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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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18部分:第十八章


第十八章

「けれど香港じゃまだ小さいと思ったのよ。どうせその手に掴むのなら」
「より大きなものをというわけね」
「この上海は中国の経済の中心」
 そこを言ってみせてきた。
「ここを手の中に収めればそこを拠点として」
「中国の闇の世界全てを手に収めることができる」
「そうしてそこからアジア、そして太平洋の裏の社会全てをね。私のものにするのも不可能ではないわ。だから私はこの街を選んだというわけよ」
「壮大な野心ね」
 そうした野心は決して嫌いではない。だから妖鈴の言葉を聞いても微笑むことができた。それもまた沙耶香の好むところであった。彼女はそうしたものに興味がないとしてもだ。
「聞いていて楽しくなるわ」
「有り難う。それを今から果たすわ」
「私を倒してね」
「貴女のことは決して忘れないわ」
 こうまで言う。彼女もまた沙耶香を決して嫌ってはいない。だがそれでもお互いの相容れぬものもまたわかっていたのだ。わかっていて今こうして褥を共にしているのである。
「だからこそ永遠にしてあげるわ」
「そう。それは私も同じことよ」
 沙耶香も笑って妖鈴に言葉を返してみせる。
「それじゃあ。いいわね」
「ええ。ああしたからは晴れて敵と味方に別れて」
 顔を見合わせながら言葉を交あわせる。その胡弓を思わせる妖鈴の声が沙耶香の低く澄んだ硬質の声と絡み合う。そうして絶妙のハーモニーを醸し出していた。
「お互い楽しみましょう」
「今とは別の楽しみをね」
「そうね」
 言葉を交あわせ続ける。互いにそのやり取りを楽しんでいる。
「明日の朝からはお互いに」
「命をかけて舞いましょう」
「けれど今夜は」
 沙耶香は妖鈴の目を見た。妖鈴もまた沙耶香の目を。二人の目が闇の中で美麗ながらも妖艶な光を放って見詰め合う。その中でまた言葉を交えさせるのであった。
「このまま二人で」
「心ゆくまで共に」
 沙耶香が妖鈴の白い肢体の上に覆い被さった。妖鈴も沙耶香のその身体を受け止める。そうして二人はそのまま紫苑の闇の中で快楽の中に身を浸す。それが終わり朝となった時沙耶香はもうその楼閣にはいなかった。いるのはあの老婆の前であった。
「また随分と無茶をしたものじゃの」
「楽しかったわ」
 呆れるような声を出して言う老婆に対して笑いながら言葉を返した。その白面に整った怪しい微笑みを浮かべていた。
「毒もまた。美味なものよ」
「毒のある花でも愛でるのか、主は」
「花は全て花だから」
 これが沙耶香の言葉であった。
「だからよ。あえて楽しませてもらったわ」
「やれやれ、度胸のあることじゃ」
 老婆はそんな沙耶香に呆れるばかりであった。
「例えユニコーンの角を飲んでおっても。わしにはできんな」
「けれどもうなくなってしまったわ」
 それはなくなってしまったと老婆に告げる。
「あの毒を抑えるのには尋常な量が必要ではなかったから」
「まさか一本全て使ったのか」
「一夜の為にね」
 うっすらと笑ってそう述べる。
「使ったわ。それも全て」
「そこまでして寝るのがさらにわからん」
 老婆はまた呆れた言葉を述べて首を捻った。
「女なら他にもいるじゃろうに」
「花はその花一つしかないものよ」
 老婆のその言葉に対してまた言葉を返す沙耶香であった。
「それを愛でるのが当然ではなくて。美を愛するのなら」
「主の考えは幾ら聞いてもわからぬ。しかしじゃ」
 老婆はこれ以上話しても自分にとっては何にもならないと思ったのか話を打ち切ることにしたそうして沙耶香に対して問うのであった。
「ユニコーンの角はなくなったのじゃな」
「それは本当よ」
 平然として述べる。
「奇麗にね」
「それで後はどうするのじゃ?」
 老婆はそこまで聞いて怪訝な顔で沙耶香に対して問うのであった。
「毒に対しては。ユニコーンの角程のものはわしも持っておらんぞ」
「安心していいわ、それに関してはね」
「もう駒は用意しておるのか」
「チェスにおいて駒は常に用意しておくものよ」
 またしても笑って述べるのだった。
「必要な時に備えてね」
「それを出す時を楽しみながらか」
「わかっているのね。それを出す時が楽しいのよ」
 また目を細めさせる。細めさせた目には妖しい光が宿っていた。
 
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