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ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか

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その頃

 
前書き
更新できたのでおpしました。楽しんでいってください。
 

 
 「帰ったぞ」

 と、言ってノエルは扉のノブに手をかけて、引き開けようとした。

 「デイドラっ!はいっ、あーんしてっ!」
 「デイドラは私の愛情のこもったオムライスの方が先に食べたいでしょう?」

 耳を疑うような台詞がそのノエルの耳に飛び込んだ。

 「…………な、何をしているのだっ!!」

 その台詞を脳で処理しきれず、硬直していたのはつかの間、怒声とともに扉を壊すような勢いで開け放った。

 「あら、ノエルちゃん、早かったわね」
 「あっ、の、ノエルさん!こ、これは、その……すいませんすいませんすいません!!」

 ミネロヴァとリズがデイドラを挟むようにして、ベッドの端に腰掛けていたが、入ってきたノエルにミネロヴァはなんでもないように、リズはノエルの怒声に一瞬ですくみ上がり、半泣きで弁解しようとするも、言葉が出てこず、謝ることに徹することにしたようだった。
 一方デイドラはかなり居心地悪そうに縮こまっていた。

 「何をやっているの――です。あの後帰ったはずでは」

 ノエルは敬意を払ってギルド員と神に対して丁寧語を、対等もしくは目下の者に対しては普段の言葉遣いで接しているのだが、ギルド員のミネロヴァと目下のリズがいる状況に少しの間逡巡した末に、ミネロヴァに対して丁寧語で訊いた。

 「帰ったわけではないわよ。これを取りに帰っていただけよ」

 そう言ってミネロヴァはオムライスをのせた美麗な皿を肩の高さまで持ち上げて見せた。

 「デイドラに私の手作り料理を堪能してもらおうと思ったのよ。それと、ノエルちゃん、私に対してそんな話し方しなくていいわよ」
 「いえ、そういうわけにいきません」

 ミネロヴァの提案にノエルはきっぱりと答えたが、

 「そお?きっと、あなたの主神様もこう思っているわよ」
 「…………そうなんですか?」

 ミネロヴァの言葉にぴくりと反応した。

 「あなたのその堅物な性格を知っているから、言わないんでしょうけど」
 「…………わかりました、考えておきます。それで、リズはは何をやっているのだ?」

 少しの黙考の(のち)に、続けて普段の口調でリズに訊いた。

 「デイドラに朝作ったサンドを食べさせていました!すいません!!」

 リズは腰を極限まで折って謝った。
 それほど謝るならば初めからよせばいいのにと思うだろうが、リズにはこの結果が想定できなかったのだから仕方ない。

 「なぜそのようなものを作っているのです?」

 その二人の膝の上にのっている物体、詳しく言うとケチャップで『I Love デイドラ』と優美な字で書かれたオムライスとバスケットいっぱいに詰め込まれた色とりどりのサンド、を交互に見て言った。

 「私はリズが作っているのを見て作ったのよ」

 ミネロヴァはリズに視線を向けて言った。

 「わ、私は作ったら喜ぶと思って、それで…………」
 「私のところに放り出して、デイドラを助けに行ったのよね?」
 「うぅ…………」
 「自分のを持ってくるついでにあなたのまで持ってくる私はなんて優しいのかしら、わざわざ敵に塩を送るなんて」

 ミネロヴァは悩ましそうに片手で顔を覆うが、声音にはその気配は感じ取れなかった。

 「その、それで、デイドラに私が作ったサンドととミネロヴァさんが作ったオムライスを食べ比べしてもらおうと思っていたのですけど、すいませんでした!出過ぎたことでした!!」
 「いや、もう謝らなくていい。それより、作ると喜ぶのか?」

 ノエルは何故か真剣な眼差しでリズを見てからデイドラに目を向けた。

 「…………」

 視線を向けられたデイドラは心のうちに葛藤を抱え、黙り込む。
 作ってくれたことには勿論感謝はするし、心が温もって嬉しいが、それを口にするのはあまりにも気恥ずかしくて躊躇われたし、あまりにも全開の二人の好意に気後れしているのだ。

 「い、嫌だったかな。嫌だよね、やっぱり。勝手に作ってごめんね」

 しかし、黙り込んだのを暗に否定しているのだと思い込んだリズが手に持っていたサンドをしょんぼりとしながら片付けはじめたのを見てデイドラは早急な解答を迫られた。

 「嫌い…………じゃない」

 顔を赤くさせて俯きながらぼそぼそと答えた。

 「え、いいって……こと?」
 「うっ…………」
 「どうなんだ、デイドラ?」
 「むぅ…………」
 「はっきり言わないと私たちは勘違いするかもしれないわよ?」
 「ぐっ…………」

