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ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか

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煉獄からの遣い

 
前書き
私事で大変長くインターネットを利用できない時間が有りましたので、更新が滞っていました、申し訳ありません。
今回は、あさっての夜八時に予約投稿しているので、そちらも読んでいただければと思います。 

 

 【我が身を喰らえ(パーガトリウム・フレイム)】!!!


 デイドラの絶叫に込められた想いに応えるように、耳を(ろう)する轟音とともにデイドラの足元から地表を突き破って、焔柱が衝き立った。

 デイドラを呑み込んだ紅蓮の大円柱は暴力的な爆風を撒き散らし、零距離地点にいたキラーアント二体はあらがう術なく壁面に叩きつけられ、埋め込まれた。
 他のキラーアントも爆風に煽られ、吹き飛ばされる。
 怒りを表すように、獲物を求めるように猛りうねっていた焔柱はデイドラのいた場所を中心にして収束しはじめて、やがて人の形を(かたど)った劫火の塊と化した。
 劫火の芯はどす黒く、目の部分が緑翠色にくり抜かれていた。

 「ぐぁ………………」

 その芯、デイドラは全身を焼かれているような(・・・)激痛に呻いた。
 体と僅かな隙間を作り、不透明な壁があるように燃え盛る劫火は肌に触れないだけでなく、焦がしてすらいない。
 あるはずの膨大な熱量が微塵もなかった。
 だが、体の通覚は絶えず身を焼かれている情報を伝える。
 それに加え、眼前に広がっているのは焔の壁であるにも拘わらず、彼はその壁の向こうの景色が見えた。
 確かに目の前にあるのは焔のみ。
 しかし、何故か彼はその先が()えた。

 (リズ…………)

 にも拘わらず、彼はそれを何とも思わなかった。
 意識は完全に視界の中央の少女に集中していた。
 並の人ならば、指一本すら動かすことも叶わない激痛に全身を苛まれていたが、デイドラは足を踏み出した。
 その動きは亀よりも鈍重なものだった。
 だが、その姿が、まるでそこ知れぬ怨讐によって地獄から蘇った怨霊を彷彿とさせる。
 足を離した跡に靴底の形に焔が残ったこともその印象に拍車をかけていた。

 『『キッ、キシャァァァァァァァァァァァァァァァ』』

 一番間近にいた二体のキラーアントが恐慌状態に陥り、爪を振り回しながらデイドラだった焔塊に襲い掛かった。
 恐怖にかられるままにキラーアントは爪を焔塊に振り下ろす。
 しかし、ただ空を切るように振り抜かれた爪は芯を捉えず、焔の表層を撫でるだけで、焔に包まれた。

 『『キシャァァ――――』』

 その焔にさらに狂乱しながらそれを本能に従って振り払おうと、爪を振り回すが、それに反して、焔は蝕むようにゆっくりと前脚を伝い、やがて胴体、腹部、四肢の順で包み込んだ。
 焔に包まれたキラーアントはよろよろと動き回り、必死に腕で払おうとしているが、しばらくして何かが砕ける音とともに動きを止めたキラーアントは、次の瞬間、灰と化して、焔とともに掻き消えた。

 残りのキラーアントはその光景に時間が止まったように固まった。
 同士の壮絶な末路に、そしてそれ以上に今なお燃え盛る焔塊にただならぬ恐怖を覚えていた。
 先程から微塵も動きを見せていないが、夥しい針に刺されているような殺気に次の刹那に殺されている情景がキラーアントの複眼に映っていた。
 一体が僅かに後退したことをきっかけに、硬直していたキラーアントは一斉に壊走し、奥の通路に我先に群がった。
 しかし、一度に通れるはずもなく、しばらくの押し合い()し合いの末にすべてが通路に消えた。
 それを確認するように一拍の間を置いて、焔塊はぺたんと座り込んでいるリズに向かって歩きだした。
 その歩みは、変わらず、鈍重だった。
 長くも短くもない時間をかけてリズの前にたどり着いた焔塊は呆然としているリズにおもむろに手を差し伸べた。
 その手にリズも呆然としたまま手を伸ばす。
 リズの手が焔の先に触れるか触れないかまで近づくと、その手から逃れるように焔は後退し、さらに近づけるに連れて、さらに後退する。
 そして、完全に焔が退き見えるようになった手をリズの小さな手が握ると、一気に焔は肩から胴まで掻き消え、頭と残りの三肢も順に引いていき、ややあって、デイドラは完全に姿を現した。
 デイドラがリズを、リズがデイドラを見詰めていたが、不意にふらっとデイドラは座り込んでいるリズに前屈みに倒れ込み、

