K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K15 輪廻転生の定義問答
切歌は膝を抱えて、エアキャリアから少し離れた木の幹にもたれていた。
「切歌」
呼ばれてハッと顔を上げた。
「ヨハン…」
「浮かない顔をしてどうしたんだい。誰かにイヤなことをされた?」
膝を突いたヨハンは眉根を寄せて、切歌の金糸を軽く梳いた。ヨハンが切歌や調に触れる手はいつもガラス細工を扱うように柔らかい。
「マリアってホントに…ホントのホントにフィーネの魂の持ち主なんデスかね?」
「マリアが?」
ここで頭ごなしに否定しないのがヨハンだ。どんなに常識的にありえなくても、どんなにバカバカしくとも、それが暁切歌の疑問ならば、ヨハンは持てる知識で真剣に考えて答えるのだ。これが月読調の場合も然りである。
「うん。切歌の疑問はもっともだね。マリアが“フィーネ”かそうでないかの判断は、マリアの証言に依る所が大きい。マリアが自分はフィーネの生まれ変わりだって言って、マムは色んな史料と照らし合わせてそれを認めた。現状、マリアが“フィーネ”だって事実を支えるのはマムの判断と、僕らの信頼だけだからね」
「デス、よね……」
切歌は膝を抱く力を強めた。
「現状、マリアのフィーネとしての記憶再生は不完全だってマムは言っていたから、マリアに直接聞いて確かめるには材料が不足しているのも事実だけど。確かなことは、フィーネ化が進めば進むほど、マリアの魂は塗り潰されていくことだ。今はまだ僕らの知るマリア・カデンツァヴナ・イヴなのは間違いない。完全にフィーネになったマリアがどう振る舞うかはまだ何とも……」
「言わないで!」
切歌は耳を塞いで地面に向けて深く俯いた。
ヨハンの言葉は期せずして、切歌がどうなるかという末路さえも語ってしまっていた。
暁切歌が暁切歌でいられなくなるという厳然たる事実を他者の口から告げられ、本物の“フィーネ”である自分がどうして平気でいられよう。
ふわ……
広く硬い胸板の感触。肩に回った大きな掌。
ヨハンが切歌を抱き寄せたのだ。
「大丈夫。落ち着いて。マリアが“フィーネ”になったって、彼女は僕らのマリアだよ」
ちがう。ちがうのだ。そのような慰めを聞きたいのではない。打ち明けたいのは、本当に言ってしまいたいのは――
切歌はヨハンを押し返し、ハグから逃れて立ち上がった。
「どうしたの? 僕は何か気に障ることを言ってしまった?」
「――ヨハンはいいデスよね」
ヨハンは困惑の色濃く切歌を見ている。そのまなざしが、痛い。
「LiNKER装者でも“フィーネ”でもないヨハンは、魂を塗り潰されることはないって決まりきってる。ずっとみんなと――調と一緒にいられる。この先の未来が約束されてる!」
涙が目尻に滲んでいく。こんな暴言をぶつけたいわけではないのに。
「そんなヨハンに、あたしの気持ちなんか分かるもんか!」
これ以上は耐えられず、切歌は踵を返してヨハンの前から走り去った。
(神様はいじわるデス…何で、何でアイツばっか、調の…っ)
切歌が去ってから、ヨハンは街に出た。
行き交う通行人の顔はどれも明るい。きっとこれほど悄然と歩いているのはヨハン一人だろう。
(何がいけなかったんだろう。僕が言ったことが切歌の琴線に触れたのは間違いない。それとも、僕自身、恐れてるんだろうか? マリアがマリアでなくなってしまうこと。それが表に出て、切歌に悟られたんだとしたら……怒らせてしまって当然かもしれない)
人気がない道で、ヨハンはついに足を止めた。
顔を上げれば、東京スカイタワーが遠くに見えた。
(そういえば今日は、マムとマリアはあそこに出かけるって言ってたっけ。人と会う約束があるって言ってたけど。新しい資金援助者でも見つかったのかな)
見上げていたスカイタワーの上の階層――が、爆発した。
「な…っ」
爆発を合図にしたように、鳥型ノイズが数十、スカイタワーを囲むように現れた。
ノイズたちが展望台に突っ込み、展望台でも爆発が点々と起き始める。
周りの通行人が、悲鳴を上げて逃げ去っていく。当然だ。ただの人間にとって、ノイズはそれそのものが死を意味する。まさに出会ってはならない脅威で凶器。
人が道からいなくなった時を見計らい、ヨハンはペンダントを出して息を吸った。
「 ――Cerena tear Claiomh-Solais tron―― 」
――星屑を掬い剣は金色に輝く。
炸裂する、シンフォギアの粒子が個体に戻る際の光。解除されては四肢を覆うギアの駆動に身を任せる。
ギアの装着が終わるや否や、ヨハンは手近なビルの屋上へ跳び上がった。
高い場所に上がれば、東京スカイタワーがはっきり見えた。展望台がある階層を中心にノイズが群がっている。
ヨハンはそのビルからジャンプした。
ビルからビルを伝ってスカイタワーへ向かう。その間にもノイズは暴れ、スカイタワーから煙が上がっていた。
(妙だ。ノイズだけなら、タワーで点々と起きる爆発はどうして。ノイズの粉塵爆発にしてはポイントがズレすぎてるし……まさか、マムとマリアが面会してる相手って!)
忸怩と叫びたい心を抑え、ヨハンはさらに高さがあるビルへと移る。
空飛ぶノイズの群れを見下ろす。ヨハンはその中から適当に1体を見繕い、跳んだ。
狙い通り。ターゲットにした飛行ノイズに取り付くことができた。
ヨハンはすぐさまバスタードソードを浅く飛行ノイズの背に突き立てた。力加減に気をつける。位相差を失くして質量を得た飛行ノイズが潰れて炭化しないように。
飛行ノイズの頭部をスカイタワーに向けてから、羽根の付け根を蹴った。
ヨハンを乗せた飛行ノイズは、悲鳴らしき音を上げてスカイタワーへと飛び立った。
(早く…早くマムとマリアのとこへ…!)
スカイタワーがぐんぐんと近づいてくる。
ガッシャアアアアンッ!!
ガラスと柱を突き破って展望台へ突入成功。キラキラと散るガラスの破片。
ヨハンはすぐさまバスタードソードの柄を握り直し、飛行ノイズを突き刺し炭へと還した。
「ヨハン、さん?」
まさか人がまだ残っているとは思わなかったヨハンは、顔を上げ、さらに驚いた。
ヨハンを呼んだのは、日本側のガングニールの装者――煤に汚れて座り込む立花響だったのだ。
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