 精一杯恥ずかしさを忍んだ解答だったが、無論それで三人が納得するはずもなく、デイドラは三人に問い質される。
 というか、ミネロヴァに関しては完全にこの状況を楽しんでいるようだった。

 「…………作ったら、食べる」

 耳まで赤くさせて、先ほどよりも小さくなった声で答えた。

 「やったーーっ!じゃあ、食べて!」
 「ちょっと、私が先よ。それとも、そのバスケットを誰が持ってきか忘れたのかしら?」
 「そうか、嬉しいのか」

 了承を得た(言質をとった)三人は三者三様の反応を見せた。
 リズはずっと欲しかったものを買ってもらった幼児のように喜びで満たした満面の笑みを浮かべて、デイドラにサンドを突き出し、ミネロヴァは負けじとそのサンドを払って、小分けにしたオムライスを載せたスプーンを突き出し、ノエルはこれからのことに深く考えを巡らせた。
 デイドラはというと、まるで自分が食事を口に運ばれている子供のように思えて、羞恥に身を小さくして、首まで赤くさせている。

 以降、ノエルがデイドラに一方的にいちゃついているリズとミネロヴァをそれらしい理由をつけて妨害しにかかったり、その騒ぎに乗じてこそこそと逃げ出そうとするデイドラが扉に辿り着くことすら叶わず、三人の手に捕まったりと、賑やかな時間が流れたが、その間、四人が、主神が地獄を味わっているとは知る由もない。


     ◆


 「だ、大丈夫ですか、テュール様?」
 「うぅぅ………………」

 深夜になっても人で賑わう本通りから外れて、暗闇に染まる路地を、ノエルは、悪夢を見ているように呻きながらうなだれているテュールを背に負って歩いていた。
 外出した主神が度々このような状態で帰宅するのだが、ここまでひどくやられているのは珍しかった。
 迎えに行ったはいいものの、いつになっても会場から出てこない主神が心配になって、【ガネーシャ・ファミリア】の構成員に無理を言って、入れさせてもらい、しばらく探した末に打ち捨てられたように横たわるテュールを見付けて、今に至るのだ。
 宴もあって、羽目を外して酔いどれた女神が主因だとノエルは気付いていた。

 「テュール様は私の話し方は嫌ですか?」

 だから、こんな時に主神に質問するのは間違っていると思っていたが、訊きたいという気持ちを押さえられなかった。

 「うぅ?何じゃ?藪から棒に」
 「いや、その、この話し方で私に話しかけらるのは嫌ではないかと、ちょっとした確認で訊いただけです。で、ですから、別に無理をして答えなくていいです」

 ノエルは慌てて付け加えながら言った。

 「…………誰かに言われたんじゃろう?」

 テュールの疲労困憊の色が隠せない声の中に、どこか面白がるような気配が窺えた。

 「…………その通りです…………」

 自分が主神の前で隠し事ができないと自覚しているのか、素直にノエルは認めた。

 「大方、ミネロヴァ辺りに言われたのじゃろうが、汝は汝が話したいように話せ。妾に合わせる必要はない。じゃが、妾はデイドラと話すように妾に話してほしい、とだけ本心を漏らしておこうかのう」

 テュールは嬉しさと少しばかりの期待を声音にのせて言う。

 「…………わかった、これからはテュール様にもこのように話そうと思う」
 「うむ…………」

 とだけテュールは短く返事をして、まどろみに沈んだ――笑みを小さな口元に湛えながら。


     ◇


 「帰ったぞ、って寝ていたか」

 ノエルが扉を潜ってホームに入ると、デイドラはベッドに仰向けにすやすやと寝ていた。
 リズとミネロヴァはノエルが主神を迎えに行くことを聞くとそそくさと支度を済ませてホームを出て行って既にいない。
 ノエルはそのデイドラの傍に背に負っていた主神をおろそうとした。
 が、それは寝たままノエルの服をがっしり掴んでいるテュールの手に阻まれた。
 背をなかなか離れないことに首を傾げるも、振り返りすぐに原因に気付くと、慈しむような微笑を浮かべると、そっと指を解き、ベッドに下ろした。
 ノエルの背を離れる際、少々ぐずるように抵抗したが、さ迷わせていた手がデイドラに触れると、すぐにデイドラの腕にしがみついて深い眠りについた。
 その様子をノエルは母のような眼差しで見ていた。

 (前にもこんなことがあったか)

 そして、昨夜の情景を思い出して、更に笑みを深めたが、

 (私がデイドラを、いや二人を守らなければ)

 すぐに口を一文字に引き結んだ。

 (テュール様もきっとこのままではだめだとわかっている。なら、私がどうにかしなければ――)

