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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  報告

《その名前》を聞いた時、シゲ老人の巨木の年輪を思わせる顔に浮かんだのはなかなかに渋いものだった。

「フェイバル……じゃと?」

カコン、と鹿威しの音がだだっ広い和室の中に軽やかに響き渡る。

場所は現実世界。二度目の黒峰邸である。

あれから同じく決勝戦を終えたユウキと合流し、互いの意見を出し合った後、現実世界に帰還した。バレット・オブ・バレッツ本戦は翌日の十四日の午後八時から行われるためだ。

そしてその翌日、あらかじめ渡されていた連絡先にかけ、迎えを寄越してもらいここにいるという訳だ。真っ先について来そうだった従姉の姿がないのは少々意外だったが、用事があるとなれば仕方がない。

再び正対することになった黒峰重國は、年代物と一目でわかる煙管を深々と吸い込み、次いで豊かな髭の合間から一昔前のSLのような排気を行った。

「……またあやつか」

「《また》ってことは、何か心当たりでもあるの?」

「――――とくには、ないのぉ」

間があった。が、それには気付かなかったフリをして、少年は話を進める。

「死銃に関しては、ユウキねーちゃんが決勝で当たったらしいよ。といっても、《赤眼》だったらしいけど」

「ザザか……。ふむ……となると、《シロ》か」

どこか遠くを見ながら何気なく言い放たれたシゲさんの言葉に首肯を返しながら蓮は口を開く。

「うん。アイツ程度のクラスなら、逆に安心できるね」

「…………………………」

シゲさんの依頼内容は死銃の正体とその殺害方法だ。正体のほうは相手の方からご丁寧に説明されたとして、あとはこの老人のコネかなんかを使えばSAOのアバターネームから現住所を割り、身柄を確保することはさほど難しいことではないだろう。

さらに、一番の問題であった、殺人を犯せるほどの心意を死銃が使っているという線もまた否定された。同じ【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】であっても、あの首領くらいのランクでなければそのレベルの心意など夢のまた夢だろう。

「ま、これはこれでシゲさんいとっては悪いことなのかな?」

「……どういうことかの?」

単純に意味が分からなかったのか、それともそう見せかけているだけなのか。小首を傾げる老人をねめつけながら、蓮は小憎らしい不敵な笑みを浮かべた。

「軍事産業に画期的な《仮想兵器》の可能性を提示できなくて、ってこと」

反応はなかった。

だが、一気に重くなった空気の圧迫感だけが眼前の爺の返事を明確に代弁していた。

しかし、固まる重國に構わず少年はしてやったりと笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

「心意は発見されて時間が経った今でも、その核心になるとブラックボックスが多い。それは解明できないっていう他に、まだ解かっていない可能性がある可能性の存在を表してる。当然、シゲさんが言ったように、仮想世界の中で人を殺せる可能性すら、ね。仮想世界が現実世界の肉体に与える影響は、いまだ研究途中だ。確かにそんな殺害ができるかもしれない。だからシゲさんは、『実の息子だか孫だかが殺されてその復讐をする』なーんてすぐにバレそうな嘘をでっちあげてまで、僕と木綿季ねーちゃんを引っ張り込んだんでしょ?心意に詳しくて、それに加えて操りやすい人をね」

流暢に流れるその説明に完全に閉口していた老人は、やがてゆっくりと口許を苦笑の形にして吐き出した。

「……やれやれ、そこまでお見通しか」

「まあねー」

ふっふん、と車椅子上にて胸を張る少年に今度は優しげな微笑みを投げかけながら、重國は()()()()()()()()

少年を見つめる双眸の奥に、永い年月を経て研ぎ澄まされた牙が宿る。老いてもなお衰えることを知らない――――いや、それどころかくぐった修羅場の数、生き抜いた歳月をそのまま己の糧としてきた巨大な獣がのっそりと起き上がったようだった。

相手はもうかつてあの城でともに戦い、背を預けた頼もしくもどこか庇護心をくすぐる少年ではない。自分が人生を賭して作り上げた《帝国》を切り崩さんとする敵対企業そのものだと思う。

キュッ、と微かな瞳孔の開きだけで場の雰囲気が一瞬にして老人の支配下に置かれた。

「心意はある程度法則性が分かっている分、一から開発するより圧倒的に早く兵器化が可能じゃ。今や全世界的に、企業は電脳の空間に移ろい始めている。その相手が仮想世界にログインしているだけで殺せるという可能性を提示できれば、かなりのアドバンテージが得られるんじゃよ」

