ロザリオとバンパイア〜Another story〜
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第37話 初めての……
気がつくと夜明け、空が朱く染まる。どうやら、東の空には朝日が上りつつある様だ。
御伽の国との一戦も、無事に終わった。勝利ムード満天だといったところだろう。美しく山々を照らしてくれているのだから。
『あ…… 夜が明けちゃってるな…。そんなに時間がかかってたんだ……』
ジャックは、この朝日の空を眺めながら、そう呟いていた。それなりに戦闘時間も続いていた様だ。それだけの相手だったと言う事。……相手は自爆したんだけれど。
「ッ…………」
そのジャックの隣には、少女が。……燦がいた。
あの後、何かを話したわけじゃないが、ピッタリとくっついてきていたのだ。
『………ん、 とりあえず、旅館の方に戻るか』
ジャックは、朝日を浴びながら、ぐっ、と背伸びをし、そして、燦の方を向いた。
『……燦ちゃんも一緒に来るかい? ああ、もちろん、嫌じゃなければだけど……さ?』
この場所は本当に何もないし、山の奥だ。この燦の力なら、大丈夫……とは思うが、見た目、そして歳を考えたら、1人置いていく、とは考えたくないし、したくなかった。それは勿論、同意が必要だが。
ジャックは、屈みながら燦に話しかけた。安心するように、目線を合わせて、微笑みながら。
「あ…ッ……ッ…………」
しかし、燦はジェスチャーをして必死に伝えようとするのだが、決して言葉で話そうとはしなかった。
そんな燦の姿を見て、ジャックはあることを思い出していた。そう、この子の生い立ちを。
(そうか、そうだったな……。 確かこの子は、妖力が強すぎて親に捨てられた事がトラウマで、妖力を、セイレーンの妖力の源である声を出すのをやめたんだったな……。ん? あと、確か極度の照れ屋だったっけかな?)
この場所に居る筈の無い燦だから、僅かに、ズレはあるものの、大筋間違えてはいないだろう。……男たちの会話の中にもあったことだ。そう、売買と言う言葉に。
『……っと、そうだ。 ちょっと待ってね』
そう言うとジャックは何かを思いついたのか、懐から、少し大きめのメモ帳とボールペンを取り出した。
「……!!」
意図を感じたのか、驚いた表情でジャックを見つめた。話さないことに…… 不快感を与えたのかな…と思っていたから。
『君は、燦は、悲しいことがあったんだろう? 《声》を出すことにさ。……なら、無理する必要は無いさ。相手に意思を伝える方法は何も声だけじゃないしな』
そう言い取り出したメモ帳とボールペンを差し出し、そして笑顔で話しかけた。
『はい! とりあえず筆談から始めよう。それで、慣れてきたら……、また君の声を……、もう一度聞かせてほしいかな? ほんとに、綺麗な歌声だったからさ』
ジャックは、燦の歌を思い出しながら、笑顔でそういった。確かに相手側からすれば、たまったものじゃないだろう。聞こえている範囲全てが攻撃範囲だからだ。それに耳では聞き取れない高音を使う、とも記憶しているから、見えない攻撃に、聞こえない歌。
うん、怖がったとしても不思議じゃないだろう。だけど、ジャックは、不快感が拭えない。涙を流している少女を捨てる親がいると言う事に。
そして、その言葉を訊いた燦は目に涙を溜めながら、受け取ったボールペンを走らせた。
<どうも…ありがとうございます……>
そのメモ帳を見せた。メモ帳といってもそれなりに大きく、燦の顔半分くらいはある。そのメモ帳で顔を…赤くなっている顔を隠している姿は、なんとも微笑ましいものだった。
『……あははは どういたしまして。さあ 君はこれからどうする? ここにいても、危ないし……暫く俺と来るかい?』
とりあえず、燦の意思には尊重する。まだまだ、子供とは言っても女の子だ。男と一緒に行動…はちょっと、抵抗があるのかもしれないから。
何より、さっきの男達の事を考えたら、男性不信になっても不思議じゃないから。
だが、そんなジャックの心配をよそに燦は。
