| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

珠瀬鎮守府

作者:高村
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

響ノ章
  警備隊

 
前書き
時を同じくして珠瀬鎮守府内、敵潜水艦から攻撃を受けた響が何とか自力で帰投する。彼女が目にしたのは地上員と深海棲鬼との地上戦だった。
 

 
 体は海中へと沈み行く。海水とは違う何かが体を包む感覚。それを確かに、肌で感じた。そう、感じられた。
 笑みを浮かべる。笑う。感じられるならば生きている。その全身が今生きている。私は水面へと向かい泳いだ。仄暗い海水の中、水面は薄ら輝いていた。
 海面へと出ても、濃紺の世界に変わりはなかった。ただ、天上には月が出ていた。これのお陰で、海面を見据えたままいられたのだろう。衣服は海水を吸って酷く重く、発動機の類は一切の反応を私に返さない。私は武装の類を外して海面に漂った。遠く砲撃音が聞こえる。鎮守府正面海域の戦闘は未だ継続されているようだ。最上の言通り、鎮守府内にも被害は出てしまっている事だろう。
 私は、無力だった。


 潜水艦からの追撃は無く、私は遊泳にて鎮守府を目指す。武装の類は無いので接岸する必要もないので大回りし、護岸されていない少し離れた位置に上陸した。
 そのまま、浜で大の字になって空を仰ぐ。一条、否、一切の雲さえない今日、満月とまでは行かずとも大きな月は見ものだった。現実逃避、そんなことはわかっている。だが、足は動いてはくれない。
 木曾は死んだに違いない。そうして鎮守府内には被害が出ている。死者も出ていることだろう……そうならないために、私達が居るにも関わらず。
 砂浜を拳で叩く。何が艦娘だ。
「つ……ああ!」
 疲労と鈍痛のせいで倦怠感が纏わりつく体を何とかして立ち上がらせる。泳ぐために今や下着となっていたが羞恥の類を感じる暇はない。装備を、武器を得なければならない。まだ、皆戦っている。


 鎮守府内につくまで人に会うことなかった。鎮守府は破棄されたのかと思った矢先、それに気づいた。
「嘘……」
 思わず驚きが口をついて出た。提督が使うはずの戦闘指揮所は一階が大きく破損していた。湾内に既に深海棲鬼が侵入し、攻撃を加えたのか。
 私は崩れかけた建物の中に飛び込んだ。廊下を駆けて、戦闘指揮所の扉を開ける。中は……瓦礫に覆われていた。そうしてその中に、こちらに背を向けて佇む人が、一人。
「鳳翔さん」
 ゆっくりと彼女はこちらを振り返った。服や髪は粉塵で汚れ、その手はぼろぼろだった。ただ、顔は暗くない。
「響ちゃん、どうしたのその格好」
「発動機をやられました。体は無傷だったので武装を全て捨て浜まで泳いで帰投しました。鳳翔さん、これは……」
「見ての通り、深海棲鬼の攻撃を食らったのね。恐らく戦艦の主砲を……けど、この部屋に死体はないわ。壁に僅かな血痕があるだけ、それも手についたものがこびり付いたものよ。ここは破棄されたのね」
「そうですか……私は装備を換装して再出撃します」
「止める権利は私にないわ。ただ、その格好で走り回るのは止めておきなさい」
 そう言って鳳翔さんはその上の服を私に渡した。彼女はさらし姿となる。
「立場を変えただけじゃないですか」
「響ちゃん、これならなんとか下も隠せるでしょ?」
 そう言いながら、鳳翔さんは半ば強引に服を着せた。
「服の変えは?」
「私の私室に」
「では、行きましょう。私もすぐに響ちゃんの部屋に行くから少し待っててね」
 そう言って鳳翔さんは指揮所の前で私と別れた。


 私室へ向かう途中、遠くに聞こえていた爆発音は、少しずつこちらへ近づいてきていた。そうして寮につく間際、私はある男たちに出会う。鳳翔さんから服を借りていて、本当に良かった。
「響殿、何故此処に!」
 そう言ったのは、警備隊の人だった。彼は私を見つけてしまったことに酷く動揺していた。
「どうしたの?」
「我々は湾内に侵入した敵艦隊の囮役です。今現在重巡洋艦に追われています。 おい、誘導位置を変えろ! 此処に響殿が居るぞ!」
 言う間も、時折近くで爆発音が響いた。
「私はこれから再武装し出撃する。援護できる?」
「不可能です。湾内には既に敵艦隊が侵入しています。出撃すれば忽ち蜂の巣、出撃より前に殺されるかもしれません。撤退を。後は我々が戦います」
「何を……私は艦娘です。戦っている人を尻目に尻尾を巻いて逃げれますか。貴方方こそ逃げてください」
「何を言いますか。我々は人間です。貴方の、貴方達の為に戦わずして何が……何が男か! 何が警備隊か!」
 応と、彼の言葉を聞いていただろう数人が答えた。これは、彼らの心の叫び、なのだろうか。
「響殿を止める権限は私にありません。ですから共に行きます。微力ながら助太刀しましょう。では、その為に……私は行くぞ」
 突然に、彼は手を上げた。そうしてそれに呼応するように、他の数人が手を上げた。
「十分だ。各自着剣!」
 着剣と復唱して、彼とその数人は持っていた銃、恐らく九九式に銃剣を付けた。
「何のつもりですか」
「既に上陸した重巡洋艦を叩きます。何、今や奴は湾内の戦艦からは死角です。撃破は難しくありません」
 では、何故着剣したのか。それはきっと、もう残弾が残り少ないながらも、今、絶対に倒さなくてはならない理由が出来たからではないのか。そんな危険を侵さなければならないと思ったからではないのか。
 では、何故そう思ったのか。そうさせたのは誰なのか。
「やめてください!」
 私の叫びは聞き入れることはなく、彼は仲間に号令をかけていく。
「ここに残る者は響殿の護衛だ。一つのかすり傷もつけるなよ」
「了解」
 仲間の返答を受け取ると、彼は携帯無線機に声を投げる。
「甲班、首尾は」
「敵重巡洋艦、十分に引き寄せています。位置は赤煉瓦の裏手」
「只今よりこちらの人員を使い撃滅を図る。接近戦になるため銃撃は避けるように」
「了解」
 彼は無線機を置くと、仲間を連れ立って駆けていった。

