K's-戦姫に添う3人の戦士-
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1期/ケイ編
K15 心に満ちた決意
(唄が聴こえる……この声、雪音、か?)
視界が真っ暗なせいで、聴覚がやたらと研ぎ澄まされている。
爆音や打撃音、剣戟の音も入り混じっている。
ケイは気力を総動員して重い瞼を持ち上げた。
焦点を結ばない視界には、未来と、彼女と同じ制服を着た女子が3人。小さなモニターの前に藤尭と友里がいて、やや後ろに弦十郎が座っていた。
ここでケイは、自分が二段ベッドの下の段に寝かされているのだと、ようやく気づいた。
全員がモニターに注意を向けているためか、ケイが起きたことに気づく者はいない。
「さよならも言わずに別れて、それっきりだったのよ? なのに、どうして…クリス…っ」
響の泣き声と、フィーネに向けた翼の怒声。
《ソレガ夢ゴト命ヲ握リ潰シタ奴ガ言ウコトカァッ!!》
響の声なのに、それはひどく黒い濁りと半々だった。
《融合したガングニールの欠片が暴走しているのだ》
打撃音の連続。土をこすり、抉る音。
《もう止せ、立花! これ以上は聖遺物との融合を促進させるばかりだ!》
暗い室内で唯一の灯りだったモニターの光度が、さらに強くなった。
《まさか……》
《そう驚くな。カ・ディンギルがいかに最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品。必要がある限り、何発でも撃ち放てる。そのためにエネルギー炉心には、不滅の刃デュランダルを取り付けてある》
(何発でも? そんな反則兵器、どうしろって)
《立花。そして、聞いていると信じて――小日向》
それは、ひどく優しい声で。
《私はカ・ディンギルを止める。だから――》
一拍置いて、ぐちゃり、と肉が潰れる音がした。
(受け止めた、のか、風鳴。響ちゃんを。自分自身を傷つけて)
「もう終わりだよ、あたしたち――」
未来と並んだ女子の内一人が泣き出した。
「学院がメチャクチャになって、響もおかしくなって」
「終わりじゃない! 響だってわたしたちを守るために」
「あれがあたしたちを守る姿なのッ!?」
角度のせいでケイにはモニターが見えない。だが、友達がそう叫んで泣くからには、今の響は相当に酷い状態なのだろう。
「わたしは響を信じる。翼さんだってきっと、響を信じたからああしたんだもの」
「……あたしだって響を信じたいよ……この状況を何とかなるって信じたい……でも、でも!」
少女は涙に暮れて崩れ落ちた。
「もういやだよぉ! 誰か何とかしてよ! いやだよ……死にたくないよぉ! 助けてよぉ、響ぃぃ!」
(こういうの弱いなぁ、俺って。未来っていう本命がいるのに)
カ・ディンギルがどのような兵器なのか、フィーネの目的が何なのかすら分からないというのに。翼はそれを破壊しなければならないと伝え、向かおうとしている。ケイを信じて。
ケイは苦笑し、枯れた喉から声を絞り出した。
「大丈夫だ」
「――大丈夫だ」
未来は、はっとしてベッドをふり返った。
ケイが顔を顰めながらも起き上がり、立ち上がった。
「ケイ! まだ体が!」
「だいぶマシになった。それに」
ケイが見やったのは、涙に暮れた弓美。
ケイは弓美の前まで歩いて行くと、目線を合わせるようにしゃがんで、弓美の頭に掌を置いた。
「助けてあげるから。俺と、風鳴が。君も、未来たちも、響ちゃんも。――だからもう泣くな。な?」
ケイが立ち上がる。
「藤尭さん、友里さん、ここからデュランダルまでの距離、分かりますか?」
「――カ・ディンギルを内側から壊すつもりか」
弦十郎は険しく言った。
(壊す? クリスでさえビームを逸らすのが精一杯だったあの兵器を?)
