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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  二人の狂者

――――第三回バレット・オブ・バレッツ予選二回戦。

Eブロック。

草一本生えていない崖の上に双子の強気な方、リラはいた。ゴツい軍用の双眼鏡をのぞき込み、眼下の景色の中に溶け込むように存在している目標(ターゲット)を、獲物を待伏せる肉食獣のように見張っているのだ。

ステージ名、《枯れた渓谷》。乾燥した台地に亀裂が入るように口を開けている、かつては川だった深い割れ目(クレバス)が遍在する地形だ。高低の緩急が激しすぎる、崖ばかりのグランドキャニオンといったほうが分かりやすいか。

対戦相手の名前は《ハディーカ》。前大会では、本戦での順位はブービーだったらしいが、それでも油断できる材料にはならない。相手はこの予選というふるいを通過し、掛け値なしのバケモノどもが蠢く本戦に出場を果たした指折りの猛者だ。

メインアームは確か、かなりレアな部類に入る《H&K XM8》。銃本来の性能が、下手なスコープを付けたアサルトライフルより遥かに勝り、集弾率にかなりのプラス補正を得ており、加えて低反動ゆえの高い命中精度も売りだ。爆発するものしか使わないのが信条のリラからすれば、目視距離まで接近を赦せば太刀打ちできない相手である。

だが幸いなことに、相手を先に見つけたのはリラだった。

背後からの奇襲でも警戒したのだろうか、ひときわデカいクレバスを背景に索敵する髭面マッチョマンの足元ごと爆破し、底に叩き落としてやったのだ。

―――とはいえ、落下ダメで死なないとは思ってなかったわ。

渋い顔をして、少女は眼下の光景を盗み見る。

底の広さは想像以上のものだった。目算だが、幅は四、五十メートルにもなるだろう。リラにとって不幸だったのは、このクレバスが入口の幅に対して底の幅のほうがかなり広いということだった。

まるで野球場に設置されている屋根の縁から、屋根を支える柱を狙えと言われているような状況。うかつに身を乗り出せば敵にこちらを見つけられる危険性(リスク)の前に、薄い岩面が崩れて落下しかねない。

「っと」

昆虫の複眼をそのまま張り付けたような暗視(ナイトビジョン)ゴーグルがサーチライトのようにこちらに巡ってくる前に慌てて首をひっこめ、リラは唸った。

―――警戒して迂闊に撃てないわね。

ええい、もうフルバーストでも何でもやっちまってゴリ押そうか、と思うが、それはそれでぐぐっと踏みとどまる。

本戦もそうだが、このBoBという大会において弾薬というのは案外かなり重要なものだ。当然マガジンがあり、そこにつめる弾薬があるということは、弾薬無限とかではなく有限だ。撃ちまくったら無くなる。

GGOをプレイするほとんどのプレイヤーが最終的に自然とメインアームにするアサルトライフルなどのマシンガンは、その特性ゆえに倒した相手の弾薬を頂くとかの剥ぎ取り行為がしやすいが、なにぶんリラの持つM79―――通称《ブルーパー》の分類(カテゴリ)はグレネードランチャーだ。特殊すぎ、さらに一発一発が重いそんな弾をごっそり持っている奇特なヤツはそうそういない。

つまり、少女にはいつも節約の責が課せられているのである。

しかも、予選一回戦では景気よく行こうとして相手も敏捷値寄りだったせいもあり、かなりの量の榴弾をブチかましてしまった。おかげで気分は爽快だが。

―――ムム、ここはスマートに行きたいわ。

実際には、得意げに相手を谷底に突き落として今度はトドメをなかなか刺せずに崖の上で悶々としているリラの姿はかなり笑いを取る形になっているのだが、幸か不幸か少女はそこら辺りを気づいていなかった。

とりあえず、と彼女は装備重量と口の大きさが許す限りならどんなものもいくらでも入る四次元ポーチから球状の物体を二個取り出し、真上直上斜め三度くらいの感覚で放った。そして、大きく身を翻して割れ目沿いを多くない敏捷値が許す限りの全速力で突っ走った。

ゴルフボール大の球状の物体――――オランダ製の投擲型破砕手榴弾《V40 MINI》は、その小さな体躯から予想できる通り、かなりの軽重量並びに運搬効率が高い手榴弾で、そのくせ爆発半径はなかなかのものを持ち合わせているクセモノだ。

