ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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~銃声と硝煙の輪舞~
In the true
さぁて、何をどこから話したものやら。
ああいや、別に話したいことがない訳じゃあないよ。逆に多すぎて困っているというのが正解かな。
くすくす。
……うん、そうだね。ここは一番基本的で基礎的な、君の彼女ちゃんの話から始めようか。
おや?何をそんなに睨みつけているの?正直、手足がなくなってイモムシみたいな今の君の姿形から威圧の欠片も感じられないのだけれど、ここは素直に怖がるところだったのかな?うわーこわーい。
ってうそうそ、そんなに睨みつけるなよ。私が『マイ』のことを知っていたのが意外だったんだよね。
別に不思議なことじゃない。私は前から彼女のことを知っているよ。君が知っていることよりずっと深く、ずっと昏い真実をね。そして何より、私は君が彼女を知るずっと前から、あの子のことを知っている。
……ふぅん、そう。やっぱりそこか。
君が顔を背けていたいトコは。
彼女について君がどれだけ知っているかは、ある程度想像がついている。だけどその上で言わせてもらおうか、かわいいかわいい《冥王》クン。
認識が甘すぎるんじゃないかな。
君も知っているだろう。あの巫女から聞き、そして紛れもなく本人からも聞いただろう。
その上でなお、君は現実を捻じ曲げる気なのかな?
その上でなお、現実から目を背け続ける気なのかな?
だったら失望を禁じ得ないとコメントしよう。
いい加減に識れよ。
いい加減分かれよ。
いい加減に向き合えよ。
そして受け入れろ。
あの子の笑顔は、何も君だけに所有権があった訳じゃない。かつてあの子は、あの真っ白な笑顔を、君以外の誰かに向けていた。あの純白の声を、他の誰かにかけていた。
その人達が君と違う点は一つ。
守れたか、守れなかったか。
仮に、仮の話だ。もし彼女が、君に会う前に《救われた》なら、必然的に両者が結ばれることはなかった訳だ。
点は点のまま。
線では繋がらずに、ね。
その事実を、何でそうまで跳ね除け、拒絶するのかは……まぁ薄々判るってものだけれど。
くす、くす。
それでも私は言わないよ。
それは君が、自分で気付くことだ。
……いやいや、そんなに嫌がってもダメだよ、止めないよ。私は君と特別敵対したいとは思ってないけれど、それと同じくらい君の味方になるつもりもない。
ほら、私のギルドは《中立》だからね。お金のためなら何でもやる、がモットーだからさ。ギルマスの私が、特定の誰かに肩入れするのはさすがにマズいっていうものなんだよ。たぶんね。
――――うんうん、気付いたね。
そう。
君が、あの子へ感じているのは愛情なんかじゃない。
ただの、醜くて醜悪で、吐き気を催すくらいの――――《独占欲》だ。
真っ黒だね。
透明とはほど遠い。醜劣の極みだ。
君はどうしてか、いつからか人を殺す手を止めてしまったけれど。人を助けるようになってしまったのだけれど、それこそ醜い感情の為せることじゃないのかな?
偽善だよ。
君はそうやって人を助けて――――善なる行為をやっていれば、いつか自分の行った殺人への罪が帳消しになるとでも思っていたようだけれど、それは嘘だ。まやかしだ。
そんな保証は世界のどこにもない。罪という、己がやった過去をなしにするなんて、そりゃあ傲慢というものだよ。
くす、くす、くす。
それに、君は何か勘違いをしているみたいだから一応言っておこうか。
君があの子に愛情ならぬ欲望を寄せているように、あの子もまた君に対して愛情以外の感情を向けている、という事実を。
おや、意外かな?
そうじゃないだろう。君はそのことすら、心のどこかで気付いていたはずだ。
あの世界のクソッタレな神様が適当に選んだ人々にあの子を送り込み、そしてしかる後に巫女に回収させる。抵抗があったはずだ。守ろうとしたはずだ。だって、それがあの《魔女》の命令なのだから。
純白な《魔女》の、白濁した命令。
あの子はいままで何人の《保護者》と暮らしたと思う?
あの子がいままで何人の《被害者》を出したと思ってる?
