魔法少女なゼロ!
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本編
第二話
ヴァリエール邸の門番、大貴族の使用人ということもありその給金はそれなりに高い。平民として特にコネがあったわけでもないユーゴ(32)は従来の真面目な性格で特に咎められるようなこともなく、門番として六年間勤め続けていた。彼の仕事は門番として門を守護することであったがここはかのヴァリエール邸、門を破って不法に侵入する輩などいるはずもなく、一応だが武器として槍を持っているがそれはほとんどお飾りで、実質の仕事は予めやってくることを伝えられていた客の身分確認と屋敷への取次であった。このまま平穏無事にここに勤め、妻と子供を養いながら平均よりも多い給金でたまに平民にしては少し贅沢な食事をする、そんな日常を思い描きながら彼は今日も門前に立っていた。
しかし彼にとって今日という日は厄日であった、また結果としては人生の中で上から数えたほうがいいほどの幸運な日であったが、しかして今現在はやはり彼は不幸だった。
彼が持つその槍は普段の仕事中は真っすぐに上を向いて、持ち運ぶ時などを除いてはこの六年間は決して門前で水平に持たれることはなかった。しかしそれも今日までであった、彼はその槍をしっかりと握りしめ達人とも言わないが素人ともとれない、そんなふうに構えその槍を先を門の外に向けていた。今日は来客の予定があるとは聞いていない、予定の無い来客は急ぎの要件がある者か不審な輩のどちらかである。急ぎの要件がある者であれば、まず使者がやってきてどこの者の使いで誰への取次を必要としているかを一番に伝えてくるはずである。しかし槍の先、彼の目の前にいるものは門前まで馬を走らせると、慌てている様子もなくゆっくり馬から降りて腰を痛めた老人のように「あいたたた」なんて声を出しながら腰をとんとん叩いている。
怪しい、非常に怪しい、そう判断した彼はその少女へ槍の矛先を向けた。身なりはかなりよい様子であったのでもしかしたらどこかの貴族の子女であるかもしれない、しかし不審人物にかわりはないのでここで槍を向けずになんらかの悪い事態に発展した場合は自分に責任が掛かってきてなんらかの処罰を受けてしまう恐れがあった。故に彼は門を守るためにその槍を構える。
「何者だ!」
もし相手が正式な客人であり、かつ短気な貴族であった場合も自分は無礼に槍を向けたとして処罰を受けるかもしれない、槍を向けても向けずとも何らかの罰を受けることになってしまう、それを考えると今日までの平穏な日常が積み木の城を崩すように消えていくように彼は感じていた。唯一助かるとしたら相手が賊でも短気な貴族でもなく、穏やかな、それこそ彼が使えているヴァリエール家の次女のような方であったならとそう祈ることしか彼には出来なかった。
「いたた…馬なんて久しぶりに乗ったから腰が…、っとごめんなさい名乗り遅れたわね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、門を開けて頂戴」
だがその答えは意外な事に賊でも客人でもなかった。ルイズ・フランソワーズ、その名前を彼は知っていた、自分がここで勤め始めるよりも数年程前に忽然と姿を消したヴァリエール家の三女だ。彼女が行方不明になった時は、ヴァリエール家当主、つまりルイズの父親が私設の軍隊を総動員し、さらにはトリステイン王家までも巻き込んで大騒動になった、今では落ち着いてはいるがそれでもまだ軍の一部は捜索隊として当てられている。それが急になんの前触れもなく唐突に本人が自分で帰ってきたというのだ。これはますます怪しいと彼は思ったが、万が一ということもある、何より自分はその騒動中心である三女の顔を知らない。
「暫し待たれよ」
これは流石に自分で判断することはできないと彼は考え、上司の意見を仰ぐことに決めた。一度門の内側に入り、念のため鍵を閉め庭を走り抜け屋敷に入った彼は近くにいたメイドを呼び止め執事長を呼んできてもらうように言った。執事長であれば三女の顔も見知っているし適格な判断をしてくれると考えて行動だった。
それから待つこと数分、すでに老年に差し掛かりながらも背筋は真っすぐで皺一つない燕尾服もあいまってある種の貫禄のようなものさえ感じる執事長がゆっくりとやってきた。
「どうされたのですか?」
そう問う執事長は門番から事情を聴くと目を見開いて一目散に外に向かって駆け出た。そして門の外にいる少女の姿を見ると、いつもは冷静である執事長は人が変わったように慌てて門番から引っ手繰るようにして門の鍵を受け取ると、手でゆっくり開けるのも煩わしいとばかりに体当たりするように門をこじ開けると少女の前に膝をついた。
「おう、おう、その姿は間違いなくルイズお嬢様! よくぞ、よくぞ御無事で御戻りに……私はお嬢様が消えてしまったあの日からずっと探しておりました!」
「久しぶりね爺、長い間留守にしてごめなさい」
「滅相もございません! ずいぶん立派になられたようで……」
少女に縋りつくようにして涙を流す執事長の姿は普段の様子とは全く正反対で、まるでそこらの平民の家にもいそうな歳を食ったおじいちゃんという感じだった。
「ささ、すぐにお屋敷の中へ、お父上とお母上にもこのことお伝えしなければ!」
「姉さま達は屋敷にはいないの?」
「残念ながらお二人はここにはおりませんが、すぐに使いの者を出しますのご安心ください。さ、お荷物をお持ちします」
「ごめんなさい、この荷物は皆へのお土産も入ってるから自分で持っておきたいの」
「おお、そうでございましたか! それでは一刻も早くそれをお渡ししなければ」
門番である彼はその光景を見て執事長のあまりの豹変ぶりに呆気に取られていたが、ふと自分が仕える家のご息女に槍を向けてしまったことに気が付いて顔を青くしていた。
「ああ、ちょっと待って」
執事長に連れられ屋敷に入っていくルイズだが、ふと門番の前で足を止めた。門番として槍を向けたその本人に目の前に立たれたことで処刑台に立たせれたかのような絶望感を覚えた彼だったが、ルイズの口から出た言葉は断罪の言葉では無かった。
「なんだか怯えているようだから言っておくけど、あなたは門番として当然の仕事をしたわ、それは誇りに思うことであって私があなたを処罰しようなんてことはないから安心なさい。 むしろその愚直な仕事ぶりは褒められるところ、お父様にボーナスでも出してもらえるように言っておいてあげるわ」
それだけ言うとルイズは屋敷の中へ入っていった。門番である彼にはボーナスという言葉の意味はよく分からなったが、ルイズの言い方からして悪いものではないことは分かった。
その後、ルイズの帰還に狂喜乱舞していたヴァリエール家当主から、一介の門番が貰うには破格にも程がある特別手当を貰った彼は、門番として誇りに思えといったルイズに尊敬の念を覚え、どこかで仕事だと割り切ってやっていたが、この件を契機にヴァリエール家、ひいてはルイズに生涯の忠誠を誓ったのだった。彼が鉄壁の門番と呼ばれるほどに活躍することになるのはまた別の話。
後書き
うちのルイズちゃんはかなり大人な性格です。アダルトィ的な意味じゃなくて精神的に成熟しているっていう意味で。
はっ!これはもうルイズちゃんじゃなくてルイズさんと表記すべきだろうか…
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