スレンダーマン?がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか
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第五話
暗い。ただひたすらに暗いここは森の中。
その中を私は移動し続ける。何かに追いつかなければならないのだ。
気に入ったのだ。気に入ってしまったからには仕留めなくてはならないのだ。
幾多の木を避け茂みを蹴散らし進む。進む。目標はきっとすぐ近くに居る。
ほら、広場に出た。”あれ”はそこにもう居るじゃないか。
蹲る少女、それに手を伸ばし私は──
────
──
─
朝日を受けて目が覚める。またこの夢だ。ここのところこんな不気味な夢をよく見る。
見知らぬ森で見知らぬ少女を追い掛け回し、捕まえるところで目が覚めるのだ。
ひょっとしたら自分はロリコンなんじゃあないかという疑念さえ湧いて来る。
そんなつもりは無いのだが・・・・・・
目覚めは最悪だったが今日は怪物祭の日だ。ヒルコ様とは会場で落ち合うことになっている。
さっさと支度するとしよう。待たせてしまったら申し訳がない。
高揚感に急かされながら支度を始める。美しい女性と祭りを見て回る、その事実がヤスを更に浮き足立たせた。
○
いつもよりも一際賑やかな喧騒が東のメインストリートを包んでいた。
闘技場へ向けて流れる人ごみの流れに乗って歩く。いつもあるものが無いと落ち着かない気がして武器を持ってきたはよいものの、こんなにだらだら歩くことになるならば置いてくるべきだった。さすがに邪魔になる。
うだうだと歩き続けること十数分、どうにか闘技場周辺の広場にたどり着く。広場には屋台が出ていてそれを見て回る市民でごった返している。ヒルコ様の姿は見あたらない。まだ来ていないのだろうか。
「待たせてしまったかい?ごめんよ、ちょっと野暮用が出来てしまってね。」
後ろからの声、振り向くとそこにはヒルコ様が居た。いつもと変わらない細いズボンとTシャツ姿だ。
「全然!私も今来たところですよ。」
「そうかい、ならよかった。」
そう言いヒルコ様はこちらに手を出してくる。
「あの、これは・・・・・・?」
「さすがにこの人混みだからね。一人で歩くのは大変そうだし、エスコートしてくれないかい?」
差し出された磁器のような真っ白の手を前に固まってしまう。無論今までで女性と手を繋いだ事なんて一度たりとも無い。
「どうしたんだい?早く行こうよ。」
若干にやけながらこっちを見てくるヒルコ様。どうやら女性経験が少ないのを見透かされてしまっているようだ。
「わ、判りましたよぅ・・・・・・つ、繋ぎますからね!?いいんですね?」
おずおずと手をとる。私のものより小さいその手は握っただけで壊れてしまいそうだ。
私の手は汗ばんでいないだろうか。
「さあ、いこう。まずは屋台巡りと洒落込もうじゃないか。」
ヒルコ様に促され人混みへと突入する。片足の無い美女と不自然な長身のペアは異彩を放っていた。
○
大通りには無数の出店が出ていた。売っているものは食べ歩き出来そうな食べ物を主体に、武器やアクセサリーなどの小物まで売っている。まるで日本の祭りのようだ。
そんな中をヒルコ様の手を引きながらゆっくり歩く。ヒルコ様のほうを見ると中々に楽しそうな様子だ。
「活気があるというのはいいもんだね。なかなかに心地いいものだ。」
一緒に小物を売っている屋台を覗き込みながらの一言。さまざまなものに目を輝かせるその姿は、いつもの大人びた雰囲気とは違い微笑ましい。
「そういえばヒルコ様って私が普段居ないときは何をしているんですか?」
「どうしたんだい?藪から棒に。」
「いえ、結構忙しそうなものでしたから。気になりまして。」
私がダンジョンにもぐっている間、ヒルコ様はよく用事で居なくなる。帰りも遅いことが多い。
「ああ、そのことかい。ちょっとしたお仕事をしているのさ。」
「ファミリア運営には多少なりともお金がかかるからね。」
