乗せた首
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3部分:第三章
第三章
「そうしておるな、わしも」
「わかったなら行くぞ」
「よいか」
「うむ」
あらためて二人の言葉に頷き後をついて行く。そうして幕で覆われた本陣の中に入って行く。見れば勝ちを祝うのか琴や鼓の音が聞こえ笑い声まで聞こえる。かなり楽しく宴を開いているようである。それは外からもわかった。
「おい」
兵達は警護の同僚に声をかけた。見れば彼も少し酔っていた。
「上様はおられるか?」
「ここに」
「うむ、楽しくやっておられるぞ」
警護の兵は少し赤くなった顔で彼等に応えてきた。
「丁度盛大に楽しまれておる」
「なら都合がよいな」
「おい」
それを聞いてから後ろの勝宏に声をかけた。
「おられるそうだ」
「ではよいな」
「うむ」
「おっと、その前にだ」
ここで警護の兵が三人に対して声をかけてきた。
「何だ?」
(まさか)
勝宏はいきなり呼び止められてどきりとした。まさか今の自分のことがばれたのではないかと思ったのだ。だが彼にとって幸いなことにそれは違っていた。
「腰のものは置いておけよ」
「腰のもの?」
「だから刀じゃ」
そう勝宏と二人の兵に言ってきた。
「公方様の前だぞ」
兵はそう三人に告げる。
「まさかと思うがそんなものをぶら下げていくわけではあるまい」
「そうだったな」
言われてようやくそれに気付く。これまで自分のことばかり考えていてそこまでは気付いてはいなかった。彼もどうにも焦ってしまっていた。
「それでは」
「うむ」
勝宏から刀を受け取る。続いて。
「御主等もじゃ」
「わかっておる」
「では頼むぞ」
二人も腰にあるものを手渡す。こうして三人は身軽になって足利義満のところに向かうのであった。勝宏はその不安定な首を必死で調整しながら。それは警護の兵にも見えたが彼は特に変には思わなかった。これも運がいいと言えば運がよかった。
義満は兜を脱いで陣の中央の椅子に腰を下ろし朗らかに飲んでいた。周りの者を従えて右手に杯を持って上機嫌であった。三人はそこにやって来たのである。
「むっ」
最初に三人に気付いたのは義満自身であった。
「これそこな者」
そのうえで三人に声をかける。
「どうしたのじゃ。ここまで来て」
「はい、上様」
兵の一人が彼に頭を垂れて述べる。
「実は上様に顔を見せたい者がおりまして」
「顔をとな」
「そうです。宜しいでしょうか」
「その為に我等ここまで参上した次第です」
「ふうむ」
義満は二人を見た後で彼等の後ろに立っている勝宏を見た。見れば義満にとっては見たことのない顔であった。
「それはそこの者であるな」
「その通りです」
兵の一人が義満に答えた。
「この者ですが」
「宜しいでしょうか」
「さして危うい男でもなさそうじゃな」
勝宏を見てすぐにそう述べてきた。
「だが困っておる。違うか」
「おわかりなのですか」
「ははは、わしじゃぞ」
義満は見抜かれて驚いている勝宏に対して笑ってみせてきた。
「足利義満じゃ。わからぬわけではあるまい」
「では」
「ただしどう困っておるかまではわからん」
そのうえで彼にこう告げてきた。
「そこまではな。それはこれから聞こう」
「有り難うございます」
勝宏はあらためて彼に対して頭を垂れた。敵の主であったが今はそんなことはどうでもよくなっていた。まずは自分の首である。
「ではお話しましょう」
「これ」
周りの者に目を向けてから述べる。
「その方等は下がれ。よいな」
「はっ」
周りの者を下がらせる。信頼できる者だけ残した。これも全て彼の気配りであった。中々どうしてそうしたこともできる男であった。
こうして勝宏を話し易くさせる。そのうえで話を聞くのであった。
「それではじゃ」
話をしやすくさせて勝宏に問うてきた。
「その方。どう困っておるのじゃ」
「実は首がおかしいのです」
「首とな」
義満は勝宏の言葉に目を少し動かしてきた。そのうえで彼の首の辺りをじっと見る。
「そういえば動きがちと妙であるな」
「おわかりですか」
「まるでただ上に乗せておるようじゃ」
やはり彼は鋭かった。
「違うかのう」
「うっ、それは」
「ふむ。やはりな」
勝宏の様子を見て自分の読みが正しいと確信した。その一見鈍そうな目が鋭くなった。その鋭い洞察力は天下人ならではであった。
「御主、この戦で首を刎ねられたな」
「はい」
素直に答える。
「その通りでございます。それで今は乗せているだけです」
「そうか。それでも生きているのか」
「これは一体。どういうことでございましょう」
兵の一人が義満に問うた。
「首を刎ねられて生きておるなぞ」
「しかもこうして普通に話しているなぞ。これは」
「わしにもわからん」
義満は首を捻ってそう述べた。
「わしも色々話は聞いておるがこうしたことははじめてじゃ。死んだ者が生き返っただのそうした話は聞いたことはあるがな」
「私は生きています」
勝宏は必死な顔でそう述べた。
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