異界の王女と人狼の騎士
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第三十話
そして、また夜が明けた。
悶々とした気分のままだったせいだろう、なかなか寝付けなかった。睡眠不足のためかかなり頭が重い、そして痛む。
ベッドは王女に譲り、窮屈なソファーで横になっているのも原因の一つだろう。
鉛のように重い疲労感が体を支配している。
それでもなんとか起き出すと、熱いシャワーを浴び強制的に体を目覚めさせた。
王女のためにコンビニでパンや弁当、デザートを買ってきて冷蔵庫に放り込むと机にメモを残した。
(朝はパンと牛乳もしくはコーヒー。昼は弁当。デザートやお菓子は適当に食ってくれ。飲み物はフルーツ系の飲料も買い足してる。)
王女は俺のベッドで丸くなって眠っている。前にちらっと言ってたような記憶があるが、本当に昼夜逆転の生活なんだな。目覚める気配はまるでなさそうだけど、起こしてしまったら可愛そうだ。そっと玄関から出て学校へと向かった。
通学途上の電車の中は、相変わらずの混雑。
学園都市には5つの高校と2つの付属中等部が設置されている。大学の付属高となっているところもあり、また学園都市内には主要企業が支店・研究所等を設置しそこへの就職にも有利となっていることから、近畿一円だけでなく、他地域からも生徒が一応集まって来ている。とりわけ中等部が設置されている高校は大学の付属校でもあるからエスカレータ式に進学でき、さらにいわゆる一流企業への就職も約束されているからとりわけ狭き門となっている。まあ俺は高校からなんだけど。ちなみに妹の亜須葉はそのエスカレータ式の学校の中等部なんだけど。
それぞれの学校へと向かう中学生、高校生は普段と何も変わらぬ様子。
俺と同じ高校の生徒でさえ、普段と変わらず雑談をしている。それが俺にとって、その風景には違和感を感じるけど、それは事件の真相を知っているからだとすぐに思いついた。他の生徒達にとっては、廃校舎で起こった火災によって、それは不審火であったかも知れないけど、二人の生徒が煙に巻かれて死亡したという事実しか知らされていないのだから。たしかに一部の生徒からラブホテル代わりに使われているという事実があったから、二人を知らない生徒にとっては、日向寧々と如月流星の関係が噂された程度で、所詮、「やってる最中に火災に巻き込まれたかわいそうな連中」「学校からは立入り禁止措置がとられていたのにそれを無視して入り込み火災に巻き込まれたバカな連中」ぐらいの感想が交わされただけで、すぐに日常に埋没していくその程度のニュースでしかなかったんだ。
二人を知る生徒でも性的で卑猥な噂が囁かれるだけで、それ以上はタブー視されるために突っ込んだ議論など起こりようもなかった。
やがては時間が忘れさせるというだけの、ごくごく平凡な日常の一コマでしかないんだろう。
学校に着くと、相変わらず制服警官が生徒達を監視するかのように校門に立っている。
みんなはそれがもう当たり前のようになっているんだろう、さほど注意も向けず普通に登校している。
捜査はどの程度進展しているんだろう。それを聞きたくて仕方がないけど、どうせ教えてもくれないだろうから、ぼんやりと警官や一緒に立っている生徒指導の教員達に挨拶をしながら学校へと入っていった。
教室の日向寧々の席には花瓶が置かれ花が添えられている。
今日は漆多も登校していて、自分の席について本を読んでいるのが見えた。
声をかけようと思ったけどヘッドホンをしていて音楽を聴いているようだ。息苦しい思いをしなくてすんだかと思ってほっとした。思い詰めたような顔をしているのが斜め後方からも見えたけど、「安心しろ、漆多。昨日お前を痛めつけ、今後の地獄を約束した連中は俺がボコボコにして二度とお前にちょっかい出せないようにしてやったぜ」と声に出さずに言ってやった。
一応気になっていたので、教室に来る前に蛭町達のクラスを覗いたが、6人とも今日は休んでいるとのことだった。
そりゃそうだよな。あんだけやられたら学校に来られないだろう。怪我をしたりしてるけど誰にも言えないはず。脅すにはなれている奴らも脅されるのにはなれていない。おとなしく布団を頭からかぶって家で怯えているんだろう。ざまー見ろって思った。これまで如月や他の誰かにやってたことがどれだけやられている側にとっては辛いことか少しは分かっただろう。まあ分かったところで許される物ではない。それでも知らないよりは奴らにとっては良い薬だ。
この警告をきちんととらえ、奴らがすこしでもまともになれば良いと思った。……こりもせず漆多にちょっかいだしたら今度は本気で殺してやるくらいの気持ちに俺はなっている。
力を手に入れたせいか、かつて無いほど攻撃的な気分になっている自分に少し怖いとも思っているから、まだ異常ではないんだと安心する。
椅子に座って軽く伸びをしたとき、クラス委員の佐奈 更(さな さら)に声をかけられた。すぐに職員室に来るようにとのことだった。
「え? 誰が何の用事なの? 」
「佐藤先生が用事があるから来てくれだってさ」
理由も何も聞いていないとのことだった。
さて何だろう? 蛭町達を痛めつけたのがばれたかな? それ以外は浮かばなかった。
面倒くさいな。
それでも呼ばれたからには行かないわけにもいかないし、俺は立ち上がった。
すぐに紫音が駆け寄ってきて、「何かあったの? 」と心配そうな顔で聞いてくる。
どういう訳か、いつでも真っ先に俺のことを心配してくれるのは紫音だ。学校ではどうしても孤立しがちだった俺の事をいつも気にかけてくれていた。だから余計に心配になるんだろうか。幼馴染の腐れ縁ということで、どうしても放っておけないんだろう。
それにしても、何を好きこのんでか、へたれの俺をいつもサポートしてくれてたからな。それについては感謝している。
でもいつまでも紫音の世話にばっかりなってもいられない。もうガキじゃないし、紫音だってほかにやらなきゃなんないことがいっぱいあるはずだもんな。心配なんかさせたくない。
「よく分からないなあ。テストの成績が悪かったからなのかなあ」
と答えるしかなかった。
薄々は思っていた事、ついにそれが来たんじゃないかって本当は思っていたんだけど。
職員室に入るとすぐに佐藤先生が反応した。立ち上がって俺のそばにやってくると、そのまま生徒指導室に津入れて行かれた。
佐藤先生がドアをノックすると部屋から「どうぞ」と声がした。
聞いたことのない声だ。
先生はドアを開けると軽く会釈をし、「月人柊を連れてきました。……おい月人」と促すように顎をしゃくった。
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