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魔法使いへ到る道

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3.大人同士の話って子どもには退屈なんだよ!

「へぇ、そのなのはちゃんって子は、あの翠屋さんのところの娘さんだったのか」
 枝豆をモサモサ頬張りながら俺が言った事にやや驚いたような反応をする男性。
「あそこのケーキ美味しいのよね。毎年ケンジのバースデーケーキはあそこのだけど、今までいきなり仕事が入ったりで直接行ったことは無いのよね」
 その男性に追加のおつまみを手渡し、美味しいといわれて嬉しそうにする女性。
 言うまでも無く、俺の両親である。
 俺の両親は一般人だ。
 こんな言い方だとまるで俺が異常者のように聞こえてしまうが、そこは勘弁してほしい。ほら、転生(?)とかしたんだから十分異常だろ。
 ともあれ。
 両親の勤め先が、父親自ら立ち上げた小さな輸送会社であるという点を除けば、大方普通の人であろう。少なくとも俺はそう解釈している。……なんかフラグっぽいな。
 なんでも運送にはまだ若いころ諸国を旅して回った時の現地でのコネを使っているらしい。やりかたが悪どかった。
 前世では父親は会社員、母親は専業主婦だったので、違うと言えば違うのだが、しかしそのこと以外は名前も外見も誕生日も変わらない。馴染み深い両親だった。
 運送業といっても実際に船に乗ったりなんだりしていろんな国へ物資を運ぶのは百名程度の従業員で、社長である父とその秘書という立場の母は基本国から出ない。事務仕事やら何やらを小さな事務所でこなしている。
 時折、新たな顧客との商談のために父が外国へ行くこともあるが、それも一週間以上かかることはない。母親は必ず家にいてくれたし、ちょっとした出張と思えばやはり以前と変わらない。
 以前の両親は年を経てもまだ若々しい外見を保っていたので、やっぱり違和感が無い。あるとすれば身長差か。以前は目線は同じくらいだったのに、今は見上げないと届かない。いつか絶対越してやる。
「そうだな。子ども同士が友達になったというのもなにかの縁だ。今度お店のほうに顔を出してみようか」
「そうね。丁度次の休日は仕事もないし、行ってみましょうか」
 とんとん拍子に話がまとまっていく。俺はそれに口を出すでもなく、えだまめをつまみながら両親を見ていた。
 俺の親はいい親である。前世と同じ、あるいはそれ以上に。そう感じるのは俺が年月を重ねているからかもしれない。大きくなって初めて親の有難みが分かるとよく言う。俺には主だった反抗期はなかったと自分では思っているが、どうだったのだろう。両親に迷惑をかけたのであろうか。
 ……そういえば、俺は親より先に死んだんだよな。これが一番の親不孝だったのだろう。もうそんなことはしない。絶対に、だ。
 少し感傷的になってしまった。失敗失敗。
「ということでだ、ケンジ。今度翠屋に行くことになったんだが、構わないか?」
 直前までの暗い気持ちを吹き飛ばすように顔をぶんぶんと振り、俺は父親の問いかけに元気よく頷いた。


 そして、後日。我が八代一家は翠屋の前に集結していた。
 別に気負う必要は無い。軽く挨拶に行くだけだ。特別おめかしもしていない。自然体自然体。
 尚、本日俺が翠屋を訪れることはなのはを含めた三人娘には話していない。それよりも先に今日ここにすずかとアリサがくるという情報を仕入れたので敢えて控えたのだ。有り体に言えば、ちょっとしたサプライズである。
 親父が先んじてドアのノブを掴む。カランコロン、という気持ちのいい響きのドアベルが鳴ると、入り口まで士郎さんが出迎えてくれた。
「いらしゃいませ。喫茶翠屋にようこ―――っ!」
 笑顔で迎えてくれたはずの士郎さんだったが、突然顔を険しくして少し下がった。急にどうした?
「…………」
「…下がってなさい」
 さらに。こちら側は父親が俺たちを背に隠すようにして一歩前に出、母は俺の前に手を出し前に行かないようにする。
 三人とも目が鋭い。空気がピリピリしている。シリアスに突入するのは勝手だけど俺を巻き込まないでほしい。
 どーしたもんか。この場の雰囲気を変えれるような手段はないか、と考えだした時だった。
「あー!ケンジくんだ!」
 パタパタと店の中からなのはが駆け寄ってきた。よう、と軽い感じで父親より前に出る。焦ったような表情で、今にも「なのは、危ない!」とか言い出しそうな剣幕だった士郎さんは、しかし俺を見た瞬間硬直した。なのははそんな父親の奇行が目に入らないのか、ニコニコと俺を見て笑っていた。
「どうしたのケンジくん、お店に来るなんて。昨日さそったら用事があるっていってたのに」
「ああ、アレは嘘だ」
「えぇっ!?」
 そうなのだ。
 なのはとアリサとすずかがこの店にそろう、という情報を俺に流したのは他でもない、なのは当人なのだ。
 まあその場では適当に歯医者に行くとか言って誤魔化したんだが。
「実はここにくるのはおとといから決めてたんだ。だから昨日の話はでっちあげだ」
「ひどい!なんでそんなことするの!?」
「キミの驚く表情が見たかったからだよ。お嬢さん」
「にゃー!」
 嘘を吐かれたことにか、それともそれをまったく悪びれもしない様子にか。いずれにしてもなのはは奇声を上げて激昂し、俺に殴りかかってきた。子どもにありがちな腕を回すだけのぐるぐるパンチで。
 それをすべて回避する。運動オンチのなのはの拳なら容易い。当たっても痛くないだろうが、しかし、おちょくれるまで人をおちょくるのが俺の流儀だ。
 騒ぎを聞きつけてやってきたアリサとすずかが俺の姿を見てやはり驚いた。そして真相を(というか嘘を)話すとやはり怒った。アリサなんかは同じように殴ってきた。へっぽこなのはと違いアリサの運動センスは小学生にしては中々だが、しかし所詮は子ども。俺の敵ではない。
 反復横とびですべて避けきってくれたわ。フハハハ。
 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら俺たちは店内へ歩を進める。そっと後ろを確認したところ、両親と士郎さんは二言三言言葉を交わすと、言葉少なく連れ立って歩きだした。