結局はそういうことだよ。
あの子はあんなナリでも、まだ精神年齢上で言えばかなり低い。私達とは違う、創られたモノなのだから。
普通、そんな精神年齢――――いいやどんな人であれ、目の前で一緒にいた者が物になる瞬間を何度も見せられて、それでもなお笑顔を振り撒いているっていうのは、少し無理があるんじゃないのかな。かなり無理があるんじゃないのかな。
あの子は人間ではないけれど、それでも人間に似せた魂を持っている。
人間は弱い生き物で、そしてどこまでも愚かな種族だよ。
目の前の、少なくとも一時は自分を保護し、暮らしてくれた者が、自分のせいで殺される。それは彼女に悪いところはなかったにせよ、彼女のせいではなかったにせよ、それでも人間はそこで思ってしまうんだよ。
自分のせいだ、ってね。
あの子はそれでも、今でも笑っている。いや、笑っていられる。人を殺した身体で、人を殺した心で、人を殺した魂で。
もしそうだとしたら、あの子は立派に狂っているよ。
白濁し、白熱し、白狂している。
気持ち悪いよ、心底からね。
くすくす、くすくす。
――――うん、分かってるよ。彼女は狂っているんじゃない。狂ってなんかいない。
じゃあ、どうやってこの矛盾が解消される?
答えは簡単。
興味を持っていないんだよ。最初から。
君達、自分の《保有者》にはね。
んん?難しかったかな?そんな放心しちゃって。別にそんなに小難しい話をしているつもりはないんだけどなあ。
牛や豚、鳥といった、食用のために動物を飼育している人を思い浮かべたらいい。彼らは、いずれ失われる命を、それでも大事に育てる。なぜなら、それが今後の自分の生活を支えるものだからだ。
個々の命を生命と定義せず、あくまで自分を養ってくれるモノとして考える。
これも一種の現実逃避というか、まあ精神的な自己防衛の一種なのだけれど、それでも立派な確固たる思考法だ。
あの子もこれと同じだよ。
あの子にとって君達《保有者》は、いずれいなくなるモノであり、またすぐに壊れてしまうモノなんだよ。
だからあの子は、無感情に、無感動に、無機質に、これまでの《保護者》達の最期を見てくることができた。なぜならそれは、己の中ではすでに決まっていたことなのだから。
決定事項なのだから。
あの子は君のことなど見ていない。せいぜい、束の間に生き残った物持ちのいい珍しい《盾》くらいだろう。
あの《魔女》は誰も見ない。誰も信じない。誰も愛さない。
くす、くすくす、くすくす。
自分だけは例外、なんてことは世界中のどこを見回してもないんだよ。
子供の夢は尊いもので眩しいものなのかもしれないけれど、逆に言うと『それだけ』だ。現実的とかそういう理論めいたことではなく、ただ単純にそれだけなんだよ。
力を求め、得られ、それでも守れなかった人がいた。
その事実をなぜ受け入れないの?
あの《蟻使い》も、《矢車草》も、《黒猫》も――――等しく君が殺した命だ。
力の足らない君の招いた結果だ。
まったく、《武器》だけはご大層なものを持っていても、主がこれじゃあねえ。なんでこんなのを持ち主に選んだんだか……饕餮は。
……?何で不思議そうな顔をするの?ここ、そんなに重要なトコじゃないよ?
え、もしかして君、まだその武器が普通の武器とか考えてるの?
――――あちゃー、これはこれは。
私はいつでも他人を愚かだと思っている捻くれ者だけど、今だけ心の底から他者を馬鹿にしたのは初めてだよ。いやいや、ホントホント。
君はいつも私の予想を上回ってくれるね。
くすくす、くすくす、くすくす。
いい?よく考えてみてよ。
『あの』自称神様が、力を与えると言って寄越してきたのが、ただ単にユニークな武器?
馬鹿にするのも大概にしろってんだ。
もっとも、そんな顔をする君にもちょっとは予感めいたものでもあったんじゃないのかな?直近としては、今ストレージの中とか?
