ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
現れた悪意
まず光があった。
重い目蓋をこじ開け、奇妙な意識の剥離感に頭を悩ませながら、レンは目を覚ました。
―――こ、こは……。
転移の時に感じる、軽い眩暈のようなものではない。頭蓋骨を開けて直接脳髄を掻き回されたような激しい頭痛と嘔吐感を堪えながら、少年は辺りを見回した。
周囲は、地平線まで広がる荒れ果てた荒野だった。丈の低い細草が洞に響くように悲しげな音を立てる風にさわさわと揺れ、ところどころから突き出した高さ二メートルほどの岩塊が天を染める毒々しい黄色と赤の中間ぐらいの色を鈍く反射していた。
空一面を覆うどんよりとした曇り空を鈍く痛む頭と眼でぼんやりと眺めていたレンは、そこでようやく自分の身体が自由に動かせないことに気づいた。いや正確には、身体本体は身じろぎくらいできるのだが、手足だけが言うことを聞いてくれない。
首を巡らせると、すぐさま納得することになる。
現在レンは、一定間隔を開けてランダムに地面から生えている大岩に身体を固定されているのだ。それも、ロープなどという心温まる手段ではなく、四肢の先端を針で串刺しにするという方法で。
そこまでを視認した時、灼熱のような痛覚の本流が頭に雪崩れ込んできて、あやうくレンは舌を噛みかけた。必死に噛みしめた歯の間からくぐもった悲鳴が漏れる。
なぜだ、というのが喘ぎながら思った思考だった。
確か自分は、準決勝が終わり、待機空間を経て転移させられたはずである。ということは必然的にここは決勝のステージということになるが、それにしては開始早々岩に張り付けになるというのはどういうことだ。
なにより――――
「――――――――ッッッァアアあああああああぁぁァァッッ!!!」
ヴシュッ!という柔らかいものが引き千切れるような音とともに、少年は鋭利な針が突き刺さったままの両手を岩から引き抜いた。その軌跡を追うように鮮やかな紅が宙空に輝線を引く。
この痛み。
ことここに至って、ようやく少年の脳は正常に現状の異常性を再認識した。
仮想空間での《痛み》というものは、常に制限されているものである。それはなぜかというと、痛覚を現実とほぼ同レベルにすると、仮想から現実へと帰還した時にその痛みが引き継がれてしまう可能性があるからだ。
だが、今レンが感じている痛みは、まぎれもなく現実とほぼ同じ。
こんなことをしでかす方法はただ一つ。
そこまでを少年が胸中で叫んだ直後、ゴバッ!!という大気が引き裂かれる恐るべき音が間近で炸裂した。
音が死んだ。
景色が引き伸ばされるような感覚とともに一切の音が消え、数瞬の遅れを経て身体がバラバラになりそうなほどの衝撃が襲った。
「ごッォ……がああアアァアァァァァァアアッッッ!!!?」
受け身を取るような余裕は与えられなかった。
草が生えるような地質とはいえ、システム的に破壊不可能に設定されている地形に背中から叩きつけられ、身体中から空気が引きずり出される。
込み上げた吐き気に抗わないでいると、予想外にも赤い色の塊が噴き出した。
「久し振りだね、レン君。……あれ?これを言うのは二度目だっけ」
のたうち回るレンに対し、得体のしれないナニカを内包した声がかけられた。
妙にくぐもっていて、とっさに男か女なのか分かりにくい中性的な響きだが、どこか陰々として鬱々としたものが感じられる不思議な声。
しかしその声は、少年の動きを全停止するほどの力を持っていた。
「――――フェイ、ばる……」
ゆらり、と。
視界を遮るものはあちこちから突き刺さったように生えている岩塊だけだというのに、まるでコマ落ちしたかのように一瞬にして現れたプレイヤーがいた。
黄色。
毒々しい黄。
それが視界に入った全てだった。
道化師の笑いを張り付けるプレイヤーは、仮面の奥で毒々しい花のような嗤いを放った。
要注意ギルド【尾を噛む蛇】リーダー、《背中刺す刃》フェイバル。かつて、あの鋼鉄の魔城で忌まわしいとされてきた三大ギルドの一角。その頂点に立っていた者。
「何で……ここに――――」
「いちゃ悪いかな?それとも私はそんなに君に嫌われるようなことをしたの?」
ぬかせ、と口の端を拭いながらゆっくりとレンは身体を起こした。
体の芯からごっそりと体力や集中力といったものが失われたのを自覚しながら、それでも少年はギシギシなる関節を真っ直ぐに伸ばす。
「お前の行動はいつもおかしい。まったく金なんて興味ないクセに金に執着する人の集団を作ったり、勝てないと分かっている卿をわざと煽って怒らせたり……」
「くすくす。私が何か意味のある行動をしている……?それこそおかしなことを言うね。私はいつも、何も考えてなどいないよ」
嗤いを噛み殺すような、独特の静かな嗤い声が鳴り響く。
それに対して少年は僅かに黙った後、彼にしては極めて珍しい獰猛な笑みを返した。
「……嘘ばっかりだ」
「うん?」
「お前の言葉は、行動は、いつも嘘だらけだって言ったんだよ。ピエロはピエロらしく、観客を楽しませてりゃいいのにさ」
返答はなかった。
常時嗤いを浮かべているようなこの黄色マントにしては不気味すぎる静寂に気圧され、レンは思わず口をつぐむ、