驚いた。確かに食費やら何やらがどこから出ているかは疑問だったが、まさか働いてるとは思わなかった。一体どんな仕事なのだろうか。
「まあそんなことは措いとこう。せっかくの祭りの日だ、そんな堅苦しい話をするよりも楽しむべきだ。」
「さあ次はあの屋台だ。ほら、中々に美味しそうなものを売っているようだよ。」
そう言いヒルコ様は私の手を引く、どうやらあまり詮索されたくはないようである。
いつか話してくれるときはくるのだろうか。
○
丁度闘技場の周りを一周し、最初の広場に戻ってきた。怪物祭のメインイベントはもう始まっているらしく、広場の混雑は目減りし変わりに闘技場の中からは雷鳴のような歓声が響いてきている。
「丁度いいし観ながら食べるとしようじゃないか。」というヒルコ様の提案で、出店で買い揃えた料理たちを手に戻ってきたのであった。
「この祭りはね、モンスターを調教するショーがメインイベントなんだ。」
入り口に向かう途中、ヒルコ様は立ち止まりぽつりと語りだす。
「それも君が普段戦っているようなコボルトやゴブリンのような魔物じゃあない。もっと下層から連れて来た凶暴なやつさ。」
「しかもこの祭りを企画したのはギルドなんだ。進行は【ガネーシャ・ファミリア】ってところが引き受けているんだけどね。可笑しな話だろう。」
前に遭遇したミノタウロスが思い浮かぶ。あれのようなものを街に引き上げるとはおぞましいものだ。
「都市の平和を謳うギルドがモンスターを地上に上げると・・・・・・確かに可笑しな話ですね。脱走したりしないんですかね。」
「【ガネーシャ・ファミリア】は中々力のある勢力だからね。幸いにも今までそんなことは起こっていないよ。」
「まあとにかく見てみるとしよう。闘士とモンスターの駆け引きはなかなかに刺激的で見所があるものだ。」
再び歩き始める私達。もうそろそろ入場できるかといううときに、私の耳は祭りの喧騒にふさわしくない声を耳に捕らえる。
その声はかなり小さい、しかしだんだんと大きくなっているような・・・・・・
「──モンスターだぁああああああああああああっ!?」
闘技場方面の通路の奥、石畳を大きく震わせながらその怪物は姿を現す。
純白の毛並みを持つこの間のミノタウロス並みに大きいサルのような怪物、そんなモンスターが荒々しく突っ込んできていた。
しかしそのモンスターは私達を素通りし、ある一方へ向けて猛突進していく。
どうやら小さな二つの人影を追っているようだ。
突然の事態に凍りつく広場、しかし各々が何が起きたかを理解すると一瞬でパニックに包まれた。
それと同時に先ほどサルの怪物が出てきた通路からさらにモンスターが出現する。それがパニックに更に拍車を掛けた。
その様子を呆けてみていたのもつかの間、私とヒルコ様のすぐそばに〝何か”が落ちてきて私達を吹き飛ばす。
「ヒルコ様っ!大丈夫ですか!?」
周囲を見回すと、倒れているヒルコ様とヒルコ様に手を伸ばす豚面の怪物が見える。
その様子が目に入った瞬間、私は怪物の後ろに転移していた。そのまま触手に持った鉈や手斧を頭に叩きつける。
だがしかし、日用刃物の刀身は戦闘という酷使に耐えられなかったようで、とうとう砕けてしまった。このモンスター、サイズに伴い骨格も強靭なようである。
さすがに衝撃を感じたのか、怪物は醜悪な面をこちらに向ける。中々におぞましい面構えが敵意のこもった目でこちらを見つめ、妨害者を排除せんと片手に持った街灯を振り上げる。
すかさず私は倒れているヒルコ様の横に転移し、そのまま抱き上げ走り出す。私のいた場所には街灯が振り下ろされ、石畳が無残にも目の荒い砂利へと成り下がっていた。記憶が正しければ、あの怪物、オークは今私がもぐっている階層よりかなり下で出てくるもので、立ち向かっても蹂躙されるのが目に浮かぶ。逃げるのが最善策であろう。
メインストリートへ向けて走り出す私を、獲物をしとめそこなったことに気がついたオークが追いかける。
半ば絶望的な逃走劇の幕が切って落とされた。
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