……当たりか。君は一度、ポーカーフェイスというものを覚えるべきだと思うよ。顔に全て出ちゃってる。
まあそれが、君のかわいいトコだと思うけどね。
くす、くすくす、くすくす、くすくす。
君の持つ饕餮、そして私の檮杌はあの黒尽くめが、自分の知識欲を満たすためだけに生み出した《四凶》という名のモノ達の双角だよ。
……その通り。私も君と同じ、あの自称神様に力を欲したんだ。そして手に入れた。
絶大な、しかし《代償》のいる力を。
代償なしに得られるものなんて、まったくないとは言わないけどそれこそ少ないよ。いや、少なすぎる。
無償の善意、なんて言うとご大層に聞こえてしまうけれど、例えばその中には自分の履歴書に書ける文字列が少しでも多くしたいという涙ぐましい理由でボランティアに参加している人もいるはずだよ。
私は否定はしない。
だけど肯定もしない。
こんな力を生み出したあいつを私はとことんまで憎んでいるけれど、それでもこの力をくれたのもヤツだからね。
くすくす、くす、くすくすくすくすくす。
そんなモノを創って何をしようとしていたかって?ちょっとちょっと、さっきも言ったじゃない。
知識欲を満たすためだよ。アレが望んでいるのは、いつだって知識なのだから。
……う~ん、君達が《神装》と呼んでいる現象があるでしょ?
あの神様は、どうやらそれを詳しく識ろうとした過程で生まれたらしいよ。
通常の神装は、強力なイメージの周りに殻のように物的心意を張り巡らさせて完成されている。だが、どんなに慎重を期しても、外殻は内圧に耐えきれずにいずれ崩壊してしまう。だから通常は、そうなる前に自ら解除する。
だけど。
もしも、『ずっと維持していられる神装』があったらどう?
くすくすくすくす、くすくすくすくすくす。
うんうん、興味深いでしょう?
そしてそれを実行したのが、あの黒尽くめ。
あいつはあの城の全権保持者という立場を利用し、自分と同じように実装されていたメンタルヘルス・プログラムを媒介にして全プレイヤーから感情という名の心意を搾り取ったのよ。
勿論、あんな狂った世界で正の心意の基となる感情があるワケがない。集められたのは、《欲望》とも言えるドロドロの負の心意だった。ま、質はともかく量だけは絶対的だったから、あの神様はそれを袋詰めするみたいに、自分で創ったアイテムとしての、物体としての殻に詰め込んだ、というワケ。
結果は――――まあ言わなくても分かるでしょ。何せ、その結果を私達は手にしているんだから。
くす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくす。
ちょっとは君も、その饕餮の《牙》でも砥いでおくといいよ。
かわいそうに。
まだ《舌》しか出させて貰っていないのか。
くす、くすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくすくす。
まぁ、それもひっくるめてあとは決勝かな、レン君。
私の話は楽しかったかな?
あまり人に話とかは得意じゃないんだけど、どうにか、きわめて珍しく、つっかえずに終われそうかな。あぁ、良かった良かった。
くすくす、くすくすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくすくす。
これで君が少しでも愚者を卒業してくれたらとても嬉しいな。愚図を見るのは楽しいけど、ずっと見せられるのは苦痛だよ。拷問と言ってもいい。
くすくす、くすくすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくすくすくすくす。
ああ、最後にもう一度釘刺しとまではいかないけど、一応念押しに言っておこう。
くすくす、くすくすくすくすくす、くすくすくすくすくすくす、くすくすくすくすくすくす。
逃げるなよ。
なあなあで、誤魔化し誤魔化しで、目を逸らせる時間はもう終わったんだよ。
くす、くすくす、くすくすくす、くすくすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくすくすくすくすくす。
逃げるな、向き合え。
……くすくす、これじゃあやっぱり釘刺しかな?