放られた二つのV40は、限りなく鉛直方向に突出した放物線を宙空に描きながら、乾いた岩にばっくりと開いたひび割れに入り、底で爆砕した。轟く轟音がかすかに響いてくるが、リラは足を止めない。

このステージ、通称《割れ谷》はとかく両極端のステージとして知られている。上の台地は草木の一本、丘の一つもない完璧な平地となっており、そこでは西部劇のように一対一、混じり気なしのタイマン勝負になることが多い。そのため、上で戦う場合弾道予測線を見てから避けられるだけの敏捷値を持っているプレイヤーが圧倒的に有利となる。

また、何かの偶然―――まさに今なのだが―――で片方が割れ目に落ち、もう一方が上に残るといった状況下になった時、下にいる方の勝つ確率は文字通り限りなく地に落ちたと言っていいい。古今東西、まだ戦場にて飛び道具が弓矢に主導権を握られていた頃から、高いところを抑えられた状況というのは有利であることに変わりはないのだから。

「ゼッ……はッ!あッ、あったあった!!」

このステージでのクレバスは、もとは渓谷の、つまり川の名残だ。とすると、その全体的な形状は決して一直線ではなく蛇行し、また――――どこかで別れていないはずなどない。

Y字に分岐した割れ目。その中央の、三角に出っ張った場所に少女はぴょーん、と飛び乗った。

「……ん、バッチリね」

覗き込んだ双眼鏡からは、焦ってしきりに頭上を見回すハディーカのスキンヘッドが見える。

彼が焦るには理由がある。いや、やっと気付いたといったところか。この状況下で《あたし》が相手となるということの恐怖を。

ハディーカは、ミナと同じタイプの純前衛攻撃職で、敏捷値優先の能力値構成をとっている。よって、彼はこう考えていたはずだ。弾道予測線を見てから回避し、相手が弾切れを起こしたタイミングを見計らって上に上がる、と。

だが残念ながら相手が悪かった。

『手榴弾に弾道予測線(バレットライン)は付与されない』。その事実をもっと早く思い出せていれば結果は変わっていたかもしれない。

「ちゃっちゃと終わらせるわよ。ミナが待ってるし」

あと、あのアホどももね。

にわかに湧き上がる焦りと疑心暗鬼の中、頭上を煽いでいた(ターゲット)の視線が自らの周囲に向いた時、そんなことを呟きながらリラは容赦なく銃口を上向けた《ブルーパー》のトリガーを引いた。










「クッソ……!乱射魔(トリガーハッピー)がァ!」

怒気とともに弾倉(マガジン)を押し込む。普段の滑らかさからは程遠い、粗雑で力任せの手つきはマガジンリリースから嫌な音と小さなパーティクルを発生させた。

直後。

背にした分厚い鉄塊に雨あられと銃弾が降り注ぎ、凄絶な音をまき散らす。

ザガガガギギギギャギャギャッッ!!という爆音は、仮想の骨を伝って脳の中を暴れまわり、正常な思考を抉り取る。

自分でも訳の分からない絶叫をノドもとから迸らせながら、男は腰に吊るしていた大型のプラズマグレネードを引き千切るようにして掴む。この近距離では自分も危険なのでは、という警鐘が頭のどこかで鳴り響いていたが、彼にはもうその真意すら判断が付かなくなっていた。

数秒後、弾丸が飛来していた方向から球状の青白いプラズマ力場が発生する。超高熱、高圧の烈風が鉄塊の影にいたにも拘らず男を襲うが、彼の口元には笑みが張り付いていた。

だが。

辺りの何物をもプラズマ球が呑み込み、噴煙を立ち込めるその向こう側。



にわかに視界が、真っ赤に染まった。



バ――――――――――――――アアァァァッッッ!!!!!