しかし、ケイは弦十郎に対して肯き、紅いペンダントを取り出して見せた。
「エネルギーを反射する。それが元々のコイツの特性だって櫻井コーチが言ってました。俺がA・レンズでカ・ディンギルの発射エネルギーを奪えれば、一発は止められます。上手くタイミングを合わせれば、風鳴と同時攻撃で砲台そのものを破壊できる」
彼の瞳にはどこまでも冴えた闘志。
「行きます。同じ装者が戦ってるのに、俺だけ安全なとこで隠れてるわけにはいかない」
彼は創世と詩織の頭にもそれぞれ両手を置き、最後に、未来の正面に来た。
「行ってくる。未来」
「行ってらっしゃい」も「行かないで」も未来には言えなかった。ここで送り出したら、クリスと同じでケイも帰って来ないかもしれない。
だから代わりに、目尻に涙を残したまま、未来はケイの肩を掴み、爪先立ちで頬にキスをした。
「み、く」
ケイは未来の唇を受けた頬を押さえ、呆然と未来を見返していた。だがやがて、寂しさを滲ませて苦笑し、未来に、背を向けた。
弦十郎が友里に、ケイをシャフト跡まで案内するよう指示する。友里は硬く肯き、ケイと共に部屋を出て行った。
涙が零れた。それでも未来は決して泣かなかった。
ケイは友里を追って暗い廊下を行き、潰れたエレベーター前まで辿り着いた。
剥き出しになったドアから覗き込む。上も下も闇しかない、奈落か地獄にでも通じていそうな縦穴。
この奥底に、デュランダルがある。
「未来とお友達をお願いします」
友里が肯いたのを見届け、ケイはエレベーターシャフトだった奈落に身を投げた。
「 ――Hamones A-lens toges tron―― 」
追いつかれる。それでも翼はそびえ立つ砲台のさらに上を目指そうとした。
《 Gatrandis babel ziggurat edenal―― 》
ネフシュタンの楔が翼を捉える寸前、下から碧の光線が放たれ、楔の追撃を焼き切った。
翼はハッと地上を見下ろす。
カ・ディンギルが根元から光を放っている。発射前の光ではない。まるで内側で別のエネルギーが発生しているかのような――
(……すまない、小日向妹。私はお前から兄と最愛の人を同時に奪うことになりそうだ)
再び炎の両翼を点火し、風鳴翼はカ・ディンギルの頂点を目指して翔ける。
「 Emustolronzen fine el baral zizzl―― 」
その頃。奈落の真ん中で、小日向ケイは今まさに唱を絶とうとしていた。
「 Gatrandis babel ziggurat edenal―― 」
発射寸前の荷電粒子を、真正面からプリズムレーザーで受け、エネルギーを吸えるだけ吸わせる。そんな単純作業でも、ケイもプリズムレーザーもダメージを受けている。カ・ディンギルの余波もだが、全てのリミッターを外す絶唱が肉体を蝕んでいる。
それでも絶唱を選んだ。ただでさえ扱いかねるプリズムレーザーを確実に使うために。カ・ディンギルを確実に壊すために。
(そろそろマズイ、か。次で解放する。それで俺もシンフォギアもぶっ壊れて終わりだ)
絶唱の危険性は了子から聞かされていた。天羽奏や雪音クリスという実例も知った。
(不思議だ。きっと死ぬのに怖いって感じない。おかしいな。俺、自分が死んでも好きな子が生きててくれたらって性格じゃないはずだけど。信頼してるからかな。未来は俺がいなくて折れるような可愛げある性格じゃないし、響ちゃんだったらフィーネ相手だろうが負ける気がしないし)
ケイはレバーを握った。
(ごめんな、未来。未来の分も響ちゃんのそばにいるって約束、嘘にしちまった)
ケイは用意をして、最後の一節を歌った。
「 ……fine el,――zizzl 」
ケイは一片の迷いも未練もなく、体を反転させ、照準をカ・ディンギルの内壁へ向けた。
レバーを力の限り引き、叫んだ。
「ここだ風鳴!! 斬れぇぇええ!!!!」
通信機からケイの絶叫が聞こえた瞬間、翼はギアの炎を最大威力で発した。
「はあああああああああああッッ!!!!」
青い火の鳥と化した風鳴翼は、爆発直前まで膨れ上がったエネルギーの塊へ特攻した。
――炎鳥極翔斬――
弾ける碧の中粒子、そして焔の青が、月を穿つ砲台を完全破壊した。
――やったな、風鳴――
――ああ、小日向のおかげだ――
笑い合い、互いに手を挙げる。パン、と軽やかに鳴った音を聴いた者は、いない。
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