まあいいや。それじゃあね、レン君。また明日、決勝で会おうか。
くす、くすくす、くすくすくす、くすくすくすくすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす。
――――待っているよ、私のかわいい『 』
くす、くすくす、くすくすくす、くすくすくすくす、くすくすくすくすくす、くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすく
がたがた、と。
少女のような外見の少年は、襲い来る正体不明の震えに懸命に抗っていた。
歯の根すらロクに合わさらない、電流を直接筋肉に流し込まれたかのように無茶苦茶な痙攣を繰り返す身体を両腕で締め付けるように抑えることによって、少年は辛うじて思考を保っていた。
熱病に犯されたのかと疑いたくなるほどの汗を顔中にびっしりと浮かべているくせに、芯にわだかまるのは絶対零度さえも生ぬるいと思いたくなるような圧倒的な悪寒だ。
「……なんだ」
震える唇で、震える脳で、震える心で。
絞り出した言葉は、しかし自分でも何を言いたいのか分からないものだった。その後に続く言葉さえ、思考の地震の彼方へと瞬く間に消える。
代わりのように、少年は押し殺された唸り声を上げた。
何かをしていないと、頭が破裂しそうなほどの激痛を訴えてくるのだ。
記憶という名の扉をこじ開けて、《あのプレイヤー》の言葉が脳髄を這いずり回る。
そしてそれはやがて、少年のもっとも柔らかい部位へとその手を伸ばし――――
不意に左肩を叩かれ、レンは危うく悲鳴を上げそうになった。びくり、と全身を震わせてから顔を上向けると、そこには二つに結わえられたのと、長く結わえられた柔らかいブロンドの髪が揺れていた。
「……なんて顔してんのよ」
眉をひそめてそうのたまう少女――――リラに、レンは震える頬をどうにか動かし、笑みらしきものを浮かべて見せた。
「な……んでも、ないよ」
「ま、負けたからってそんなに落ち込まなくてもいいよ?本戦には出れるんだから」
リラの脇に立つ少女、ミナの弱気ながらも心温まるフォローに再度笑みを返しながら、少年はようやく、自分が《バレット・オブ・バレッツ》の予選トーナメントをしていたということを思い出した。
瞬きし、周囲を見回すと、どうやら場所は待機場所であるドームらしい。しかし、開始時はひしめくほどにいたプレイヤー達の数はいまや数えるほどしかいないほどにまばらになっている。予選決勝が終わった者――――つまり本戦に出られる者達三十人以外の敗者は地上へと転送されるのだ。
顔を見回しても従姉の姿はないことから、まだ戦闘中なのだろうと推測できた。
ミナとリラはどうやら、レンの戦闘が終わる前にこのドームに帰ってきて、自分が岩に磔にされて延々と一方的に話をされているという戦闘とも言えないような場面を見ていたらしい。
話の内容を考えると頭をかき乱されるが、それを見ていた双子の心象のことも思うとなかなか忸怩たるものがある。
レンは、こちらをどことなく不機嫌そうに睨んでいるようなリラの顔と、それでも気遣わし気な視線を送ってくれるミナを交互に見やり、いまだにかすかに震える唇の隙間からゆるゆると力なく息を吐き出した。
すると、その動作がいかなる癇に障ったのか、リラがムッとした表情を幼さとあどけなさが混同する顔に浮かべる。
「まだ予選よ!さっきの決勝だって良い試合してたんだし、本戦だって通用するわ!……しっかりしてよね。船で戦ってたアンタをブッ飛ばすのがあたしの目標なんだから」
最後のほうがごにょごにょと尻すぼみしていってうまく聞き取れなかったが、少なくともいつもはつんけんしているこの少女には珍しく元気づけてくれているのだ、ということは充分過ぎるほどに伝わってきた。
思わず相好を崩す少年だったが、ある一点に気が付くと礼を言おうとして開きかけていた口を閉じる。
一拍。
一時間にも感ぜられる一瞬の間隙を挟み、再度強張ることになった唇をレンはこじ開けた。
「……良い…試合……?」
僅かな縋り、いや祈りにも似た少年の問いは、しかし無慈悲な方向へと転がる。
似通った顔つきの二人の少女は眉を不審げに下げながらだが、それでも笑顔で――――リラはふてぶてしく、ミナはどこか気遣わし気に。
「そうそう、凄かったわよ。残ってる奴らがほとんど棒立ちで見てたんだから」
「ま、まさかGGOで、しかもBoBで格闘戦を見られるとは思わなかった……かな?」
言った。
後書き
なべさん「あけおめー!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「本編のテンションと恐ろしく合ってないな」
なべさん「シリアスすぎるのがいけない」
レン「書いたのお前だよ!」
なべさん「2016年もいい年になるといいな~」
レン「ぶっちゃけGGO編って2016年中に終わんの?」
なべさん「それは神のみぞ知るところ…」
レン「終わらねぇ可能性あんのかよ!どんだけ引っ張ったら気が済むんだ!」
なべさん「はい、新年となりましたが改めて読者の皆々様よろしくお願いいたします!」
――To be continued――
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