 と、使命感を持って考えたその時だった。

 「アァッ…………ッ!」
 「!!」

 デイドラが身を反らさせ、傷をえぐられたときのような悲痛な呻声を発した。
 それをかわきりにどっと汗が吹出し、まるで熱湯に入れられているかのようにもがき苦しみはじめた。

 「デイドラ!」

 ノエルは咄嗟にデイドラをテュールから離し、抱き寄せた。

 「がぁっ!は、離せ!離せよっ!!消えろ!!消えてくれ!!」

 すると、大声で足や腕をがむしゃらに振り回しはじめた。

 「デイドラ。落ち着け。私だ、ノエルだ」

 そのデイドラをノエルは抱きしめ続けた。
 デイドラの拳が頬を捉えても、加減のない膝が腹部に入っても揺るぎもせず、ずっと耳元で「大丈夫だ」と(ささや)きつづけた。
 その声か、服越しに伝わる温もりか、それとも両方か、もしくは全く別の要因でか、デイドラは次第に振るう四肢に込めていた力を緩めていき、やがて完全に力を抜き、糸が切れた人形のように垂らさせた。
 それを確認して、ノエルはデイドラの肩越しに主神を見た。
 テュールは最愛の抱き枕を奪われたが、相当疲れているのか、デイドラの大声にも起きず、寝息を立てて熟睡していた。
 そのことに胸を撫で下ろしたが、

 「ノエル、痛い」
 「す、すまない」

 デイドラの力のない声に自分が知らず知らず強く抱きしめていたことに気付いたノエルは慌てて、腕を解き、デイドラを解放して、顔を逸らした。
 そのノエルの頬はほのかに赤く染まっていた。
 突然のことだったから咄嗟に抱き寄せてしまったが、今思えば異性を抱き寄せたことなどない自分にとって、かなり大胆な行動だったと遅蒔(おそま)きながら気付いたのだ。

 「この傷」
 「っ!」

 その逸らした顔にデイドラの指が触れた。
 ノエルは肩を飛び上がらせて後ずさって、触れらたところを手で押さえた。

 「あ、ああ、こんなものはたいしたことない」

 押さえた時にその部分、もとい頬がひりっと少し痛んだことで頬を殴られたことを思い出して、答えた。
 心臓が煩いほど脈打ち、触れられたところが痛みから温もりにすり代わっていくのを感じながらノエルは戸惑っていた。

 「ごめん、俺の所為だ」

 デイドラは自分の手に視線を落として、言った。

 「こ、こんな傷一度寝れば、治る。私のことより、お前のことだ。一体どうしたんだ?」
 「………………わからない」

 デイドラは目を落としたまま答える。

 「わからない、覚えていないということか?」
 「ああ、ほとんど思い出せない――ただ」
 「ただ?」
 「自分が炎の海にいたと思う」
 「炎の海?」
 「そう、そしたら聞こえたんだ」
 「何を?」
 「皆の声。死んだ皆の声が聞こえたんだ」
 「……っ」

 ノエルはデイドラの言葉を聞いて、すぐにそれが何なのか悟り、自分の考えが謝っていたことに気付いた。
 デイドラの復讐心は第三者ではなく、形を持たない過去の亡霊が煽っているのだと、デイドラの心の奥底にある強迫概念が彼を復讐に駆り立てるだとノエルは考えた。

 「『何で生きているんだ?』って言われた」
 「…………デイドラ」

 デイドラは今にも泣きそうな声で告白した。
 今まで無表情のデイドラばかり見てきた所為でノエルは彼の年齢を忘れていた。
 彼は未だ十五歳に及ばない少年なのだ。

 (デイドラは家族を失うにはまだまだ早過ぎたのだ。私が、私がその代わりになってやらねば)

 ノエルは硬く心に決めた。

 「デイドラ」
 「?、!」

 ノエルはデイドラが顔を上げるより先に抱き寄せ、

 「お前はまだ若い。これからも色んな出会いもあるだろう。別に過去を忘れろとは言わない。ただ過去に囚われないでくれ、私たちを受け入れてくれ。それだけでいい」

 耳元で優しく呟いた。

 「きっと、テュール様もそう思っている」

 そして、デイドラの後ろで眷族の名を呼ぶ主神を見ながら付け加えた。
 ノエルがデイドラから腕を離すと、彼はゆっくりと振り返った。

 「デイドラ…………遠くに行くな………………そばにいてくれ」
 「うん…………わかった………ずっといる」

 ベッドの傍で膝をついて、デイドラは自分を呼ぶテュールの手を握った、ずっと――ずっと。 
 

 
後書き
なんか最終回っぽくなった感じですが、違います。
まだまだ続きます。
ですから楽しみにしてください。
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