黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇
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17部分:第十七章
第十七章
「だからよ。話すのよ」
「そう。そうなればいいわね」
「きっとなるわ。それじゃあいいわね」
「ええ」
また妖鈴の言葉に頷く。
「いいわ。それじゃあ話してくれるわね」
「わかったわ。私の生まれは」
闇の中でゆっくりと口を開きだした。開けられた窓からは青に近い黒の空と黄色い満月の光が雲を見せている。その光を浴びながら沙耶香に対して語るのであった。
「香港なのよ」
「香港生まれだったのね」
「そう、九龍城」
かつてスラム街であった場所だ。犯罪者の温床となっており魔窟とさえ呼ばれていた。今は再開発により撤去され人々の記憶からも消え去ろうとしている。
「そこで生まれたのよ。両親はわからないわ」
「それはまたどうしてかしら」
「仕事だけはわかっているわ」
まずはこう述べてきた。
「香港の暗黒街の住人よ。私が生まれてすぐに」
「殺されたのかしら」
「ええ、爆弾でね」
そのうえでこう語ってきた。
「抗争相手にそれで殺されたのよ」
「またそれは災難ね」
「いえ、そうじゃないわ」
沙耶香の言葉は否定するのだった。
「そのおかげで今があるのだから」
「そう。そうなったのはどうしてかしら」
「両親がいなくなり一人になった私は両親がいた組織に引き取られたわ」
つまり親の仕事を引き継いだのだ。チャイニーズマフィアにしろイタリアンマフィアにしろ一族全員でマフィアをしている。それを考えれば彼女はその一族の者ということになる。そこまで語りはしないが沙耶香にはそれがわかった。
「それで職業凶手として教育されたのよ」
「そうだったの。じゃあそれで」
「ええ、毒を身に着けたわ」
そういうことであった。職業凶手とは殺し屋のことである。中華圏の暗黒街ではこう呼ぶのである。
「よく聞くでしょ。毒手」
「暗殺の為に腕に何年も毒を滲み込ませるあれね」
沙耶香はそれも知っていた。
「噂には聞いているわ。実際に会ったことはないけれど」
「そんな生易しいものじゃないわ」
だがそうではないと言う。思わせぶりな笑みと共にそれを否定するのであった。
「私が何故毒婦と呼ばれているかというと」
「その程度じゃなくて」
「ええ。この身体の全てが毒」
妖しく笑って述べる。
「皮膚や髪の毛一本、血の一滴、そして唾に至るまで全てが毒なのよ。言うなれば毒の化身」
「それは術にもよるものね」
「そうよ。普通に身体に毒を滲み込ませただけじゃないわ」
また沙耶香に語る。
「術も使って。全てを毒にしていったのよ」
「術もね」
「左道っていうのかしら」
妖鈴はふと呟いた感じで沙耶香に述べてきた。
「日本では確か」
「それは中国の言葉だったと思うかしら」
「そうだったかしら。まあその辺りはいいわ」
それはいいとした。どちらにしろ言わんとするところは同じだったからだ。だからそれには構うところがないのであった。
「どちらにしろ。術を使ってまでして」
「身体に毒を滲み込ませていったのね」
「おおよそは毒手と同じよ」
一応はそう断る。断るがそれだけではないというのはもう言ってある。
「けれどあれは腕にだけ滲み込ませるものね。様々な毒草、毒のある生物から毒を採ってそれを腕に浸していく。そうして身に着けるもの」
「一度もこの目で見たことはないから確かなことは言えないけれど」
沙耶香にしろ現実に毒手を見たことはない。そうした暗殺拳があることは聞いていて知ってはいるのだがそれ以上は知らないのである。それだけ珍しい拳法であるということだ。
「そうだとは聞いているわ」
「私はそれを応用して作られた女」
「普段から毒に身体を浸していたのね」
「そうよ、まずはね」
そうであると答える。
「毒を少しずつ飲んでいき毒の風呂に身体を浸し」
「そうして毒の身体を作っていって」
「そこに術をかけて。さらに磨きをかけていったのよ」
目を細める。語りながら笑っていた。
「それが私なのよ。今ではこの髪の毛一本で象を殺せるだけの毒があるわ」
「見事なものね」
「そうして私は職業凶手となった」
つまりは刺客として育てられたのである。しかしそれだけでこの街に来て今に至るわけではないのはわかる。沙耶香はそこも聞くのであった。
「それだけではないわね」
「言ったわよね。術が使えるって」
「ええ」
彼女の言葉に頷いてみせる。
「それも使って仕事をこなしていったのよ。けれど仕事をこなしていくうちに」
「刺客では飽き足らなくなったというわけね」
「話がわかるじゃない。そうよ」
また沙耶香の言葉に笑う。これで話がおおよそまで見えてきた。
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