女傑
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8部分:第八章
第八章
「そう来たか」
「それで何だ?傭兵とかならお断りだぜ」
「薪を用意して欲しいのだ」
「薪をですか?」
「そうだ」
チェーザレは市民の言葉に頷いてみせた。
「薪の束をだ。それでいいか」
「それを作ればその金貨を頂けるのですか」
「そうだ」
チェーザレはその質問に答えた。
「多ければ多い程いい。どうだ」
「おい、何か」
「嘘みたいにいい条件だぞ」
市民達はその話を聞いてまた囁き合った。
「本当なのかな」
「あの人こういう話はちゃんと守るそうだぞ」
「わかったならばすぐに頼む」
彼はまた言った。
「それでいいな」
「はい」
「それじゃあ金貨の為に」
「お金の為に」
「よし」
意気あがる市民達を前にしてチェーザレは心の中で笑みを浮かべた。
「これでいい。後はだ」
彼はもう次の策に移っていた。市民に褒美と共に協力を取り付けると次には城塞のあるポイントへの集中砲火を命じたのであった。
「ここを集中的に叩け」
「そこをですな」
「そうだ、まずはそこだ」
チェーザレは将校達にそう述べた。
「わかったな。そして」
「そして?」
「その間に次の策に移る。わかったな」
「はあ」
どうにもチェーザレの策が読めないまま頷く将校達であった。だがその間にもチェーザレの策は動き実際に薪の束が作られて城塞の一部に集中砲火が加えられたのであった。
「一点にですか」
「はい」
その話はすぐにカテリーナにも伝えられた。彼女が聞いたのは集中砲火だけであったが。
「急にそこに攻撃を集中させてきました」
「ふむ」
カテリーナはそれを聞いて首を傾げさせた。彼女もまたチェーザレの真意には気付いてはいなかった。
「そこから攻めて来るつもりでしょうか」
「おそらくは」
カテリーナの家臣達も同じであった。彼等もまたチェーザレの真意は何かわかってはいなかった。
「どうされますか」
「決まっています」
カテリーナは答えた。
「まずはその部分の修復を」
「はい」
「そして兵力を集中させなさい。万が一の時に備えて」
「わかりました」
「といっても焦ることはありません」
カテリーナは城内への突入に警戒するように言ったうえでそう述べてきた。
「城塞の濠は深く広い。それを越えることは容易ではないのですかな」
「そうですな。それでは」
「まだ陥ちません」
カテリーナのこの言葉には微塵も動揺はなかった。
「まだです。よいですな」
「はっ」
城塞の者達はその言葉に元気付けられた。カテリーナもそう言ったうえで現場に向かった。するとそこには報告通りチェーザレの軍勢の集中砲火が加えられていた。
「この程度ならどうということはありません」
彼女は曲がった刀を右手にそう述べた。
「若し崩れても敵兵を退けて修復を続けなさい」
「それで宜しいのですね」
「充分過ぎる程に」
そしてまたこう述べてきた。
「濠が大丈夫なうちは」
そう言って濠を見た。見ればそこにチェーザレの軍勢が近付いてきていた。
「御覧なさい、無駄な努力をする者達を」
カテリーナは城壁の上から彼等を見下ろして家臣達に言った。
「彼等は結局は敗れ去り諦めることになるのです」
「それはどうかな」
この言葉は指揮を執るチェーザレの耳にも入っていた。彼はそれを聞いても余裕の笑みを浮かべていた。
「橋がないのなら作ってしまえばいい」
彼は言った。
「それだけのことだ。兵士達に命じよ」
「はっ」
将校達がそれに応える。
「濠に薪の束を投げ込んでいけとな。それが済み次第後方に下がれ」
「わかりました。薪束を濠に投げ込め!」
チェーザレの命令が伝えられる。
「そして濠を埋めてしまえ。よいな!」
「はっ!」
「そこの上に船を乗せる」
ジェーザレはまた言ってきた。
「それで橋にせよ。よいな」
「御意」
既に船が容易されていた。小舟だがそれで充分であった。濠は見る見るうちに薪で埋められていきそして遂には船が置かれた。カテリーナはそれを見て呆然としてしまっていた。
「な・・・・・・」
「流石にこれは思い付かなかったようだな」
チェーザレは城壁の上で呆気に取られている彼女を見て呟いた。
「だがこれで勝負ありだ。よいか」
「はっ」
「そのまま城壁を破壊せよ。それが終わり次第次の行動に移る」
「その次とは」
「決まっている」
その陰のある笑みに何かを楽しむものを含ませて答えてきた。
「総攻撃だ。よいな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
彼はそこまで言うとまた街に戻った。そして持ち場をボイコットしていたフランス軍の隊長達を集めた。そのうえで優雅にこう述べたのであった。
「火曜日だ」
「火曜日に?」
「そうだ、全ては終わる。そして」
またあの何かを楽しむ笑みを浮かべてきた。そのうえでの言葉であった。
「火曜日には伯爵夫人は私のものだ。見ていてくれたまえ」
「火曜日ですか」
「そうだ、それだけだ」
そう言い伝えただけであった。だがそれがフランス軍を釣った。彼等はその言葉に恩賞を見出して戦いに復帰してきたのだ・全てはチェーザレの思惑次第であった。
「まさかこの様な方法があったとは」
完全に埋められ舟まで置かれた濠を見てカテリーナの家臣達は途方に暮れていた。
「城壁ももう」
「修復不能ですか」
「はい」
カテリーナにそう報告した。
「残念ながら」
「わかりました」
彼女はそれでもまだ肩を落としてはいなかった。毅然として報告を受けていた。
「それではそれで戦うまで」
「左様ですか」
「それとも」
カテリーナは家臣に問うてきた。
「私がそう易々と膝を屈するとでも?」
「いえ」
流石にそれは想像できなかった。その家臣もこの言葉には首を横に振るのであった。
「それはないかと」
「わかっていればよいのです。それでは」
「ええ」
家臣はカテリーナの次の言葉を待った。そしてカテリーナはその次の言葉を発したのであった。
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