「どうも、八代雄飛です。はじめまして」
「妻の優衣です」
「息子の健児です。初対面の人ははじめまして。そうでない人はこんにちは」
 これが八代家の戦闘前口上である。嘘である。
 正直な今の心境としては、なんだかめんどくさい事になったなぁ、という感じである。
 なんと、喫茶翠屋の店内には経営者の高町一家の他に、アリサの父親のデビット・バニングス氏と執事兼運転手の鮫島さん。加えて、すずかの姉の月村忍さんと月村家に仕えているメイドのノエルさんとファリンさんの姉妹がいたのだ。
 道理で店の前に黒塗りの車が二台も停まっている訳である。気付けよ俺。
 周囲に説明を求め、子どもならではのどこか要領の得ない話をまとめると、以前の学校に親が呼び出された際に士郎さんとデビットさんが親しくなり、普段仕事で忙しいデビットさんがたまたま空いた休日に娘が翠屋に行くというのでそれに便乗し、さらには妹同士が友人になったことがきっかけでこれまで同じ高校に通っていたがあまり接点がなかった恭也さんと忍さんが親しくなり、やはりたまの休日に妹が出かけようとしているのでそれに引っ付いてきて、意図せずして見事に三人の家族がそろい、丁度いいから子どもたちの情報交換をしつつ親睦を深めよう、という話になった矢先に俺たち一家が訪れたらしい。
 うん。どこをどんなふうにしたらこんな偶然が起きるんだ。びっくりだよ。というか恭也さんと美由希さんも父さんと母さんを見た瞬間身構えたのはなんで?早々に子どもしかいないゾーンに逃げた俺にはそれ以上父兄さんたちの話を聞くことはできないけど、なんとかうまくやってほしい。
「大丈夫かな?父さんたち、ちゃんと仲良くできると思う?」
 思わず正面のなのはに問いかけてしまう。
「………」
 しかし、当のなのはちゃんは話しかけた途端ぷいっとそっぽを向き、一言もしゃべってくれなかった。
 思いがけないことにやや面食らい、同時になんとなくいやな予感を覚えながらも今度は斜向かいのアリサに目をやる。
 こっちははなから俺と顔を合わせる気が無いらしく、頬杖をついて窓の外をながめていた。
 最後の砦となった隣のすずかはというと、二人とは違い俺から顔を背けることは無く、むしろ「なに?」という風に首を傾げていた。いつもとおなじようにニコニコと朗らかな笑みを携えて。
 一瞬安心しかけたが、すぐに思い直した。表情が微塵も動かない。ぴくりともしない。その笑顔の下にどんな感情が有るのか俺には分かるわけが無かった。
 怯み掛けたが気を取り直し、一番態度がかわいらしかったなのはに話しかけることにした。話しかけても答えてもらえず目も合わせてもらえなかったが、俺はあきらめなかった。
「…なあ、なんで何も言ってくれないんだ?」
「ふーんだ、うそつきのケンジくんと話すことなんて、なんにも無いもん」
 ものすごく根に持っていたようです。恐らく二人も同じ意見なのだろう。
 やっぱり嘘をついたのを謝らなかったのがダメだったのだろうか。そりゃ明らかに悪いのはこっちなのにあれだけ飄々としてたら腹も立つだろう。少なくとも俺ならぶん殴っている。
 ああ、些細な嘘から人間関係が壊れていくというのは本当だったのか。
 …………ふん、いいだろう。そっちがその気なら俺にも考えというものがある。こういう時のために以前から常々考えていた一発逆転の打開策。受けてみろっ!
「ごめんなさいでしたっ!」
 はきはきとした謝罪とともに頭をテーブルにたたきつける。一回では効果が見られないようだったので、繰り返す。
 五回目ですずかが「しょうがないなあ。これからはしちゃダメだよ」と可愛らしく許してくれた。
 十回目あたりでちらちらとこちらを伺っていたなのはが俺の額が赤くなっていることに気付き「わあ、もういいよ!許す許す!」と慌てた感じで言った。
 二十回目ぐらいの時、なのはとすずかから宥められ、俺の度重なる謝罪も少しは効いたのか「…次は無いからね」とようやくアリサは俺の顔を見てくれた。
 全員からお許しを貰った俺はふう、と息を吐いた。なんとか元の関係に戻れたようである。