 「わっ、ちょっ、デイドラ!」

 と我に返ったリズをあわてふためかせた。

 「って、この傷!」

 慌てていたリズだったが、背の生々しい傷を見付けると、赤く染めていた頬を蒼白にさせた。
 傷は極めて深く大量の血を溢れさせているだけでなく、内臓にさえ達しているようで、息は肺を押し潰されたように苦しげだった。
 状況が急を要することは火を見るより明らかだった。

 (短文化した治癒魔法じゃすぐに治らない)

 リズはデイドラを俯せに横たえさせ、背に手を(かざ)したまま固まった。

 (だけど、短文化しないとまた――)

 過去の失敗、否トラウマにリズは囚われていた――が、

 (…………だけど…………だけどっ、やらないと始まらない!!リヴェリア様にだって見てもらったんだ!きっと今なら!!)

 見る見るうちに血の気が引いていくデイドラの顔を見て無限回廊に迷いこみそうになる思考を振り払い、ミネロヴァの言葉を胸に、歯を食いしばりながら、詠唱を紡いだ。

 【我が半身を成す大いなる精霊よ】

 紡いだ瞬間身体の奥底から溢れほとばしる魔力を感じながらも言葉を続ける。

 【時は今、戦の最中(さなか)なり】

 魔力は身体を巡る奔流となって、外界に解き放たれようと身体を裂こうとする。
 それにつれて、やけにはっきり聞こえる鼓動が耳朶を叩き、肌を伝いはじめた汗が集中を妨げる。

 【兵は傷付き、剣は折れ、馬は主を(かば)い倒れ()す】

 やがて、奔流は秩序のない荒れ狂う暴波と化し、身体を掻き回されている錯覚を覚えた。
 ついに暴威に身体が音を上げはじめる。
 身体を激痛が駆け巡り、骨は軋み、肌は引きちぎれそうになる。
 前ならここで暴威に負け、手綱を離して、大輪の紅蓮の花を咲かせていたが、使命感だけで、救いたい一心で、紡ぎつづける。

 【戦野は屍で埋め尽くされ、黒血に染められたり】

 すると、その意志に応えたのか、リズを中心にして緑光の円が地面に広がりはじめる。
 円は瞬く間にルームの床を覆い尽くし、さらに速度を衰えさせず、四方の通路を突き進み、リズから五〇〇Mの地点で止まる。
 その円に覆われた床からは同じ色の光粒が絶え間無く生み出され蛍のように揺れ漂った。

 (お願い、私の精神力(マインド)を使い果たしてもいい!ダメなら命を削ってもいい!だから、デイドラを助けて!!)

 リズは痛みも忘れて、心中で叫ぶと同時にリズの背からルームの天井に届くほどに巨大な緑色の双翼が咲いた。
 その双翼からも鱗粉の如く光粒が放出された。

 【故に我、懇願す】

 と、紡ぎ終えると同時に、大鐘を叩く荘厳な音とともに、リズから全周囲に緑閃光の波動が走った。

 【兵を、馬を癒せよ】

 数拍後に再び大鐘が打ち鳴らされて、よりまばゆい波動が発せられる。

 【兵を奮い立たせ、馬をいななかせ、我らに勝利の希望を与えよ】

 大鐘が鳴らされ、波動が走るたびに、無秩序に漂っていた光の粒はリズに集まりはじめる。

 【混血なる我が不遜たる懇願に応え】

 その光粒はデイドラに翳しているリズの手に寄り集まり、小さな緑光球体を成したかと思うと、次第に体積を増大させていき、

 【癒しによって、その至大なる霊威を示せ――】


 【ウェニ・スピリツス・サンクチュアリウム(来たれ、精霊の聖域)】!!!


