女傑
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11部分:第十一章
第十一章
「だが一方は卿が頼む」
「ああ、成程」
そう言われてようやく納得がいった。こうした女性の扱いに関してもフランス男は当時はまだまだだったのである。これは今のように洗練されるのはやはり歴史があってからである。ヴェネツィアの富豪メディチ家からカトリーヌ=ド=メディチが嫁ぎ彼女が美食と優雅を持ち込んでから変わっていくのである。だがブルボン王家の開祖であるアンり四世やその子でデュマの小説にも出て来るルイ十三世の頃はまだ粗野さが宮廷にも残っていた。太陽王ルイ十四世の長い治世下におけるバロック時代からフランスは変わっていくのである。十九世紀中頃にはあのすましてキザなパリジャン達が街を支配するようになっていたのだがそれまでには実に多くの歴史があったのである。
「それではその様に」
「うん」
こうしてチェーザレは隊長と共にカテリーナを城から出した。そしてそのまま街に入りまずは戦後処理を命ずるのであった。
「降伏した者の命は助けよ」
「はい」
まずはそれであった。
「そのうえで我が軍に組み入れよ。よいな」
「そしてまた軍を強くすると」
「その通りだ」
チェーザレは家臣の問いに頷く。破った敵軍の兵士をそのまま自軍に入れるのは常である。敵兵を皆殺しにするよりもそちらの方がずっと都合がいいのである、
「わかったな」
「わかりました」
家臣達は主のその言葉に頷いた。
「それではそのように」
「そしてだ」
彼はさらに言葉を続けた。
「戦利品は兵士達で山分けするようにな」
「ええ」
これは当然の権利であった。兵士に対する報酬である。彼等はスフォルツァ家の財宝もまた目当てだったのである。チェーザレもそれに応えなくてはならなかった。
「ただし武器を持たぬ者には手を出すな。これは常に言っているようにだ」
「では女は」
「娼婦達を雇っておいた」
彼はニヤリと笑ってみせた。
「好きなだけ遊べと伝えよ。私からの褒美の一つだ」
「有り難き御言葉。兵達も喜びましょう」
略奪と暴行は戦争の常である。だがチェーザレはそれを統制が取れなくなるとの観点から好まなかった。だからこうして自腹を切ってまで配慮したのである。自身へのそうした面での悪評と統治下に収まる土地や民衆への被害を避ける政治的な理由もそこにはあった。
「そうだ。兵士達には楽しめと言え」
「ええ。ところで」
「何だ?」
家臣の再度の問いに彼はまた顔を向けてきた。
「公爵様の取り分は」
「それはいい」
だが彼はそれを受け取ろうとしなかった。
「私はもう充分なものを得ている」
「イモーラとこのフォルリですか」
「それだけではない」
彼はさらに言った。
「充分なものを手に入れた」
「充分なものを」
「そうだ。だから私のことにまで気を使わなくてもよい」
「左様ですか」
「そうだ。ではな」
話を終わらせてきた。家臣もそれに応えた。
「下がれ。そして勝利の美酒でも楽しめ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
こうして話は完全に終わった。彼は話が終わると奥に下がった。そしてその足である部屋に向かうのであった。
そこに入るとカテリーナがいた。既に鎧は脱ぎ身を清めていた。美しいドレスさえ身に纏っていた。
「あらためてはじめして」
チェーザレは部屋に入るとまずは彼女に一礼してきた。やはり優雅な、舞踏会でのダンスを誘うような礼でであった。実に洗練されたものである。
「お休みになられましたかな」
「はい」
カテリーナはその言葉に頷いてみせた。見ればその顔からはもう疲れはなかった。
「お陰で」
「さて、戦いは終わりました」
チェーザレは扉を閉めてから彼女にこう言ってきた。鍵が閉まりその鉄の音が部屋の中に響いた。
「そして城は陥落しました」
「ええ」
カテリーナはまた頷いた。
「私の負けですね」
「そうです」
チェーザレはその言葉を聞いてその整った顔に笑みを浮かべてきた。
「おわかりだと思いますが」
「これまでのお話ですね」
「そうです。そしてここにいるのは二人だけ」
彼はそれをあえて言ってきた。
「私と貴女だけです」
「では望みを果たされに参られたのですね」
「その通りです」
優雅に笑って応えてきた。
「それでは宜しいですね」
「今の私は敗れた身」
カテリーナはそうチェーザレに返してきた。
「それは認めましょう」
「そしてあの言葉も」
「はい、それもまた」
彼女は認めると言った。だがそれでも悠然と立ってチェーザレを見ていた。そこには戦場にあったのと全く同じ覇気が見られた。
「話が早い。それでは」
チェーザレはここでテーブルの上に置かれているグラスを手に取った。そのグラスに赤いワインを注ぎ込む。それからそのワインを飲み干してきいた。
「ですが」
しかしカテリーナはここで言ってきた。
「私は相手が誰であろうと誰かの手に落ちる者ではありません」
「ほう」
そのグラスを微かに動かしてその言葉に応えてきた。
「面白いことを仰る。ここでですか」
「そうです。何処であっても」
そう言葉を返す。
「誰であっても」
「貴女に勝った男を目の前にして」
「そう、私は誰の手の中にも落ちはしません。ですが」
「ですが?」
チェーザレはその言葉に顔を向けさせた。そのままじっとカテリーナを見やる。
「私が選ぶなら話は別です」
「ほう」
「ワインを頂けますか?」
カテリーナはチェーザレにあらためて言ってきた。
「まずは一杯」
「まずはですか」
「はい」
カテリーナはそれに頷く。
「そうです。私は選びました」
ワインが注がれるのを眺めながら言ってきた。落ち着いた声で。
「私を負かした者を今」
「それでは」
チェーザレはその言葉を聞きながら今注ぎ込んだ杯を手に取ってきた。
「この杯を受けて頂きますね」
「勿論です」
そう答えてにこりと笑ってきた。
「喜んで」
「それでは」
チェーザレが杯を差し出す。その顔は楽しげに笑っていた。
カテリーナがそれを受け取る。受け取るその顔は敗者とは思えない自信と美貌に溢れていた。それはまさにスフォルツァの女の顔であった。
女傑 完
2006・12・23
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