戦国村正遊憂記
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第壱章
伍……生ノ味
佐助を布団に横たえ、村正と幸村は手当てをしていた。どうしてこうなったのか……村正は少しだけ困惑した。いや、元の原因が自分にある事はよく分かっていたのだが。
「幸村さん、この忍……佐助の兄ちゃんが大事なんだね」
「勿論にござる。佐助は忍の中の忍。それに、俺をここまで支えてくれたしな……」
『支える』。
その言葉に、ほんの少しだけ不快感を覚えた。
何故だかは分からない。分かりたくもない。村正は、そもそも分かる必要性など無いと自分の中で丸め込む。
「ねえ、幸村さん……」
寂しげな声色の彼に、幸村は僅かに目を見開いた。それを気取られぬ様に努める。
「何でござるか?」
「その忍と二人三脚で来た訳ワケじゃないってことだよね、それ」
言い終わってからはっとし、口元を押さえる村正。
「す、すいません。僕、何て事を聞いてるんだ……」
どくん、と心臓が脈打つ。
このまま此処にいては幸村の血まで吸い尽くしてしまいそうな程に、村正は飢えていた。
何故だ。何故今宵はこんなに空腹なのだ。そもそも、これは空腹の類なのだろうか。
「血……血が、足りな、い……」
「村正殿? ……ッ!」
ぼんやりとしている村正の肩を揺する幸村。その手を、村正の右手が素早く捉えた。
血走る赤い眼。夜が明けてきた。表情は何かに怯えているように歪む。幸村の手に、村正の八重歯が突き刺さろうとした正にその時。
「村正!!」
家康が、部屋に入ってきた。
「家、康……僕……は」
「まずは幸村の手を離すんだ。大丈夫だ。ワシがいる」
幸村の手首を掴んでいた白い手は、ゆっくりと離れていった。その瞬間に村正の顔に落ち着きの色が出てきた。
何も起こらない内に、家康と村正は帰ることに。帰り際に、幸村は佐助の手当てを手伝った事に感謝の言葉を村正に向けて言う。
村正は照れくさそうに後頭部をぐしぐしと掻く。
朝の日差しが夜の帳を穿つ時の出来事だった。
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