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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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23部分:第二十三章


第二十三章

「貴女程の妖気の持ち主となると。この街でも」
「いないというのね」
「そうよ。だからわかったのよ」
「そうだったの。まあ予想通りね」
 沙耶香はその言葉を聞いて言ってきた。
「それで来た理由は?」
「気になって」
 雪女は沙耶香に対して言う。
「この前貴女は私に炎を向けてきたわね」
「ええ」
「けれどそれを途中で止めて。それで終わりだと思ったのに」
「今こうしてここに誘い出すようにしていることがわからないと」
「そう」
 沙耶香の言葉に頷いてきた。それは沙耶香もしかと見ていた。
「何故なの?闘っても無駄だと言った筈よ」
「それはわかっているわ」
 沙耶香は雪女の問いにこう返した。
「ならどうして」
「私は闘わないわ」
 そしてそれを誓う。
「貴女とはね」
「ではどういうつもり?」
「言ったわね」
 ここで煙草を出してきた。すっと右手を振るとそこに出て来た。
「この雪は止めてみせるって」
「ええ、覚えているわ」
 雪女もその言葉ははっきりと覚えていた。だからこそ言う。
「それよ」
 煙草を咥える。それから指の先に出した火を点ける。
「貴女と闘っても何の意味もないのはわかっているわ」
「そうなの」
「貴女を倒してもすぐに貴女は蘇る。何故なら貴女は雪の精」
「死ぬことはないわ」
「そうよね。けれど止める方法はあるのよ」
 女の目を見据えたまま言葉を続ける。沙耶香は決して闘う気はなかったがそれでも気を彼女に向けていた。そうして話をしていた。
「それはどうするつもり?」
「貴女は女」
 これが沙耶香の次の言葉であった。
「雪の化身であっても」
「それがどうかしたの?」
「それよ」
 煙草を右手に持って述べてきた。
「私が責めるのはそれよ」
「女だから」
「そう」
 そう言うと沙耶香の身体がぶれた。そして二つになった。
「一体何?分け身なんて」
「すぐにわかるわ」
 二人の沙耶香はそれぞれの手に持っていた煙草を消す。そして次には一人がすっと姿を消してきた。
「むっ」
「安心して。攻撃はしないから」
 残った一人の沙耶香が言う。身体も彼女の方に向けてきて歩いてきた。
「それでも。雪は止められる」
「何を・・・・・・するつもりなの?」
「知りたいかしら」
 身構える女の後ろから沙耶香の声がしてきた。
「!?」
「一つ聞くわ」
 後ろにいたのはもう一人の沙耶香であった。彼女の耳元で囁いてきたのだ。
「貴女、何も知らないのね」
「何を知らないって」
「身体のことよ」
 沙耶香は雪女にこう囁いてきた。
「身体のこと!?」
「そう。身体のことよ」
 声がじわりと近付いてきた。
「いい?」
 そしてまた声をかける。
「貴女は身体のことを知らないのよ」
「さっきから何を」
「さあ、何かしらね」
 今度は前にいる沙耶香が言ってきた。彼女のすぐ前まで来てその美しい形の顎を手に取ってきた。この時に彼女は二人の沙耶香が放つ妖しい香水の香りに気付いた。紅い薔薇の香りであった。
「ただ私はこの雪を消すだけよ」
「けれどそれは」
「わかったのよ」
 沙耶香の声に艶が入ってきた。
「わかる!?」
「そうよ。貴女は男も女も知らないわね。身体を知らないというのはそういうことなのよ」
「まさか貴女それで」
「そう。今から貴女を女にしてあげる」
 沙耶香は何時の間にか一人になっていた。後ろから囁き続ける。そのまま雪女を後ろから抱いてきた。
「冷たいわね。けれどそれはわかっていること」
 それに構うことなく。漆黒のコートを闇に変えていく。
「赤い血を流せば。それで少女は女になり」
 闇の中で彼女は言った。
「紅い雪は白くなるわ。そして消えるもの」
「どうしてそれがわかったの?」
「ふふふ、女の子に気付いたから」
 佳澄との交わりが全てであった。あの交わりで沙耶香はわかったのである。雪女のことが。紅の雪が降るのは彼女が処女であるからだ。そうでなければどうなるか。そういうことであった。

 
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