 子ども組がなんだかんだやっている内に保護者たちはずいぶんと仲良くなったらしく、向こうからは笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。
「どんなことを話してるのかな?」
 クリームソーダを飲む手を休め、なのはがぽつりとつぶやいた。
「きっと大人同士のむずかしい話をしてるのよ」
「わたしたちにはまだ早いんじゃないかな」
 紅茶を優雅に飲みながらアリサとすずか。と言っても砂糖たっぷりだけど。
「それじゃあ、こっそり聞きに言ってみるか?」
 ズルズルとストローを吸い、オレンジジュースを完全に空にしてから俺は言った。そろそろ黙って座ってるのにも飽きてきたのだ。
 急な提案で三人は一瞬戸惑ったが、しかしそこは好奇心旺盛な幼少期。隠しきれないワクワク感を滲ませながらうなずいた。
 唇に人差し指を押し当て静かにするようジェスチャー。そしてテーブルの下にもぐるようにハンドサインで伝える。まあ結局伝わりはしなかったけれど、俺が率先して潜り込むと意図を察して続いてくれた。
 全員が隠れたことを確認し、再度『しー』とする。三人も同じように『しー』とした。うん、可愛い。
 こそこそと、四つん這いで行動を開始する。できるだけ音を立てずに。全体的に鈍いなのはがテーブルに頭をごんとぶつけたがアリサとすずかと『しー』とやるだけ。涙目のなのははこくこくと頷いた。
 大人たちの輪まで約三メートル。気付かれないよう少しずつ少しずつ進んでいたせいで時間がかかったが、ようやく話している内容が鮮明に聞こえる距離まで来た。
 どれどれ…?

『いやぁ。ケンジくんはもう夜中に一人でトイレに行けるんですか。しっかりしてますね。ウチのなのはは全然ダメで、いつも私か桃子を起こして行くんですよ』
『ウチのすずかは恥ずかしいのか、姉の私でなくファリンかノエルについて行って貰うんですよ。しかも私には言わないように口止めまでして』
『ウチのアリサなんかはどうも意地っ張りでしてね。暗いところが怖いのに誰かに付き添ってもらうなんてみっともないからとトイレを我慢して、結局おねしょをしてしまうんですよ』

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」
 なんとまあベストタイミングでいい話題をしているんだ。
 赤面して悲鳴を上げた彼女たちはそれぞれの保護者の下へ走っていって文句を言っている。そして生暖かい笑みを浮かべた大人がそれを軽く受け流す。子どもは親には勝てないのさ。
 今の話の流れから察するに、子どもの普段の生活について情報を交換していたらしい。俺は普段からそれなりにしっかりしていたから面白おかしく話題にされることは無かっただろう。ネタにされなくて本当によかった。


『…………………』
「―――――」
 重々しい沈黙がこの卓上に展開している。
 思わぬところから自らの恥部が曝け出された少女たちはすっかり意気消沈している。なのははわざわざ靴を脱いでまでソファの上でひざを抱え顔を埋め、すずかは両手で顔を覆い、アリサはテーブルに突っ伏している。
 仕方の無いことなのかな、と思いつつおかわりしたジュースを啜る。
「…違うのよ」
 と、ここで。恐らくは一番ダメージが大きかったであろうアリサが呟いた。
「別に暗いのが怖いんじゃなくて、あの日はたまたま寝る前に心霊番組を見ちゃって、ふだんなら気にならないカーテンの隙間とかクローゼットがやけに気になって、ベッドから出るに出れなくて……」
 なにやら必死で弁解しようとしているのだが、しかし何一つ事態はいい方向へ向かってはいない。むしろ墓穴を量産している。もういい。もういいだろッ!
「……まあ、なんていうか」
 アリサの独白のお陰でさらに空気が重くなった気がして、それをなんとか払拭しようと頑張った結果、
「寝る前には…ちゃんとトイレに行こうな」
 こんなことしか言えなかった。
 直後に、赤面したアリサ、同じように赤面したなのはとすずか、三人から同時に糾弾されてしまった。その反応から察するに、おそらく二人もやってしまったことがあるのだろう。
 この場合、悪いのは気の聞いた発言ができなかった俺なのか、余計な火種をまいた大人たちなのか、はたまた年齢に不釣合いな羞恥心を持ち合わせていた彼女らなのかは…俺にはさっぱりだった。
 だってまだ俺(戸籍上は)7歳なんだも~ん。
 
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