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K's-戦姫に添う3人の戦士-

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2期/ヨハン編
  K19 鏡、それは装者ならざる者

 ヨハンは木偶の坊みたく突っ立ったまま、限界まで見開いた目で切歌の手を見下ろす。
 切歌の手には、ついさっきウェルが提案した携帯注射器、Anti_LiNKERが握られていた。

 動けない。液体が首の中に入ってくる感触が生々しいのに。まろぶ一歩さえヨハンの自由にはならなかった。

 切歌が、他でもない切歌が、自分を傷つけた。

 ヨハンは膝を屈した。その拍子に纏っていたシンフォギアが粒子に還元された。

「きりちゃん、何で…っ」

 プシュッ

 切歌に対し身を乗り出した調にも、切歌は二つ目の携帯注射器を突き刺した。

「ギアが、なじまない…? っ!」
「調!」

 調を覆っていたシュルシャガナのギアが砕け散った。

「あたし――あたしじゃなくなってしまうかもしれないデス。そうなる前に何か遺さなきゃ、調に忘れられちゃうデス」

 おかしい。ヨハンはようやく気づいた。調大事の暁切歌が、調が苦しむ姿から目を反らしている。調を向いても、調を目に映してはいない。ヨハンたちには視えない壁があるかのように、切歌の視線は調を通り越して何かもっと恐ろしいものを見つめている。

「例えあたしが消えたとしても、世界が遺れば、あたしと、調とヨハンとの想い出は遺るデス。だから、あたしはドクターのやり方で世界を守るデスッ! もう……そうするしか……」
「切歌……あのマッドサイエンティストに、何を吹き込まれたんだ」

 この短時間でそんな真似ができるのは、直前まで一緒にいたウェルしかいない。

「あの野郎は関係ないデスよ! あたしはあたしの意思で、このやり方を選んだんデス」
「調が切歌を忘れるわけないだろう? 切歌、お願いだよ、そんな悲しそうな顔をしないで。今の切歌はありもしない妄想に踊らされてる」
「っヨハンはあたしよりずっと早くからドクターに従ってたじゃないデスか! このAnti_LiNKERもネフィリムのエサ確保も、『あの子』の改造だって!」
「聞いたのか……」

 あのマッドサイエンティスト、帰ったら一発ぶん殴ろう。

「言ったくせに…ずっと三人で一緒にって……なのに…調とヨハンが行っちゃったら、あたし、ホントのホントに世界から消えちゃうよぉ…っ」

 打ちひしがれた心を繋ぎ止めようとする、切ない声音。

(僕が汚れ役を引き受けたのは調と切歌を守るため。彼女たちの生きる世界を壊さないため。それが巡って大切な二人の片方を追い詰めた。切歌を泣かせたくてやってきたわけじゃないのに)

 ヨハンは切歌を“そこ”から救い出したくて手を伸ばし――

 海の一点から波飛沫が炸裂した。


 海から飛び出したのはミサイルだった。
 それだけに留まらなかった。ミサイルが半分に割れ、中から人間が飛び出した。しかもそれが天羽々斬の風鳴翼、イチイバルの雪音クリスだった。

(ああ、もう、どこから文句をつければいいやら!)

 Anti_LiNKERのせいでヨハンも調もシンフォギアを纏えない。実質、切歌しか戦える者がいない。切歌の情が回り回って彼らを窮地に立たせた。

 だからとて、ヨハン・K・オスティナが暁切歌を一人で戦わせる道理などない。

「切歌!」

 名を呼び、ヨハン自身は風鳴翼へ向かって走った。
 走りながら、遺体の黒炭に混じって落ちたマシンガンを掻っ攫い、トリガーを引いた。

 タタタタッ! ダダダッ!

 しかし翼は弾の尽くを斬り捨てた。元より弾丸より日本刀が強いのは知っていたので驚かない。

 ヨハンはすぐにドックファイトの構えを取り、翼に飛びかかった。いくら翼が装者として優秀でも、生身の人間をアームドギアで斬れるほど非常識ではあるまいと踏んで。





「切歌!」

 名を呼ばれただけで意図は分かった。
 切歌はイチイバルの装者、雪音クリスをターゲットに定めて駆けた。

「はああああ!」

 大鎌を振り抜く。クリスは下がって距離を取ろうとするから、さらに追う。

「くそっ、またテメェかよ!」
「またあたし――デス!!」

 弾幕をイガリマの一薙ぎで誘爆させた。

 砲撃のイチイバルには切歌、ショートレンジのガングニールには調、剣を武器とし多彩な技巧を持つ天羽々斬にはマリアかヨハン。そのような対戦カードで臨むことで彼らはハンデを補ってきた。

 しかし今回は、対戦カードこそいつも通りだが、ヨハンは生身だ。避けられても、決定的な攻撃に出られない。ヨハンはいずれ詰む。


「――ふっ!」
「がは!?」
「ヨハンッ!」


 やはり詰んだ。ヨハンは風鳴翼の峰打ちでうつ伏せに倒れていた。
 切歌はヨハンを案じ、攻撃の手を止めてしまった。

 横から脇腹に、抉るようなキックが来た。
 切歌は思わず大鎌を落とし、後ろに転がった。

「あたしだってオッサンの面白トレーニングくらい受けてらぁ!」

 腹を押さえて咳き込んだ。今のは効いた。内臓まで吐くかと思った。
 倒れた切歌に、クリスが赤いボウガンを突きつける。矢でも弾でも、妙な動きをしようものなら撃つという威嚇行動。

 ロクに動けなくなった切歌は悔しさに歯を食い縛った。

(せめてもの救いは、あたしとヨハンにかかりきりだから、調は逃げる余地があるってことだけ……)

 端で所在なく佇む調を見やる。調だけは無事だ。切歌はつい笑みを漏らし――


            「 ――Rei shen-shou-jing rei zizzl―― 」


 翼に背中を踏まれて倒れていたヨハンも、その紫の光を確かに目撃した。

 甲板を抉る勢いで着地した、紫衣の少女。
 見覚えがある。ほんの数日前、融合症例一号と共に居た彼女を、薬と幻惑の海に沈めたのはヨハンたちなのだから。

 彼女――小日向未来は右手に鉄扇のアームドギアを構え、吼えた。 
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