ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
キリング・ポイント
12ゲージの弾丸が飛び出す。
それは船の中で黒尽くめのリーダーが使っていたのと同じ、対物用の一粒弾と呼ばれるものだ。
普通は散ることで弾幕状に命中率を底上げする散弾に、あえて散ることのない鉛の塊を詰め込んだのがこの弾丸だ。多くは狩猟用、その中でもクマなどの大きな獲物を狩る時などに使用する強力なものだ。
その反面、命中力と有効射程が著しく悪いというデメリットも持っているが、距離約二メートルではそんなものないに等しい。その証拠に、引き金に指を描けたことで視界内に現れた《着弾予測円》は、相手の身体の実に八割を覆い尽くしていた。
外すほうがおかしい――――はずだった。
ガイイィイイィンンン!!!!
乾いた発砲音とともに吐き出された弾丸は、伏射体勢から悪足掻きというように身体を反転させようとしていた対戦相手の《テンガ》の真横、手すりの金属棒に命中し、持ち前の凶悪さでそれを大いにひん曲げた。
「……は」
「げ……」
女性プレイヤー(ただしソルジャー)だったらしいアバターは、本気で自身のゲームオーバーを確信していたせいか、数秒きょとんとした表情で固まっていた。現実世界の彼女の本質が見えそうな、無防備なものだ。
一方のレンとしては、それどころではない。
冷や汗とともに己の愛銃(仮)を持ち上げ、やっぱりと胸中で呟いた。
《冥王》と呼ばれる少年は、SAO時代から《投擲》というものが苦手だった。別に投げることそれ自体が嫌いなのではない。
その理由とは、当たらないのだ。
いくら投げても、どんな投げ方をしても。
モノを投げる《投擲》スキルは、モンスターのタゲ取りからHPドット残しからのトドメ刺し、遠距離からの安全なダメージ供給方法ということで、魔法という遠距離火力のなかったSAOでは割と王道スキルだった。
だが、レンはそれができない。
なんとシステムアシストを使ってまでも、敵にかすりもしなかったのだ。修行にさんざん文句を言いながらも手伝ってくれたとある情報屋が評するには、もう呪いを受けているとしか言いようがないナ、とのことだった。
実際、攻略組の仲間達の中――――エンケイなどにはよく、ユウキが《毒料理》スキルなら、お前はさしずめ《ノーコン》スキルか、などと冗談交じりに言われたものだ。
しかし――――しかしだ。
まさかこの世界に来てまでそのスキルとやらが発動しなくてもいいではないかクソッタレ。
放心する少年より一瞬早く立ち直った女性のもつ、ずいぶんと全長が小さいスナイパーライフルのあぎとが虚ろな口腔を向けてくる。
「――――ッ!!」
数十本の赤い嵐が吹き荒れた。
だがその中にすでにレンの姿はない。
「なにッ!?」
ゴツいテンガの下顎ががくんと落ち、大きく開かれた口から驚愕の声が漏れた。
まるで瞬間移動でもしたかのような横移動で、弾幕の脅威の埒外に逃げた少年は、がしょんと銃身の下の部位を稼働させる。映画などでは確かこんな感じで、銃弾を再装填させていたはずだ。
発砲。
しかし今度も、放たれた凶悪なスラッグ弾は手前の床に深い傷痕を刻んだだけだった。
だが、女性の顔が強張ったままなのは、何も少年が強襲してきたことをまだ引きずっている訳ではないのだろう。
悟ったのだ。
眼前の存在が、狙撃手のような者にとって天敵に近いものなのだと。
狙撃手の一番の利点は何なのだろう、と問われれば、百人の狙撃手が一様に答えるだろう。
決まっている。自分が死ぬ危険がないような遠方から一方的になぶり殺しにできるからだ、と。
実際、それは間違っていない。アサルトライフルの有効射程は最大でも五百メートル。ショットガンやハンドガンなどは百メートルくらいだ。
だが、スナイパーライフルの一撃はキロ単位。文字通り、倍以上の距離から飛来するライフル弾は、先刻のテンガの弾幕からも分かる通り、風化して傷んでいたコンクリート壁ぐらいなら軽く貫通する威力を誇る。そんな一撃をこちらの攻撃の埒外から次々叩き込まれるなど、なるほど、状況が状況だったならほぼ確実に仕留められたかもしれない。
だが、それがどうした?