<はい…! 私には…もう…頼りがありません。すみませんが……どうかよろしくお願いします>
燦は、即断した。話し終える前から、ペンを走らせていたから。抵抗がある、とか 嫌な感じがする、とかは 全く考えていないようだった。
ただ、迷惑にはなりたくない。 その1つだったようだ。
『……よし判った。迷惑なんて感じるわけ無いだろう? オレは君の味方だよ。不快じゃなければ 頼ってくれていいさ』
そう言って笑う。
「ッ!!!」
燦は……、次に驚いた表情をした。そして、それと同時に目から一筋の涙が零れ落ちる。
「ッ…ッう……ううッ……」
声は必死に殺しているが、涙が出る事は止められず、限りなく声を押し殺しつつ、泣き出した。
なぜ、涙を流しているのか。
彼女の事を知っている、と言う以前に 心を読むことのできるジャックにはすぐに判った。
《今まで生きてきて…こんなに自分のことを思ってくれているひと……、味方だって 言ってくれたひとは……1人もいなかった。 親に見捨てられたときは… 必死に戻ってきてくれるようにいつまでも願ったが……。家に帰ってきてくれなかった……。それどころか……売られたんだ……。……物心ついた時もずっと…1人ぼっちだ……そう思っていた… でも……でも……このひとは… 会ったばかりだって言うのに……助けてくれて……やさしくしてくれて…… 私が……初めて……》
ジャックは……もう見ていられなかった。泣き続ける燦を見て、心の中で泣き叫んでいる彼女を見て。だから……、思わず。その小さな身体を ぎゅっ と抱きしめた。
『……よく 今まで本当に頑張ったな……。もう大丈夫だから…。もう、君は1人じゃない』
抱きしめ、背中を何度も摩る。
「う…あ……ああッ………うあああああああああ…………」
燦は、堪えきれなくなり、声を出しながら泣き続けた。それは、今までずっと溜まっていたようだったからか。 決して流れ出る涙が枯れることは無かった。
『……落ち着いた、かい?』
ジャックは…暫く抱きしめていたが… 震えが止まりつつあった為、抱きしめた体を離して、顔を見た。まだ…僅かだが涙は出ていて、顔を赤らめてはいるが。
<ご、ごめんなさい。取り乱したりしちゃって……>
そう筆談。声はやっぱり出す事はまだ出来ない様だ。恥ずかしい、と言う事もあるのだろうか。
『ははは。いいさ。そう言うときだって必要だと思うよ。』
ジャックは笑いながらそう言う。
<は…はい!>
その次にはもう燦は、笑顔になっていた。目元を拭い完全に涙は出ていなくなっていた。
<あ…あの、私は 音無 燦っていいます。あなたは…?>
燦の言葉を見て、改めてジャックは思う。そういえば、自己紹介してなかった、と言う事を。
『……ああ、そうだった。ごめんごめん、言ってなかったね。オレは、ジャック。ジャック・ブロウだよ。宜しく』
<ジャック……さん。ですね。よろしくお願いします!>
燦は笑顔でそう見せてくれた。
『こちらこそ。じゃあ 早速旅館に戻ろうか。今日は疲れただろう? っていっても時間的には昨日だけど』
そう苦笑いしながら、手を差し出した。
「あ…………」
燦は一瞬声を上げたが、その後その手をただ…じっと見つめた。
『……ん? ああ…そっか。いきなり繋ぐのは抵抗があるかな?』
ちょっと無神経だったかな?とジャックは思いながら苦笑した。幾ら子供、とは言え女の子なのだから。
「ッ!!」
ふるふるふる! と首を必死に左右に振って否定する。
<そんなことありません! 唯…誰かと手を繋いで歩くのって初めてで………>
メモ帳を見せるその顔は、やはりどことなく寂しそうだ。
(…そんな顔もう見たくないな)
先ほどの笑顔を思えば、寂しそうな顔はあまりみたくないし、させたくないと思うジャック。だから、笑顔で。
『そっか、じゃあこんな俺で良ければよろしく』
そう言って再び手を差し出した。すると。
<は はい!>
燦は、今度は迷い無く、その手を取った。その顔は幸せそうな笑顔だった。
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