女傑
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10部分:第十章
第十章
チェーザレの剣が一閃した。それが彼女の右肩を斬ったのであった。
その一閃は掠っただけであった。しかしそれでも血を流させるには充分であった。
「これで勝負ありですかな」
チェーザレは肩を押さえたカテリーナに対して言ってきた。
「どうですかな」
「いえ、まだ」
しかしカテリーナはまだ勝負を諦めてはいなかった。
「私はまだ。まだ戦えます」
「左様ですか。では」
チェーザレはそれを受けてまた構えを取ってきた。再度勝負をするつもりであったのだ。
「お相手しましょう。宜しいですな」
「よいでしょう。では」
「お待ち下さい」
カテリーナもそれを受けようとしたところで今度はカテリーナの家臣達がやって来た。そして彼女の周りを固めてきた。
「まだ奥方様をやらせません」
「ここは我等と共に」
「退けというのですか」
「はい」
彼等はそれに応えてきた。
「その通りです」
「今はまだ膝を屈する時ではありません」
彼等は口々に言う。
「ですから」
「・・・・・・わかりました」
彼女も今はそれを受け入れた。ここは下がることにしたのだ。
「では公爵」
「ええ」
二人はまた見合った。だが構えは解いていた。
「また後程」
「あくまで戦われるのですね」
「ええ、その通りです」
返事にも何の淀みもなかった。
「ですから貴方もまた」
「私もまたボルジアの者」
チェーザレもまた負けてはいなかった。いや、この場合は勝敗が既に決しようとしているのにカテリーナはまだ傲然としていた。それは見事な程であった。
「何としても手に入れましょう」
「では私はそれをあくまで迎え撃ちましょう」
またそう言い合った。こうしてまた別れたのであった。
「見事なものだ」
チェーザレは戦場で悠然とした笑みをまたしても見せていた。だがそこにはいつもの影はなかった。
「ああでなくてはな。面白くはない」
「敵は中央に集まっております」
家臣の一人がそう報告してきた。
「そして大塔に最後の拠点を」
「あそこだな」
チェーザレはその場から見える巨大な塔を指差して問うた。
「あの塔だな」
「はい、その通りです」
その家臣はその言葉に頷いた。
「あれでございます」
「よし、わかった」
チェーザレはその言葉に頷いた。それからまた言うのであった。
「攻撃を集中させよ。残敵掃討の部隊を残しながらな」
「降伏した者達はどうされますか」
「捨ておけ」
彼はそこまでは奪おうとは思ってはいなかった。
「だがまだ戦うというのなら遠慮はするな」
「わかりました」
「戦いは最後だ」
彼は周りの者達にそう宣言した。これは傭兵達やフランス軍に対する言葉であった。
「これに勝てば恩賞は思いのままだ。よいな」
「はっ!」
家臣達はそれに応える。そして彼等も戦いに向かう。
戦いはその日のうちに終わりを迎えようとしていた。カテリーナは最後のあがきに塔内の弾薬庫に火を点けさせたがこれはかえってその煙で自身の兵達の士気を衰えさせてしまった。彼女にしては珍しい戦場での判断ミスであった。
このミスがなくとも趨勢は決まっていた。彼女は塔内でも次第に追い詰められ最上階にまで達していた。そしてそこで遂にチェーザレの降伏勧告を受け入れたのであった。
「ようやくですな」
最上階の一室でまだ傲然と胸を張っているカテリーナに対するチェーザレの言葉であった。
「貴女は私のものです」
「それでどうされるのですか」
「まずはこの城塞を出ましょう」
チェーザレは優雅な物腰でそう述べてきた。まだ戦塵立ち込める塔の中で場違いなまでに優雅な様子であった。
「全てはそれからです」
「恥はかかせないというのかしら」
「勿論です」
チェーザレはその優雅な物腰のまま答えてきた。
「少なくとも貴女に対しては」
「その言葉真実と受け取っていいのかしら」
「それは御勝手に」
何故かここでは言葉を突き放してきた。
「ですが私の応対は変わりません」
「そう」
「はい。ではこの塔を下りられますね」
「ええ」
カテリーナはその言葉に頷いてきた。急に言葉の語気が弱まってきていた。
「そうさせてもらうわ。それで」
語気がさらに弱まった。それはチェーザレにもわかった。
「後は・・・・・・」
最後まで言うことは出来なかった。カテリーナは遂に崩れ落ちその場に倒れ込んでしまったのであった。チェーザレはそんな彼女から目を離すことはなかった。
「誰かいるか」
彼はすぐに人を呼んだ。
「はい」
すぐにフランス軍の隊長の一人がやって来た。濃い髭の厳しい男である。チェーザレに比べると服装も雰囲気もかなり野暮ったい。この時フランスはまだ欧州においては田舎の大国といった感じであり文化的な先進地域はやはりイタリア半島であったのである。
チェーザレは彼に顔を向けた。そして彼に対して命ずるのであった。
「伯爵夫人を城外にお連れしろ」
「ここではなくですか」
「そうだ。もう戦いは終わった」
チェーザレは一旦窓の外に顔をやった。勝ち鬨があがり戦いが終わったことがはっきりと伝わってくる。
「もう残ることはない」
「わかりました。それでは」
「ではな」
ここでチェーザレは動いた。そしてカテリーナの肩を担いだ。
「行くとしよう」
「あの」
彼が肩を担いだのを見てその髭の隊長は目をしばたかせていた。
「公爵様が持たれるのですか?」
「一方はな」
チェーザレは隊長にそう返した。
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