繋がりすぎてもはや一つの音域に固定されて聞こえる、紛れもないアサルトライフルの発砲音が男の意識をドン底まで引きずり戻す。

「…………ッッ!!?」

ひぅ、とノドがおかしな音を立てる。

とっさに逸らした背から、嫌な衝撃が身体に浸透すると同時、視界端に表示されたHPバーががくん、がくんと一気に激減した。

絶叫。

発砲。

半ば本能の自動操縦任せで適当にバラ撒きながら、男は遮二無二に一歩でも前に出ようとする。そう、少しでも落ち着ける時間が欲しかった。

しかし、後ろの狂児はあらゆる困難を踏破してくる。

それは、予選一回戦の時にチラッと見たどこかの少女の戦いとは真逆のベクトルの回避行動だった。バンザイアタックで予選に紛れ込んでいた新米(バカ)の頭をいち早くブチ抜いた彼が待機ドームに戻り、全員が感嘆の呻き声とともに見入っていたあの少女の動きは、いわば受け身の回避だ。

もはや人間業だとは思えないのだが、あの女の子は予測線のタイムラグなどないほどの近距離で、銃弾が発射されてから、また銃口の向きからだいたいの弾道を独自に予測し、持ち前の圧倒的と言える敏捷値をフルに発揮して、ヴィントレスのフルオート射撃をかいくぐって見せたのだ。

だが、今後ろから迫る脅威はそれとはまったく別。

こちらが撃つタイミング、隠れている位置、逃げる方向とその経路。

すべてが読まれている。

しかも、ただの行動予測ではない。脇道や障害物を越えようとすると、それを見越しているかのように牽制弾が容赦なく降り注ぎ、退路を削り取っていく。

つまり、誘導されている。

とんでもなく高度で緻密に計算されている、まるで詰将棋のような先の見えた殲滅戦。

―――じょッ!冗談じゃねェ!!予選ステージの種類がいったいいくつあると思ってんだ!!?

しかし、その詰将棋にも綻びが生じる関門がある。それは、そもそもの駒を動かす盤が十数種類、いや何十種類も存在し、その内装も毎度ランダムのように切り替わることだ。にもかかわらず、今背中を焦がす殺意は欠片も揺らぐことなくこちらを照準し続けている。

さらに、本当の脅威はそこではない。

問題なのは、誘導されていることを自覚していてもなお、何の解決策も思い浮かべずにただただ無闇で無策な逃走を繰り広げているこの現状だ。

そう。

本当の脅威は、全てを先読みした先見的回避でも、詰将棋のごとき戦闘誘導でもない。

それら全てを悟らせた上で、解決策を思いつくだけの時間を与えない、残酷なまでの短期決戦スタイル。

それを支えるのは、敏捷値優先の能力値構成(ビルド)とあらゆる障害物でもたちまち踏破するスキル群。

「クソッ!……クソッたれええぇぇえ!」

数十、いや数百に届く赤い輝線が自分を貫くのを見、男はとっさに右手前方にある小部屋に飛び込む。だが、すぐさまその判断が悪手だったことに気づき、胸中で高らかに舌打ちを響かせた。

その部屋は入って来た方向以外、全ての壁に出口がない。

つまるところ、完全に逃げ道がなかった。

―――まさか、最初ッからココに追い込むために……!

刹那の予感は、背後からの銃撃によって答えられた。欠片も容赦がない弾倉を丸々使い潰す5.56x45mm NATO弾の一斉射は、男の両足を太腿から、腕を手首から千切り飛ばした。

ガクン、と視線が下がる男の頭をむんずと掴む手。為す術もなく、強引に振り向かされた先には――――



嗤いがあった。



「つっかまっえたぁ~」

にぃ、と口角が引き裂かれるほどに上げ、全身から迸る殺意を隠そうともしない狂女がいた。

その時、自分が何を言ったのか、はたまた何を叫んだのかは分からなかった。

ただ抑えきれず、堪えきれなかった何かが口をついて出て、そして聞き入れられなかった。

ヴォシュ!というくぐもった破裂音が頭蓋骨の裏側で響いて、男の視界は黒で塗りつぶされる。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「リラとミナの予選の様子だね」
なべさん「うまーい感じに一話に収まって良かったぜ」
レン「しかしあれだね。リラとミナってどっちがどっちだかたまに分からなくなるね」
なべさん「うん、作者もそうだもん。だからそんな一部の読者様にぴったりの覚え方があるんですよ~!」
レン「急に販促トークみたいなノリになったな…」
なべさん「フフ怖の怖くない方がリラで、本当は怖い方がミナ」
レン「本当に一部じゃねーか!だけどわかりやすい!」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued―― 
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