老人の言う通り、今は世界規模で全ての経済活動は電脳空間に移行しつつある。会社の会議からテレビのスタジオ、果ては会社そのものを仮想世界にオープンした企業もいるらしい。これらがどうしてここまで拡大するかというと、その答えは至極簡単。

経費が掛からないからだ。とくに機器類に莫大な費用の掛かるテレビ関連は率先して移行している。仮想世界下では録画ボタンを押すだけで360度のパノラマ映像だろうが即座に撮れるのし、背景のテクスチャも好きなだけ弄れるのだから、そりゃわざわざ現実世界に戻って金をかけてまで撮る物好きもいないというものだ。

だがそういう状況下だからこそ、心意の存在を公表したら即座にパニックに繋がる。

だから、その情報を突き付けられた相手側も安易にそれを漏らせず、結果的に彼らの縁者達やアキレス腱のような重要企業の重役達がいつ殺されてもおかしくない仮想世界に潜っていくのを止められない、という訳だ。

使うつもりはない。

あくまで核兵器のような抑止兵器、というところだろうか。だが、この現代では直接的な武器よりもよほど強力な外交カードになりうる。

その真意の一切を隠した老人を前に、蓮は慎重に言葉を紡いだ。

「……前に訊かなかった質問をしようか」

「どうぞ」

一拍置いて、少年は疑問を呈する。

「何で部下にやらせなかったの?僕達に情報を渡したヒトに《殺されろ》って言えば、それだけでこと足りたんじゃないの?」

「――――…………蓮君。儂は、君がこの馬鹿げた頼みを引き受けてくれるくれないにかかわらず、《情報》はちゃんと話すつもりじゃった。それでもこの話を持ち掛けたのは、少し……気になることがあっての」

「……?何、気になるんだけど?」

しかし重國はそれ以上は笑って誤魔化し、「ともかく」と言う。

「儂が君達に頼んだ内容は、一応完了と言えよう。ここで再コンバートし、ALOに戻ってもいいんじゃよ」

「……それ、分かってて言ってるでしょ」

今度は蓮のほうが苦笑する立場になってしまったが、そんな少年に重國は口調こそ穏やかだが、どこか鋭いトゲのようなモノが混じった声で続ける。

「蓮君。儂が言っとるのは、単純に損得の計算じゃよ。ここで君と木綿季ちゃんがGGOに残り、フェイバルと戦っても、得をすることなど何もない。いらない危険だし、いらない冒険じゃ。儂が記憶するに、SAOで休暇を取ると言っていた時の君は、言うほど冒険家ではなかったと思うが?」

「人は変わるってことだよ、シゲさん。ずっとおんなじ人格で、信念で、思考を宿してるヤツなんていないよ」

ほ、と。

黒峰重國はそこで思わず腹を抱えて笑い転げるのを辛うじて堪えた。まさか、軽く半世紀以上も生きている時間軸がズレている少年から、およそこんな言葉が飛び出すとは露程も思っていなかったのだ。

まるで、自分よりよほど人生というものについて悟り、達観したような言葉。

言いおるわい、と胸中で呟きながら、それでも老人はそれをおくびにも顔に出さなかった。

重國にとって、眼前の少年はもう少年と認識されていない。欠片でも油断したら喰われる。身の内の感情をそのまま顔に出すなど論外である。

「ならば、引き続きGGOに潜る、と?フェイバルに挑む、と?」

「うん」

「言っておくが、君が報告してくれた決勝の内容によれば、今の蓮君の心意を含めた全能力はヤツに著しく劣っていると判断せざるを得ない。戦っても勝てんぞ」

あえて厳しい意見を素っ気なく述べる老人に対し数秒黙りこくり、小日向蓮はそれでも、と簡潔に返した。

「……訂正してもらいたい言葉ができたからね」

少年は笑わない。

蓮はまだ老人に黙っていたことがあった。

「シゲさん、シゲさんは僕より前――――フェイバルが六王にいた頃から、六王にいたよね?」

「あぁ、創設にも関わっておるからの」

「え、じゃあシゲさんって《原初の六人》の一人なの?」

まぁの、としれっとした顔でそう言う老人に、少年は改めて真剣な表情を作った。

「さっき言った予選決勝で、確かにシゲさんの言う通り僕は惨敗した。……だけど、待機ドームに戻った時に、一緒にクエストをやった人達が言ったんだよ。『良い試合だった』って」

