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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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8部分:第八章


第八章

「お邪魔してきていますよ」
「気が早いわね」
 二人は中央郵便局の前を見ていた。そこには紫の蝶達がいて闇夜の中に待っていた。
「蝶、ね」
「はい」
 沙耶香と速水はその蝶を見ながら言い合う。言い合いながら蝶と向かい合う。
「夜の世界に珍しいですね」
「美しくはあるわ。けれど」
 沙耶香はここで言う。
「それはあってはならない美しさね。夜の世界には」
「はい。それでは」
「さあ、何をしてくれるのかしら」
 蝶達は何時しか二人の周りを漂っていた。蝶達を見回して二人は構えていた。
「この蝶達で。見えているわよ」
 誰かに声をかけた。
「いるのでしょう?この妖気」
「貴女ですね」
 速水も言う。二人は全く同じものを見ていたのだ。
 白衣の女が姿を現わした。白いスーツにズボン、そして天使の羽根の如き薄いコートを着た女だった。中性的な顔をして黒い目に黒い髪、それはアジア系のものだった。同じくアジア系の、それも白めの肌をしており長い髪を後ろで束ねていた。一見すると医者の様な姿をしている。しかし彼女は医者ではない。その目は邪悪さと冷酷さ、その双方を渇望し楽しむ光を湛えておりその光で二人を見ていた。彼女は二人を見て言ってきた。
「わかったのね」
「まさかこんなところで出会うとはね」
「因果なものです」
「何故出会ったのは聞かないのかしら」
 その白衣の女高田依子は二人に笑みを浮かべながら言ってきた。両手はコートのポケットに入れ口元には邪悪な笑みを浮かべていた。
「私としては聞いて欲しいのだけれど」
「じゃあ聞くわ」
 沙耶香がそれに応えた。
「不本意だけれどね」
「冷たいのね」
「そうね。そういう因果だから」
 依子にそう言葉を返す。
「それはわかっていると思うけれど」
「そうね。じゃあ言うわ」
「ええ」
 依子が答えてきた。
「どうしてここにいるのかしら。これでいいのね」
「ええ。それはね」
「それは」
 沙耶香だけでなく速水も彼女の言葉に注視する。三人の間に緊張が走る。
「全ては魔力を集める為」
「魔力を」
「そうなの。美しい乙女の身体からね」
「相変わらずね」
 沙耶香はその言葉を聞いて述べた。
「やっていることは」
「そうかしら」
「ええ。どちらにしろ女の子が好きなのね」
「それは否定しないわ」
 口元に笑みを浮かべて答える。
「貴女と同じでね」
「私はね。それだけではないわ」
 依子のその言葉にすっと笑って答える。
「男の子もね。好きよ」
「貴女も。相変わらずみたいね」
 依子は沙耶香のその言葉を聞いて彼女に声を返す。
「昨日も。一人抱いたわね」
「美味しかったわ」
 それを隠しはしない。昨夜の智子の香りはあえて身体に残していた。その香りを楽しみながらマドリードの朝を迎えたからだ。
「熟れた果実というのはいいものよ」
「青い果実だけじゃないのね」
「青い果実もまた。素敵よ」
「困った方ですね」
 速水は沙耶香のその言葉を聞いて述べる。
「相変わらず。どれだけの女性を愛されているのか」
「身体だけでなく心までも味わい尽くす」
 沙耶香は妖艶な笑みの中で言う。
「それが私なのだから」
「それはね。間違っているわ」
 しかし依子はそれを否定してきた。
「私は。女性からあらゆるものを吸い取る」
 そう沙耶香に対して述べる。
「それが私のやり方。このマドリードでも」
「そうなの。けれど私達に会ったのが運の尽きよ」
 すっと闇の中を滑るようにして言ってきた。そのまま前に出る。

 
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