黒魔術師松本沙耶香 天使篇
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18部分:第十八章
第十八章
「私小さい頃水疱瘡でもはしかでも物凄く苦しんだわよね」
「え、ええ」
そう言われてであった。我に返った亜由美であった。
それで場を取り繕ってだ。こう言うのだった。
「そうなのよ。おたふくでもね」
「随分酷かったからね」
「どうなるかと思ったのよ」
そういうことにするのだった。『魔』のことは収めた。
「ずっとね」
「そうだったの」
「ええ。だから十六まではね」
隠されている事実を隠されたままにして話を続けるのだった。
「絶対に。何があっても」
「無事になのね」
「過ごして。いいわね」
「わかったわ」
母の今の言葉は素直に受けたのであった。ボートは漕がれ続けている。母のその目に映っているのはその心以外の何者でもなかった。
「それじゃあ。本当に」
「十六になったら」
そしてその時のことも話す母だった。
「いいかしら」
「何かあるの?」
「パーティーを開きましょう」
にこりと笑って娘にこう告げた。
「パーティーをね」
「そうね。じゃあお母さんと私でね」
「ええ」
そんな母と娘の話をしていた。少なくとも忍は完全にそう思っていた。しかしであった。彼女を守護している沙耶香は違っていたのだった。
「出て来たらどうかしら」
その忍の後ろで周りを見ながらの言葉だった。その目だけで。
「そろそろね」
「わかっていたのか」
「既に」
「我等の存在に」
「気配でわかるわ」
周りの幾つかのボートが近付いて来る。そうしてそのボートから声がしてきた。
漕いでいる者、または乗っている者からだった。今度は魚や水鳥の頭をした者達が出て来て。そのうえで沙耶香に対して声をかけてきたのだ。
「その気配でね」
「ふむ。だからこその守護天使か」
「その娘を我等の手からか」
「その通りよ」
自分を取り囲んできた彼等への言葉である。
「貴方達をここで倒させてもらうわ」
「あと三日だ」
「今日を入れれば二日だ」
この言葉自体は亜由美のそれと同じであった。
「その間にこの娘の魂を手に入れ」
「あの方にだ」
「またあの方ね」
沙耶香はここでも異形の者達の言葉を捉えた。目はそのうえで彼等を見るのだった。
「あの方というのね」
「それがどうかしたのか」
「我等に言うことがあるというのか」
「貴方達にはないわ」
彼等には、とは言う。
「ただ」
「ただ。何だ」
「やはり何か言いたいのだな」
「それは何だ」
「今日を入れてあと三日よ」
沙耶香りもまたその日数を言ってみせたのだった。
「あと三日。どうするのかしら」
「どうするかだと?」
「知れたこと。今日で済むことだ」
「今日でな」
彼等はそのつもりであった。しかし沙耶香は違っていた。ここに双方の決して払うことができない確かな壁が存在し出来上がっていたのである。
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