 詠唱の終わりを待っていたかのように発せられた轟くような鐘音に呼応するように緑光の円に同等の大きさの魔法円(マジックサークル)が浮かび上がり、リズとデイドラを呑み込むように新緑の柱が屹立した。
 そして、ややあって、魔法円とともに双翼と柱は輪郭を薄めていき、ルームは普段の薄暗さを取り戻す。
 そのルームの中央、リズは前に横たわるデイドラを不安げな顔で覗き込んでいた。
 傷は完全に跡形もなく消えていた。
 それどころか身体の至るところにあった擦り傷や引っかき傷、内出血さえも消えて、ダンジョンに潜る時と変わらぬ姿になっていた。

 「うっ…………」
 「デイドラ!大丈夫!?」

 リズは声を漏らしたデイドラに飛び付くと仰向けにして、上半身を起き上がらせた。

 「…………リ、ズなのか?」

 デイドラは薄く目を開くと、か細い声で訊いた。

 「うん!そうだよ!身体大丈夫?痛いところない?」

 普段なら近づけない距離まで顔を寄せてリズは並び立てるように言った。
 その目には嬉しさの発露なのか、涙が輝いていた。

 「何処も痛くない、いやいつもより身体が軽く感じる」

 デイドラは薄く明けていた目を完全に開くと、手をついて自分で身体を支え、立ち上がった。
 リズもそれを追って立ち上がった。

 「ここは…………そうか、七階層だったな」

 ぐるりとルームの中を見回しながら言った直後に

 「ん?何なんだ、これは」

 奥に見える通路からこちらに向かって真っすぐ伸びる黒い足跡ができていた。
 下を見ると、今自分がいる場所が、その道のもう一方の端だとわかった。
 その道を指で撫でると、その腹に黒いすすがこびりついた。

 「え?覚えてないの?」

 リズがキョトンとした顔で訊く。

 「覚えてないって――俺はここで何をしていたんだ」

 リズに指摘され、初めて自分が大きく記憶を欠落させていたことに気付いた。

 「デイドラは背中をキラーアントに引っ掛かれたんだよ!それもすっごく深く!!だけどね、デイドラは魔法を発動して全部追い払ったんだよ!それでね、それでね、すっごくかっこよかったよ!!」

 リズは途中から目をキラキラさせて、頬をほわんほわんさせながらまくし立てた。

 「魔法、だと…………」
 「うん、超短文詠唱だったよっ!アイズさんぐらいかな~」

 デイドラは――後から付け加えた言葉も含めて――リズの口にしたすべてのことが理解できなかった。その中でも特に魔法が。
 自分が七階層に降り立ったのは覚えている。
 そして、そこでキラーアントに遭遇したのを覚えている。
 だが、そこまでだった。
 キラーアントに深手を負わされた記憶など皆無だった。
 それに、魔法なんて発現したことも、その詠唱の内容もまるで記憶に引っ掛かるところがない。

 「発動した途端、ドカーンって感じだった!そしたら、キラーアントがドーンって吹っ飛んで、襲い掛かったキラーアントも火達磨(ひだるま)になって、残りのキラーアントがバタバタと逃げてったよ」

 自分のド派手な大規模広域治癒魔法を棚上げにして自分ごとのように一部始終を語りつづけた。

 「それは…………本当に俺なのか?」

 デイドラはリズに耳を傾けながら、手の平に視線を落とした。

 「…………うん、デイドラだよ。酷い怪我だったから記憶がなくなったのかな」

 熱く語っていたリズは一転真剣な顔をして考え込む。

 「かもしれない。で、お前は何でいるんだ?」
 「何でいるって?」

 デイドラの言葉に我知らず声が怒気を孕む。

、「デイドラが闘えるはずもない身体でダンジョンに行ったって聞いたからに決まってるじゃん!というか、何で潜ったの!馬鹿!!」

 デイドラが、自分がどれほど心配したのか知りもしないで、能天気に言ったことにかっとなったリズは、デイドラの両肩を掴んで自分に向き直させ、怒りの意志をあらわにして怒鳴った。

 「す、すまん…………」

 リズによもや面と向かって怒鳴り付けれるとは思っていなかったデイドラは力のない尻すぼみの返事をする。
 そんなデイドラらしからぬ反応に初めて自分の蛮行に気付いてばっと手を離したリズだったが、途中で自分の怒りは正当だと思い直したのか、ぷいっと不機嫌を隠すことなく背を向けた。

 「……………………」
 「……………………」

 デイドラは何がリズを怒らせたのか全くわからず、思案に暮れて黙り、リズは唇を一文字に引き締めて一言も言葉も交わしたくないとばかりに黙り、二人の間に不可視の壁ができあがる。
 これでは(らち)が明かないし、ここに留まるのもどう考えても危険だと、わかっていてもデイドラはかけるべき言葉など皆目見当がつかず、黙りこくっていたが、自分が何を躊躇って黙っているのかと不意に不思議になる。
 どう声をかければいいかなど考えるに値しないことで、普段通りにすればいいだけの話で、何故自分が躊躇しているのかわからなかった。

