異界の王女と人狼の騎士
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第二十九話
「もう一つ、勝利への鍵があるわ。それは、お前が秘められた能力を解放できるかどうかにかかっているとも言えるんだけど」
「秘められた能力? 」
そんなのあるのか? さらなる能力が俺の中に? 一体なんだそれ。
「……勝利は紙一重。どっちに転ぶかは私にもわからない。お前の秘められた能力の正体が何なのかは私にもわからないけど、その潜在力を相当なものだと私は信じているわ。……だって、寄生根と互角の勝負をし、しかも撃退に成功しているんだから。……それは奇跡に近いことなのだから」
「でもそれは君と契約したから、力を得たんじゃ……」
王女は首を横に振った。
「前にも言ったかもしれないけど、私と契約したところでそれは不死の能力を得るだけで、戦闘力が上がるなんて便利なものじゃないのよ。所詮、中身はもとの人間のまんま、何も変わったりしないわ。それなのに、お前は寄生根の憑いた生物と互角以上の戦いを展開できたのは何故かしら? どうみたって格闘技とかやったことなさそうな、ただのヘッポコ君なのにね。……お前、何か武道をやっていたのか? まあ仮に武道をやっていたとしても、そしてそれが相当なレベルだとしても、あれ戦い、勝利することなど不可能なのだけど」
王女の問いに俺は首を振るだけだった。
武術なんて習ったことなど無かった。運動神経も人並み程度しかないしね。高校に入って授業で剣道をやり始めたばかりだ。始めたといっても授業でやっていたというだけで、部活動じゃあない。それも柔道か剣道かの二択しかなくて、剣道を選んだだけだから。
「……そういや、俺のご先祖にはかなり武術にたけた人が多いって聞いたことがあるよ。親父もよくは知らないけど何かの武術の師範クラスだって聞いたことがある」
「聞いたことがあるって自分の身内のことでしょう? しかも自分の父親のことなのに。人間とはそれほどまでに肉親との関係が薄いものなのか? 」
「いや、昔から親父は自分のことはほとんど話さなかったし、聞けるような関係じゃ無かったんだ。正直、親父の仕事が何かさえ知らないんだよ。事業をやっているってことは知っているけど詳細はしらないし、教えてもくれなかったからね。もちろん小さいときには教えて貰っていたかもしれないけど、そんなの覚えてないから。俺も親父も、もともとそんなに話したりする人じゃ無かったし、よく分からないけど俺のことも疎んじてたようだから。そして今じゃ完全に絶縁関係だからね。聞こうにも聞けるわけない」
「そうか、それなら仕方ないわね。お前の複雑な家庭環境を聞いたところで戦力にはならないし、時間の無駄だし」
いやにあっさりと王女は納得した。
普通なら親の仕事を知らない子供なんてないだろうって言うんだけど……。今までそんなことを言ったらみんなそう聞き返してきた。紫音にだってそう言われたし。「お父さんと話さないっていうのは良くあると思うけど、そこまでって珍しいっていうか徹底してるよね」って。
「どうかしたの? 」
王女は気付いたのか聞いてきた。
「うん。王女は俺が親父の仕事が何かさえ知らないのをそんなに変に思わないんだなって思ったんだ」
「人間の親子の関係がどうなのかなんて私にはわからない。そもそも私は人間ではないからな。比較などできないよ……それに私とて父や母と話した記憶すらないから」
一体どんな親子関係なのか気になったけど、なんだか辛そうな顔をしていたのでそれ以上のそのことを聞くのはやめた。
「とにかく、お前には何か秘められた能力があるんだろう。その素質を寄生根との戦いの時にさらに開花させることができればいいんだけど。……とはいっても、どうやれば発現させられるかは私にも見当がつかないんだから手の打ちようが無いわ。もう不確かなものを調べている時間はないんだから。なんだかんだで結局のところ、行き当たりばったりの運任せということか。全くの無策で挑まなければならないなんて最悪だわ。これがすべてを決するという勝負になるかもしれないのに……でも、それも仕方ないわね」
諦めたように言うと、ペットボトルのお茶を口に含んだ。
「うえ、やっぱり不味いわ。こんなのよく飲めるわね、お前達は」
と、またぼやいた。
俺の秘められた能力……。
あの心の奥底に潜んだ凄く邪悪な【意志】。
俺であって明らかに俺じゃない何かが、たまにおれの意識の表層に現れて俺の意志を支配することがある。その時、明らかに普段から比べると数段上の力が出る。それは戦いの中で知ったことだ。その力をうまく使えれば明らかに勝機を掴む確率が上がりそうな気がする。あのときの力の増幅感・飛翔感は半端ではない。でも【あれ】の力を借りて戦ったとして、再び【あれ】を押さえ込むことができるんだろうか? そう思うとその力に頼るわけにはいかないって思う。
それは自分が自分でなくなるんじゃないかという恐怖と、乗っ取られた後の俺が果たして人としての行動がきっとできないという確信めいた恐怖の二つの恐怖に怯えを感じるんだ。
俺は学校で蛭町達をぶちのめしたときに、その【あれ】が俺の意識の表層にまで上がってきて、その意志のままに俺が奴らに暴行を加えたとは結局、王女には言えなかった。
あの時は何とか引っ込んでくれたけど、今度はどうなるか分からない。
あの時、【あれ】がずっといたままだったら、俺は蛭町達を殺していた。それもただ殺すだけじゃなかったはずだ。徹底的に、そして残虐に解体していたはずなんだ。
俺に制御することが可能なのか?
最悪はあの力に頼らなければならなくなったりするんだろうか? できればそれは避けておきたいけど、選択肢としては残しておかないといけないな。
俺は王女を守らなければならないし、寄生根は叩きつぶさなければならないんだ。
これ以上の犠牲者を出すことは耐えられないもんな。
俺自身が被れば済むことなら、すべて引き受けようじゃないかって思うんだ。
それは想いというよりは、誓いだ。
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