                 ◇

 提督室の扉を開ける。照明の落とされた室内は暗かったが、何とか窓から入る月明かりのお陰で探しものは見つけられた。大きくて分厚い、写真帖(アルバム)のようなものだ。これは、もし有事の際に提督から持ち出すように言われていたものである。そうして可能ならば彼の従兄弟に渡すようにとも。中身は見ないように言われている。そうして、事故でも見ることがないようにか、それは紐によって結ばれていた。
 私はそれをかかえて響ちゃんの元へ向かおうとした時に、壁にかかっている提督の上着を見つけた。響ちゃんに上衣を渡してしまったので上はさらし姿だ。私は心のなかで一言提督に謝ってから、その上着を着て提督室を後にした。
 廊下を駆け、階段を駆け下りる。そうして室外へ出た時、それは視界内に入った。深海棲鬼の重巡洋艦。よもや、上陸しているとは。
 驚き後ずさった足音に気づいたか、重巡洋艦はこちらを向いた。
「あっ……」
 僅かに声が漏れる。彼我は五間もない。静かに、私と重巡洋艦は対峙した。向こうは重武装。其れに比べて、こちらにあるのは写真帖のみ。ゆっくりと、重巡洋艦は主砲を持ち上げて此方へ向けた。酷く現実感が欠落していているこの状況に、私は判断が一瞬遅れた。
 踵を返すが、間に合わない。そう思った矢先に側から走りだした誰かの足音を聞いた。
 砲撃音。砲弾は、私には当たらず側の地面に落ちた。それと同時に、後手で何かが倒れる音を聞いた。振り返れば、警備隊の者が重巡洋艦を押し倒していた。そうしてそれに続くように、物陰から殺到する数人の影。手には、銃。
 最初に押し倒した人を弾き飛ばし、立ち上がろうとする重巡洋艦に、影は近づき容赦なくその銃を突き刺しにかかる。
「ギアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 叫ぶ重巡洋艦。幾人かの銃を払い、装甲で防いだものの何人かの銃はその体を刺していた。刺していた? よく見れば、その中の先には銃剣がついていた。警備隊は、元より近接戦闘をするつもりだったのか。
 負傷を負いつつも立ち上がろうとする重巡洋艦を、銃を捨てた何人かが押し付ける。それでも重巡洋艦は止まらずに立ち上がりかける。そうすると残る影は銃を捨て重巡洋艦に体当たりし彼らもまた抑えつける。
 拮抗状態となりかけたが、初めに弾き飛ばされた人が起き上がり、捨てられた一丁を手に、押さえつけられた重巡洋艦の元へと向かった。
 そうして、重巡洋艦を見た彼は、顔を歪ませた。私の目から見ても、その理由は明らかだった。重巡洋艦の銃剣がささったままの腹部の損傷が激しい。仮に、今から治療行為を行おうとも、本格的な医療担当員が居なければ死ぬしか無い。重巡洋艦も叫ぶのをやめたのはそのせいだ。彼は刺さったままの銃剣を抜いて捨てる。
「重巡洋艦よ。せめてもの介錯だ。暴れるな」
 重巡洋艦は暴れることを止めない。けど、その抵抗も今となれば随分と落ち着いてきていた。もう、何人もで抑えつけるほどでもない。
「死ニタクナイ」
 そう、重巡洋艦は確かに言った。その言葉を言うのも痛みで本当に辛いだろうに。現に顔はぐちゃぐちゃに歪んでいた。
 銃剣を銃から外して手に構えた彼が重巡洋艦の前にしゃがみこんだ時に、重巡洋艦は体を大きく揺らした。
「死んでくれ。せめてでも、楽に」
 彼がいうと、重巡洋艦は目を閉じた。そうして彼は剣を---。
 
 

 
後書き
響編はまだ書き終わっていませんが、一話だけ投稿。書き終わってからやれと言われるかもしれませんが上げないといつまでたっても終わらない気がするので(上げたからと言ってやるとは限りませんが)
お気付きの通り、戦闘していた各艦隊の旗艦目線であの戦闘を書かれてはいませんし、恐らく今後も書きません。

残酷な表現はかなり抑えたつもりですが気分を悪くしたらすいません。また、木曾編の鳳翔の過去編と同じように、負傷、もしくは死亡する艦娘も書く予定です(既に書いている分で重傷者もいます) 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