 「リズ――」

 ここを離れるぞ、と言おうとした、その時。

 「デイドラっ!!!」

 リズではない声が、ルームに響き渡った。
 その声は明白に怒りの感情で染められていた。
 デイドラは嫌な、というよりか天災級の嫌な予感を抱きながら、その声のした方を向く。
 果たして、目に入ったのは、自分に向かってずんずんという音が聞こえそうなほどに猛然と歩いてくるノエルの姿だった。
 本能はその場から逃げることを何度も叫んでいるが、燃えているように幻視する程のノエルの瞳に射抜かれて、手足はびくとも動こうとしない。
 視界の端に見切れているリズの顔も石像のように固まっていた。
 ノエルはそのリズに見向きもせず、デイドラの前に立つと、何も言うとことなく腕を振り上げ――平手を放った。
 パッアアァン、という快音とともにデイドラの顔が横に弾かれる。
 その頬には、威力を物語るように焼印のような手形が浮かび上がっていた。

 「何故勝手にダンジョンに潜った!!自分が闘えるような状態ではないことぐらいわかっていただろう!!」

 ノエルは呆然とする二人に構わず、怒りをあらわにして叫んだ。
 目元は吊り上がっていて、瞳は激情に紅蓮に染まっていた。

 「……………………」
 「答えられぬというのか」

 表情をそのままに、怒りを発散して幾分か落ち着きを取り戻し、代わりに鋭利になった声音で平手を喰らった状態のまま時間が止まったように硬直しているデイドラに問うた。

 「……………………」

 しかし、デイドラは放心していて平手の痛みも、ノエルの言葉も彼には届いていなかった。

 「答えろ!――私と主神様がどれほど心配したかわかっているのか!!」

 燃え盛る心火に包まれていた声がわずかにくぐもったことに、放心していたデイドラはふとノエルに顔を向けた。
 そのデイドラの目に映ったのは涙を堪えるようにして歯を食いしばりながら、吊り上げている目尻を赤くさせたノエルの顔だった。

 「泣いているのか?」

 デイドラは無考えに訊いた。

 「なっ………………な、泣いてなどいない!!」

 ノエルは自分でも気付いていなかったのか、目尻を拭った指先についた冷たい(しずく)に、絶句し、決まり悪く取り繕うように叫び顔を背け、言葉を続けた。

 「ただ埃が目に入っただけだっ!それより私の質問に答えろっ」

 取り繕えていないことを自覚しているのか頬をわずかに紅潮させている。

 「………………ごめん」
 「誰が謝れと言った!訳を言えと言ってるのだ!!」

 ノエルはデイドラにバッと向き直ると再び目元を吊り上げ、怒鳴った。

 「ごめん」
 「だから――」
 「わからないんだ――いや、覚えていないんだ。ここに来たのは覚えている。だけど、何でここにいるのかがわからない。夢を見ていたように思い出せない」

 ノエルを遮ってデイドラは言う。

 「――ただ、悪いことをしたとわかっている。俺はてっきり心配などされていないと思っていた……………………ごめん」

 デイドラはうなだれるようにして頭を下げた。
 そのデイドラを見詰めるノエルの顔からは険がなくなっており、ただ頭を下げられていることにばつが悪そうに黙り込んでいたが、

 「帰るぞ」

 と、言って背を向けて、

 「言っておくが、主神様の怒りはこんなものではないぞ」

 と、忠告なのか、そうでないのかいまいちわからない台詞を残して歩き出した。

 「わかった。それと、リズ」
 「えっ、え、にゃにかなっ?」

 ノエルの気迫に気圧されて自分が怒っていたことも忘れて、幽体離脱していたリズがデイドラに名を呼ばれ、慌てて体に戻って、噛みながら答えた。

 「…………ごめん」
 「うん、別にいいよ」
 「ありがとう」
 「…………デイドラ」
 「何?」
 「話し方変わったね」
 「……ああ、変わってる」

 不思議と驚愕せず、「空が晴れてる」と言うぐらいの軽さでデイドラは言った。

 「そっちの方がいいと思う」
 「…………」
 「ははっ」

 気恥ずかしさを隠すように顔を背けたデイドラにリズが笑いかける。

 「おい。二人とも行くぞ」

 そんな二人にノエルの声がかけられて、二人は並んでノエルの後を駆け追った。
 デイドラはノエルの背を見ながら神にどれほど怒られるのだろうと考えるだけで、すっかり復讐のことは忘れていた。 
 

 
後書き
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