やがて、妙な音がピエロの仮面の下から聞こえてくるようになった。初めは何かがこすれ合わさるようなものだったそれは、やがて――――
「嗚咽…………?」
そう呟いたのも束の間。
「……っく……っく、うっく…っく、くっけ、っけけっけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」
ぞっ、と。
悪寒、などという言葉では生易しいほどの戦慄が背筋を中心に蠢いた。
これまでの、感情を殺した気味の悪い薄ら嗤いとは一線を画す、明確な《ナニカ》が押し込まれた声が爆発する。
「……っく、けけ。くくッ、れ、レン君。観客って何だい?私が何かをしたところで、笑ってくれる人なんて誰もいないと思うけど」
ひとしきり嗤い転げた後、涙すら浮かべながらフェイバルはぽつりと呟いた。
「ねぇ、レン君。日本での道化師という言葉には二つの読みがある。知ってるかな?」
「……?ピエロ、だけじゃないの?」
クラウンさ、と簡潔に答えは述べられた。
「だが、正確に言えばこの二つは似て非なる違うものなんだよ。一般的に『人を笑わせる』という道化師の本質を体現した行為を職業にする者達全般を道化師と呼ばれ、その中でも一部の者だけがピエロと呼ばれるのさ」
「へぇ、それは知らなかった。ちなみにその一部の人達の条件って?」
「……聞いたことくらいあるだろう?『ピエロは顔で笑って、心で泣く』って言葉。愚者と違って、涙を流しながらでも道化を演じる者こそが本物なんだよ」
だから、という声が真後ろから聞こえた時には、すでに風を切るような音が響いていた。
一瞬で背後に回られた、どころの話ではない。
少年の上半身と下半身を両断する軌道で薙がれた脚撃は、すでに振るわれている。
「――――――――ッッ!!?」
いちいち振り返るだけの余裕すらない。レンはそのまま真下に膝を落とし、辛うじてその一撃を回避する。
いや、したように見えた。
薙ぎ払われた左足のの踵に僅かに引っかけた長い後ろ髪が引っ張られ、頭皮を丸ごと引き裂くような激痛とともに少年の体が浮く。
気持ちの悪い浮遊感は一瞬。
ベゴォオギッッ!!というとんでもない轟音ともに突き出した岩塊の一つに叩きつけられる。
腹からくぐもった音を口を介して吐き出しながら、レンはマズい、と思った。
気を付けてはいた。眼前の存在が何をもってして《六王》から要注意と言わしめたのか、それを理解しているつもりだった。
だが、何も解かっていなかった。分かっていても、気付いていても、それでも引き込まれる話術。そして、それで相手の気が緩んだところを的確に狙い撃つ戦闘技術も、レンより遥か上。体恤を使われたのも、本来の得物である針を使う価値さえない、という余裕だろうか。
実際、それは正しい。速さだけで言えばあの魔城随一であるレンの反応速度でもまったく捉えることのできなかった先の一撃はマズいという言葉ですら過小評価だろう。
えずくように咳き込む少年に対し、フェイバルは悠然と立ったままだった。まるで話の途中で少し腰を折られた程度の認識であるかのように、こほんと空咳を一つして口を開いた。
「私はピエロで結構。どうぞなんなりと呼ぶといい」
でもね、と一拍おいてピエロの仮面は言う。
「へらへら笑っているだけの愚者にはなりたくないってことよ」
ゴバッ!!という轟音が間近で破裂した。
岩塊に半ばめり込むように静止しているレンに向かって、霞むような速度で投げつけられた鋭利な針が的確に四肢を爆砕した音だった。
そう、貫通ではない。爆砕だ。
長さで言えば三十センチくらいの、針治療にしては少々デカい程度の針。材質は何かは分からないが、決して破壊力は生み出さないはずだ。
理屈の上では。
だが、レンのアバターの四肢から発信される全信号がそれぞれの関節部で発生する圧倒的な痛覚以外全途絶する。
もはや叫び声を上げることすらできない。視界さえ少しだけ薄赤く染まって来たのを幻視した。
少しだけお話をしよう、と。
男にも女にも聞こえない、しかし蜜のように溢れていることを隠さない悪意に塗れた声が脳髄を這いまわる。
語ろうよ。
語り合おうよ。
語り明かそうよ。
「そもそもの、君の根源的なトコについて」
絶望が、君臨する。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「お久しぶりですフェイバルさん」
なべさん「ホントに久しぶりだねー。SAO編以来かな」
レン「本編登場はそうだけど、外伝でもちょこっとだけ出てなかった?」
なべさん「あーそっか、あそこ以来か。この物語を通しての重要な悪役だね」
レン「これもALOの時と同じように、俺と一緒に来い!的な展開にならんだろーな」
なべさん「心配はありません!この作者、王道も嫌いなれば、二番煎じも嫌いゆえ!」
レン「その割には主人公覚醒多いな」
なべさん「………………(´・ω・`)」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued――
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