少年にとっての銃の射程距離など、それこそ瞬き程の時間で詰められるものでしかない。
あのビルでレンが悩んでいたのは、いかにしてこのコンクリート製の壁の中から脱出するかであった。窓は狭いし、当たり前だがドア的なものもない。
弾丸が壁を砕いた後になって冷静に考え直したら、自分の得物でやったら早かったのにとも思ったが、それはあんまり考えなかったことにしよう。あちらから撃ってきてくれたから場所も分かったし。
いずれにせよ、レンの脚は狙撃手にとっては天敵以外の何物でもない。
何せ目の前で実演した通り、身体が通り抜けられる空間容量さえあれば少年はいかなる距離もゼロに変えてしまう。遠距離から攻撃、などという戦法は、そもそも彼には通用しないのである。
おまけに、狙撃というプレイスタイルは同時に、近距離戦の脆さを体現していると言っていい。そりゃ確かに、仮にもGGO中最大の大会であるバレット・オブ・バレッツに参加してくるぐらいだ。近距離戦闘になった際の対処法はちゃんと用意しているはずだが、それでも生粋の前衛職に比べればいささか見劣りすることには変わらない。
要するに。
今の少年にとって、眼前の女性は対戦相手として認識されていない。弾道予測線が出る以前に、"発射される弾丸を見てから回避できる"レンにとって、接近戦に持ち込まれた狙撃手など、この新たな得物の試し撃ちの的でしかないのである。
だっごん!
どっこん!
《砲弾》を射出しながら、同時にスナイパーライフルを捨て、副武装と見える短機関銃を乱射し始めた女性に対して冷静に回避に徹するレンは、しかし不機嫌な表情で手元を見た。
―――当たらない。
普通、こちらの位置を認識したことをシステムが判断すれば自動的に感知できるようになる補助システム、弾道予測線――――バレット・ラインによって、GGOの猛者達は現実では到底不可能な回避技術を持っている。
だが、その事実を差し引いても、いや差し引くまでもなく。
明らかにレンの放った弾丸は、狙った方向とは見当違いの方向へとスッ飛んで行ってしまう。
「……曲がってるのかなこれ」
ぼそりと呟きながら、銃口の中の暗闇に目を凝らす少年。良い子でも悪い子でも決して真似どころかしようとすら思わないように。
いやいや武器のせいにしたら本当に終わるぞ、となかなか殊勝な心掛けで再度トリガーに指をかけるも、引く気は起きなかった。否、引くに引けなかったというほうが正しい。
レンの能力値構成は、完全な敏捷値一極型だ。当然、その代償として筋力値の値が著しく低い。そのため、限界装備重量は、平均と比べてかなり下だということは認めざるを得ない。
この、羽の軽さの異名を冠せられる散弾銃だとて、ハンドガン一つで重いと感じてしまう貧弱少年には本当にギリギリのところなのだ。それに、銃での戦闘では別に銃だけ持っていても何もできない。撃つための弾丸だっている。しかも、それらの要求重量も当然ながら加算されるわけで――――
―――重い!身体に振り回されるッ!
そう、銃の練習だと思って近づいたものの、今少年を苦しめているのは自らのノーコンではなく、身体だった。正直、体勢を保ったまま《地走り》を行使するのもいい加減キツくなりつつある。
少年にとってそれは、あまり経験のない現象。
SAOではこういったことが起こらないように、ただでさえ薄っぺらいストレージをなるべく空にしたり、装備面での加重量を減らしてみたりと試みてはいたが、この世界ではそれがほとんど許されない。
「って……あ」
一瞬逸らされた視線の隙に割り込むようにして、視界内から女性の姿が消えていた。
屋上を囲む鉄柵を足掛かりならぬ手掛かりにして、一階下に乗り移ったのだろうか。どうやらやっと、接近戦では不利すぎることに気づいたようだ。
一瞬その後を追うか迷ったが、馬鹿正直に降りて蜂の巣にされたら相当な間抜けになりそうなのでやめた。
「…………むぅ、難しいもんだなー」
手中の鉄塊を持ち上げ、引き金に指をかけた。同時に視界に心音と同期するバレット・サークルが浮かび上がり、それが最小になるのを見計らいトリガーを引く。
銃声。そして着弾。
だがそれも、表示されたバレット・サークルとは違う明後日の方向だ。もう呪われているとしか思えない。
パラパラと舞い上がる石片を不機嫌げな表情で数秒眺めていた少年は。
あ、と。
唐突に声を出した。
あるじゃないか。
わざわざ狙わずとも、引き金を引くだけで当てられ、かつ面倒なことにならずにほぼ一撃必殺をできる方法が。
