K's-戦姫に添う3人の戦士-
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1~2期/啓編
K18 傷ついても傷つけられても
家には上げないけど玄関では話してもいい。
それが立花啓が出した妥協案だった。
私を招き入れたのは自分のくせに。
「響ちゃんとおれ、連れ戻しに来たんでしょ? また装者として戦わせるために」
「私たちがあなたたちを戦わせるんじゃない。戦いを選んだのは、あなたたち自身」
その顔なら、自分で戦うのだと宣言したことは覚えていそうね。
「――装者から響ちゃんだけを外すことはできませんか?」
彼の手は両膝の上で固く握られている。
「響ちゃんが抜けた穴はおれが埋めます。何だったらおれも休学、いや、退学してもいい。高校も行きません。装者の役目にだけ専念します。だから」
「――本気?」
「もう響ちゃんに傷ついてほしくないんすよ。体も、心も。装者活動のせいで響ちゃんは親友とすれ違って絶交された。絶唱で死にかけたりもした。もうイヤなんすよ。どんなささいなことでも、響ちゃんが傷つくの。普通の女の子に戻ってほしいんですよ」
「それは、お姉さんがそう言ったの? それともあなた個人だけの希望?」
「そ、れは」
――芸能人をしてれば中傷の手紙やメールも来るし、陰口を叩かれたり、収録中に無茶振りをされることもある。インタビュアーの意地の悪い質問にも笑っていないといけない。ストーカーじみたファンに追い回されたことだってある(これは緒川さんが撃退してくれた)。
装者じゃなくたって傷つく時は傷つくのよ。
それでも傷つけまいとするのなら。
「あなたはお姉さんを、ずっと籠の鳥にして、無垢なままで閉じ込めて、世界から切り離したいの? あなたがしてること……いいえ、あなたの守り方は、そういう意味合いが強いと気づいてる?」
「おれが…響ちゃんを…?」
しばらく立花弟は睨むように三和土を見つめて、ぽつり、零した。
「守りたくて何が悪い」
それは確かに、お姉さんなんだから自然な気持ちだと思うけれど。
「特別に一番好きな女の子守りたいと思って、何が悪い!」
……え?
彼はじれったいとばかりに立ち上がった。
「~~っ一目惚れしたんだよ! 親の再婚で初めて家族顔合わせした日に! それから今日までずっと好きだよ! 悪いか! 血は繋がってねえんだからアリだろそーゆーパターンも!」
た、確かに、義兄妹・姉弟の恋愛がありえなくもないことくらいは、私も知識として知ってはいるが……
「――それ、ほんと? 啓」
立花弟と揃って勢いよくふり返ってしまった。だって、今の声は。
部屋着らしき服装の立花響が、いまいち事態を呑み込めないという顔で廊下に立っていた。
「啓って、わたしが好きなの?」
立花姉がさらなる言葉を口にしようとした時だった。
弟のほうが回れ右をして、外に出て、玄関の戸をピシャリと閉めた。
こういう時どうしたらいいか、私、知らない。どうしよう、ねえ、奏?
…………
……こうなったら、ここに来た本来の目的である立花響と話すしかない。
「その、体の具合はどうだ? 休学するほど悪いなんて聞いてないぞ」
「――体は何ともないです。わたし、ただ逃げてきただけなんです」
「逃げて?」
「現実から」
立花は私の横、ついさっきまでは弟のほうがいた場所に座った。
「わたし、自分なりに覚悟を決めたつもりでした。守りたいものを守るため、シンフォギアの戦姫になるんだって。でも、ダメですね。親友のこと、昔のこと、気持ちが乱れて立ってもいられなくなった。わたし、もっと強くならなきゃいけないのに。変わりたいのに」
「……その様々なものの中に、立花の本当に守りたいものが含まれてるんだとしたら、今のままでもいいんじゃないかな」
奏。人を元気づけるのって難しいね。初めて知ったよ。
「立花はきっと立花のまま強くなれる。そうなった時でいい。再び私たちと肩を並べ、いくさ場に立ってはくれないか?」
「わたし、もう一度ちゃんと立ち上がれるでしょうか?」
「ああ」
絶唱を口にしてなお、死を恐れずいくさ場に帰ってきた君なら、必ず。
少しだけ、静寂があった。
「翼さん。男の子に恋されたことってありますか?」
い、いいいいきなり何を言い出すんだこの子は! ……あ。
「ノイズの討伐と歌手活動でそれどころじゃなかったからね。立花は――さっきのが初めて、とか?」
立花は小さく肯いた。
「前にお話した時、啓に恋人が出来たらって言いましたよね。あの時、わたし、何でかすごくショックで。でも、義理でも啓は弟なんだから、そんな独占欲みたいな気持ちおかしいって。啓の気持ちを知った今も、啓がわたしにとって何なのか全然分かりません。気持ち悪いとかイヤとかじゃなくて」
意気消沈したように俯く立花。
「嫌いじゃない。むしろ大好き。でも、このスキは弟だからなのか、異性としてなのか、自分でも本当に、分かんなくて」
「……ごめんなさい。それについては私も何もアドバイスできそうにないわ」
「ですよね。すいません。なんかグチに付き合ってもらっちゃって」
「いいんじゃない? その――仲間、なんだし」
「翼さん……」
そ、そんな雛鳥みたいな目で見つめないでくれっ。
「も、もう帰る。この後、仕事のスケジュールが入ってるからっ」
嘘だ。スケジュールなんて入ってない。入ってたらそもそも立花家を訪ねたりしない。
立ち上がって玄関戸を開けた。
「あの! 来てくれてありがとうございました!」
「――どういたしまして」
外に出て玄関戸を閉じた。
停めておいたバイクに跨ってヘルメットを被って、気づいた。
私、同じ年頃の女の子の家に来たのって、これが初めてだって。
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