その言葉に、一瞬だがシゲさんは眉をひそめた。だが、波が引いていくかのように、水が浸透していくかのように、顔が強張る。

驚愕、なんて表現では生ぬるい。

老木の年輪を思わせる彫りの深いシワが刻まれた顔に浮かんでいるのは、紛れもない恐怖。そして微かな、畏怖にも似たものだった。

「……なん、じゃと?」

「教えてほしいんだ。空間的には隔離されている待機ドームにいるプレイヤー達にも影響を及ぼす心意を、あいつが習得してるのかどうか」

「…………まず断っておくんじゃが、あやつのギルド【尾を噛む蛇(ウロボロス)】は儂のギルドに負けず劣らず秘密主義じゃった。さらに頭首のフェイバルに関しては、当時六王だった誰も親交がない」

「だから何にも分からない、と?」

鋭い少年の指摘に、シゲさんは重々しく唸った後首肯した。

「基本的に秘匿になっていた心意による戦闘は、そもそも絶対数が少ない。儂はあやつが心意技を使ったところは一回しか見ていないが、それにしたって少し硬い防御技でしかなかった。君の言うような桁外れに強い精神感応系の心意技を心得ているようには思えなかったがのぉ」

「……そっか」

心意には攻撃威力拡張、装甲強度拡張、移動能力拡張、射程距離拡張があるが、それを全て使えるのは不可能に近いと言われている。普通は二つ、多くても三つが通例である。それに照らし合わせれば、少なくともフェイバルが習得しているのは装甲強度拡張ということになる。

精神感応系統はこの基本四種を組み合わせた第二段階技である。もともと複数取得するのが難しい四種なのだが、それを組み合わせるとなると難度は段違いだ。それゆえに、精神感応はほとんど会得している者がいない。

―――例えば、そう。僕の中に巣くってる《狂楽》みたいな、それだけのために生まれたヤツぐらいじゃないと。

グッと胸の前で拳を作る少年に、老人は少し思案するような眼を向ける。

「それに……儂の立場から言わせてもらうと、君はある可能性を自ら排除していると思うぞ」

「可能性?」

「君の他のプレイヤーがおかしくなったのではない。蓮君、君自身がヤツの術中にいるのではないか?」

虚を突かれた、というのが素直な気持ちだった。

確かに、それならフェイバル自身の負担はかなり軽くなるが、しかし――――

「で、でもシゲさん!そんな、精神感応の心意技なんて……仮に幻惑だったとしても、何か気付くはずじゃ」

必死に。

何か違う、と主張する少年に、老人はどこか憐れむような視線を向けた。

「蓮君、確かに君の実力は頭一つ飛び抜けている。そのおかげで、儂等はこうして現実世界におれる。じゃが、何事も例外はある、ということを弁えなさい」

それは、忠告でも戒めでもない。

諭し。

道理の解からない子供に、懇切丁寧に教える大人の余裕だった。

「精神感応系でも、視覚操作は比較的簡単な方じゃ。儂等よりよほど心意(あちら)の世界に浸かっておったあやつならば、習得していたとしても不思議ではない。それに、幻惑は何より相手に察知されないことが重要な要点じゃ。君が気付かなかったとしても、何もおかしなことではあるまい?」

「……………………」

「君の言いたいことはわかる。自分の強さを信ずることは心意では最重要じゃからな。だが、『それ』は油断と紙一重だということを自覚したほうがいい」

「――――ッ」

カツン、と。

煙管の雁首が老人の傍らにある灰吹きの縁に当たり、灰が落とされた。

それが何かの最終宣告だったかのように、後ろの襖が音もなく開けられ、その向こうからいかにも面倒くさそうな、そして不機嫌そうな顔をした金髪のチンピラ―――木瀬だったか―――の顔が覗いた。

「報告は聞いた。報酬はBoB本戦が終わってからでいいじゃろう。今日はゆっくり休んでいなさい」

「ッ!だけどシゲさん!」

話は、と。

その声は特別張っている訳でもないのに、なぜか身体の隅々まで轟く。

「終わりじゃ、蓮君。心配せずとも、君にチケットを渡した儂の部下も大会に潜っておる。死銃の件はこちらでカタをつけよう」

「…………わかった」

車椅子がひとりでに動き、畳の上を運動力学的に斜めに据えられている車輪が軽やかに滑り出した。

「――――蓮君」

「……何?」

「正直に言ってほしい。君の頭は今、フェイバルをかなり意識しておる。それは蓮君とあやつの間で何かがあったということの証明でもあるが、それを踏まえた上で言ってほしい。……君は今、死銃のことをどう思う?」

その問いがだだっ広い和室に響き渡り、反響し、そして掻き消える頃になっても、返答はなかった。

鹿威しの音さえ固唾を呑むように静止している中、老人の方を振り返りもせずに少年は口を開いた。

()()()()()()










