛みに吠えたためにグラハムの力が緩んだおかげで、レンチから解放された。双葉は続けて喉元を押さえる彼に容赦なく殴りかかる。
 だがグラハムはその動きを予想していたかのように、モンキーレンチを素早く器用に細い二の腕へ滑らせる。鉄パイプを握っていた双葉の右腕はモンキーレンチにすっぽりと挟まれてしまった。
 しかし右腕は(おとり)だった。
 挟まれた瞬間に鉄パイプを落とし、双葉は左手に持ち替えた。
 グラハムの武器は巨大なモンキーレンチただ一つ。
 唯一の工具は双葉の右腕を捕えているせいで固定されている。本人もそれを握っているがゆえに動きようがない。
 そして、双葉はグラハムの腹部めがけて殴りつけた。

“ガキン”

 火花が散った。
「言っただろ」
「!?」
「人生とは常に驚きと楽しさでできていると」
 それは金属同士が衝突して生まれた光。
 鉄パイプはいつの間にかグラハムの左手に握られた小型のレンチに受け止められていた。ニヤリと笑うグラハムの胸元には数本の小さな工具が収まった懐があった。
 武器は一つだけではなかった。
 驚愕する双葉を前に、グラハムは交差(クロス)する二つの腕に握られたうちの小型のレンチを半回転させ鉄パイプを遠くへ弾き飛ばす
 そして残りの獲物を捕えた巨大レンチを、さっきと同じように半回転させた。
――しまった…!
“グギッ”
 異様な音と共に激痛が走る。
 だが骨が折られたわけじゃない。だから双葉の右腕はありえないくらいにダレた。
 関節が外れた片腕は、もう使い物にならなくなった。
 神経や血管が千切れた痛みは尋常ではなく、悲鳴を上げたっておかしくない。
 だが双葉はそれを噛み殺して抗った。もうこれ以上こんな少年に負けないために。
 しかし状況は圧倒的に不利だ。左腕でも十分戦える自信があるが、戦おうにも跳ね飛んだ鉄パイプとの距離がありすぎて取りに行く余裕などない。それ以前に相手がそんな行動を許すはずがない
「くかぁ~。気持ちいいな。女の関節を外したのは久しぶりだ」
 思考錯誤する双葉の隣でグラハムは実に満足そうに、それこそ幸せに満ちた笑顔で『快感』に浸っていた。
 そんな彼に、未だに激痛が走る肩をおさえながら双葉は蔑んで言う。
「くだらないな」
「あん?」
「『破壊』で『快楽』を得るなど――」
 バカバカしい。
 束の間の快楽は永遠の苦しみを味わうだけ。
 それが過去に過ちを犯した双葉の一つの答えだった。
 同時に、逃れようのない事実だと思っていた。
 しかし――
「それもいいじゃないか」
 しかし――それはこの少年の理念によって覆される。
 狂的な笑みで、しかしどこか澄ましたようにグラハムは言う。
「自分で言うのも何だが断言できる。オレの頭はおかしい。そう、オレは壊れてる」
 苦笑しつつもグラハムは恍惚とした表情でレンチを回転させる。
「だからこんなに楽しいんだろうな。壊れているからこそ、どうしようもなく狂った状況が当たり前だと楽しめる。壊れ方によっちゃ厭(いや)な事も苦しい事も悲しい事も、全て楽しむ事ができるだろう。際限なく自分の思うままに世界を楽しめるなんて、まさに夢のような幸せな話じゃないか」
――…………。
 なんて図々しい自分勝手な考えだろう。グラハムが言ってることはまさに『邪道』だ。
 外道を極めたあの鬼神(おに)が聞いたら何と笑うだろうか。
 しかし……双葉は何も言い返せなかった。
 それもそのはずだ。
 彼の言葉に、双葉は自分でも気づかないうちに納得していたのだから。

=つづく=
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