黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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6部分:第六章
第六章
「ええ。けれど」
「だからよいのではないのですか?」
ここで智子にまた問う。
「御主人を裏切っているからこそ」
「わかっているのね」
「勿論です」
また笑いながら述べる。
「罪を犯す。その楽しみこそが」
「貴女が私に教えた快楽」
「一度知れば離れることはできない」
十字架は消えた。そのかわりに青い三日月が現われた。沙耶香はそれを見てまた笑う。
「それが女と女の悦びなのです」
「同時に裏切る悦び」
「今夜は最後まで二人です」
青い月を見ながら笑う。
「宜しいですね」
「ええ。二人で」
智子は椅子からゆっくりと立ち上がった。そして沙耶香のところへやって来る。
「今度は私も楽しませて」
「先程のでは不満ですか?」
「不満ではないわ」
淫らな笑みを浮かべて言う。
「満足はしているわ。けれど」
「より楽しみたいのですね?」
「ええ。さあ」
「悪い奥様ですこと」
「そうさせたのは貴女よ」
また沙耶香に言う。
「だから」
青い月の下で二人はまた濃厚な交わりに入った。それが終わった時には朝になっていた。
沙耶香は朝になると服を着て智子の下を後にする。道に出るとそこに速水がやって来た。
「おはようございます」
「待っていてくれたのかしら」
「いえ。今来たところです」
速水は優雅に笑ってそれに答える。
「今しがた」
「そう。いいタイミングね」
「そうですね。それでは」
笑ったまま沙耶香に声をかける。
「行きますか」
「夜では見えないものが朝には見える」
「また逆もありますが」
「今は朝」
沙耶香は述べる。
「夜の世界を裏から見ましょう」
「はい。それでは」
二人は並んだ。そうしてそのままマドリードの街を調べだしたのであった。
沙耶香と速水は二人で街の妖気を調べだした、しかしまだわかったことは少なかった。
昼まで調べたがわかったことは僅かであった。妖気が街のあちこちにあったのである。二人は夕方になって喫茶店に入っていた。そこでコーヒーを飲みながら話をしていた。
「おや」
速水はその妖気を感じてふと声をあげた。
「この妖気は」
「ええ」
沙耶香もそれに応える。
「以前に感じたことがあるわね」
「しかしかなり巧妙に隠していますね」
速水はカードを出して首を傾げる。そこには太陽の逆があった。太陽は生命や上昇を表わす。それの逆ということは衰退や下降を表わすのである。
「それがかえって」
「何かを悟られたくないということかしら」
「さて。それに」
速水はそこにまた付け加える。
「かなりの魔力の持ち主のものであるのは間違いないようですね」
「そうね」
沙耶香はその言葉に答える。
「それもね。間違いないわ」
「ええ」
速水もその言葉に応える。
「ですから。これは」
「人が限られてくるということかしら」
「スペインでここまでの魔力の持ち主です。御存知ですか?」
「いきなり言われても」
沙耶香とてすぐにそうした人物が頭に思い浮かぶわけではない。スペインは日本から見てあまりにも遠いのだ。だからこれといって知っている人物もいないのである。
「わからないわ」
「そうですよね。私もです」
速水にも心当たりはない。どうにも困った笑いになる。
「しかし」
それでも彼は言う。
「かなりの術者であるのは間違いないわけですから」
「そうね。それにかなりの数ね」
沙耶香はそこにも注視していた。
「攫われた数は」
「一体全体。何人攫っているのか」
「さてね」
沙耶香はそれもまだ調べ切れてはいなかった。
「おおよその数がわからないまでね」
「それだけの女性を攫ってどうするのか」
「そこも問題ね」
問題は実に多かった。二人は一旦コーヒーを飲んでからまた話に入るのであった。
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