少年の乗る黒塗りのリムジンが去るエンジン音が遠ざかっていくのを聞き、黒峰重國は静かに息を吐いた。

その吐息が何かの合図だったかのように、一瞬前まで確かに誰もいなかった空間から滲み出るように、細身の人影が湧く。

「……八伎か」

はい、と感情が削ぎ落とされたフラットな声に、メガネのブリッジを押し上げるごくごく小さな音が続く。

あえて必要以上のことを話さない、自らの生きた盾は重國が黙ると、それ以上余計なことはしない。それはいっそ道具のようでもあり、対人関係で気の休まることがほとんどない老人にとっては救いになっていた。

「どう思う?」

「どう……とは?」

「言葉の通りじゃよ。君の眼から見て、あの少年がどう見えたか教えてほしい」

打てば返るように、いつも即答のこの男にしては珍しく間があった。

一拍を置いて顔面に傷痕を残す男は口を開く。

「あれはもう()()ですね」

率直に。

直入に。

真っ黒なスーツを着こなす男はそう言った。

「どうしようもなく、もう手遅れなレベルで壊れている。逆に、なぜあなたというお方があんなものに執着しているのかが分かりかねます」

「くっくっ、君にしてはずいぶん攻撃的な批評じゃの。ふん、なるほど。壊れている、か……」

それきり黙りこくった主に対し、八伎は静かに一礼して下がった。それに気付かないように天井の木目の一片だけを凝視し、重國は思考する。

あの少年はとっくに狂っている。

それこそ老人の知ったことではないが、レンがGGO内にてフェイバルにマイの異常性を説かれたのと同じく、シゲクニは遥かSAOの頃から彼の異常性に勘付いていた。

―――いや、異常性というより。

八伎の言葉がまさに当てはまる、壊れている、という表現。それがぴったり合うのだろう。

あの少年の中で、命の定義はあまりにも低く設定されている。それは例えば、人間が野山を掛ける動物達に浮かべるようなものだ。テレビの特集などで取り上げたなら素直にかわいいなどとほざくくせに、道端に死体となって出てきたらどこまでも嫌悪感しか出さない。

小日向蓮も同じだ。アレの中で、敵と仲間、そしてその中間の人々へと扱いの差はいささか度を越して激しい。

「……どうでもいい、か」

彼は、これから本戦で出るだろう死銃の被害者も吟味し、その上でなお言ったのだろう。

そんなヤツらのことなど知ったことか、と。

善悪、などというレベルを超えている。

あの少年の中で、仲間は等しく善であり、敵は等しく悪だ。

だがそれ以外は?

小日向蓮は、ソレに意識を向けない。路傍の石のように、ソレが障害になれば、あるいは暇を持て余したら、躊躇いなく無邪気に蹴り飛ばすだろう。

あの少年にとって、無関係というのは必ずしも無干渉ということにはならない。

あの少年にとって、ソレらはいつでも殺せる、ただそれだけの存在なのだから。

たった十二歳かそこらの子供が、他人の命を顔色一つ変えずに見捨てたという事実に、老人は微かに畏怖という感情を覚えた。

―――矢車草の《鎖》だけはいまだに健在……。しかし、それは果たして良いと言っていいものやら……。

少年の中で、他者は基本的に生きていても死んでいても仔細関係ないのである。その違いが彼の中で重要視されるのは、基本的に敵か仲間。後者に対しては少年はどこまでも守り尽すが、前者はまったくその逆。

生きていることを赦さない。

その結果が《冥界の覇王》であり、史上最凶のPKK(プレイヤーキルキラー)なのだから。

あの城の中でも――――否、現実世界でさえ屈指の危険人物にして不穏分子。最強で最恐で最凶の、シリアルキラー。

だが、果たして彼の中に《仲間意識》というものがあるのかどうかは、はなはだ疑問視したいところでもある。

―――蓮君にとっては、仲間は常に守らなければならない弱者でしかないのか。

もしそうであれば、あの《絶剣》にとって、あの小さな少女にとって、これほど酷なことはないと言うのに。

誰もいない和室の中、とある老人は静かに言葉を紡ぐ。

「生きることとは、つくづく難しいものじゃな」

だが、意切ることは恐ろしく容易い。

そう続けた老人は、一瞬で数十年も老けこんだような顔で煙管を吸った。

いつもより広く感じられる畳の上に、鹿威しの音が鳴り響いた。 
 

 
後書き
なべさん「はいはい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん」
レン「新年二発目なのにどこまでも暗いね」
なべさん「しょーがないでしょ!タイミングが悪かったの!」
レン「さて、これでGGO編もよーやく半分ってトコだね。原作基準で行くと」
なべさん「あっちこっち迷走してたけど何とか辿り着けたよ…(切実」
レン「いや、ホントにね(激怒」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued―― 
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