ところで、天峨と呼ばれる女性が一つ下の階に逃れたというのは、実は少し違う。
実際には、いくら撃ってもかすり傷すら負わずに、圧倒的な速度をもって全弾回避、弾幕回避をやってのける少年という図に完全に気圧され、圧倒されて後ずさりしたところ、屋上を囲う柵にすくい上げられる形で蹴落とされ、とっさに伸ばした手が引っかかったのが一階下のガラスの嵌まっていない窓枠だったというだけだ。
数秒間呆けたようにその場にへたり込んでいたが、そこは仮にもBoBに挑む猛者。すぐさま反転し、今自分が入って来た窓枠にヴィントレスの銃口を向けた。
だが、心のどこか――――《天峨》ではなく現実の自分が極めて冷静な声を発する。
たとえ入って来たとして、弾丸を当てられることができるのか、と。
それは、無視しておきたい、なあなあで、誤魔化し誤魔化しで、目を逸らしたい疑問。
単純に、じゃんけんの勝ち負けのような絶対性。そこに理屈も、屁理屈も通じない。
それは、ルールだから。
グーはパーに。パーはチョキに。チョキはグーに。
議論も、討論も必要ない。そこに理屈を挟むことなどできないのだから。
―――でも、それでも。
女は決して、諦めるという選択肢を選ばない。勝つためだけの策を、銃口を向ける窓から片時も手放さない意識の端で模索する。
だが、いくら考えても。
やはり勝機は一つしかない。
対戦相手である《レンホウ》という名のあの少年の集弾率の悪さは異常だった。器用度が初期値であっても、あそこまでの接近戦でかすりもしないというのはもう奇跡を通り越してわざとやっているのではないかと疑うレベルだ。しかし、彼の表情から察するにそのようなこともなさそうだった。途中で《眩暈》ステータスでもどこからか仕入れたのだろうか。
だが密林ならともかく、廃都でそんなバッド地形効果などなかったような、と。
つらつらとそこまで考えた直後。
背後のドアが勢いよく蹴っ飛ばされるように開いた。
「――――――――ッッッ!!!?」
しまった、と天峨は己の間違いに気づいた。
自分が落下したから、当然相手も同じ侵入経路ですぐに追ってくると思っていた。だが、それにしては時間差があることにすぐに気付かなかったのは、紛れもなく思い込みと冷静さの消失していた自分のせいだ。
悪態もつく間もなく、手持ちのヴィントレスと腰から素早く抜き撃ちしたH&K MP7A1の引き金を引いた。
薄暗い室内に甲高い鉄製の咆哮が木霊するが、しかし女性は唐突に引き金から指を離す。次いで、遅々とした速度で愛銃を手放した。硝煙の香りが漂う空気を引き裂いて鉄の塊が二丁、薬莢が散らばる床に硬質な音を反響させた。
「……参ったね、これは」
ごりっ、と。
後頭部に押し付けられた散弾銃の、まだぼんやりと熱を持った銃口が感じられる。
「確かにこれじゃあ当てられない道理はないね」
だって撃った瞬間に当たるんだもん。
ゆるゆるとホールドアップする天峨の耳に、くすりという小さな空気の震えが届いた。
「無駄弾撃ちすぎたかなー?」
「んなことないさ、学習するのも大事なことだよ」
―――まだだ。
時計の秒針を直視している時のように。
非常に遅々とした速度で両手を上げていく女性は一拍の後に口を開いた。
「一つ訊いていいかい?」
「するだけならご自由に」
なら結構、と笑いを含んで天峨は告げる。
「どうやってビルの間を移動してきたんだい?瞬間移動みたいだったよ」
「飛んできた。以上」
「………………………は」
粗野な笑いが込み上げてきて、天峨の瞳の中にギラリとした光が輝きを取り戻した。
拳銃というのは、他の銃器とはコンセプトの段階で発想が違うものかもしれない。
機関銃は、携行性能と破壊力の"両立"
重機関銃は、ただ単純な殲滅力の"向上"
だが、ハンドガンはいかに四六時中携行できる兵器たるかを追及されたものだ。今日でその携行能力は、それこそ携帯のストラップサイズの拳銃があるほどだ。
だが、この少年はその真髄をまるで理解していない。それはここまで、戦闘とすら呼べないイジメじみた一方的な蹂躙を改めて見直して得られた、数少ない戦果だ。
加えて、"敵の身体に銃口を接触させることの危険性"も、同様に彼は知らないのだろう。
よく、テレビや映画などでよく見る行動だが、素人ならともかく玄人の傭兵などになると、これをする輩はほぼいない。なぜなら、銃口を相手に押し付けるということは、同時に相手に銃口の位置がどこにあるかを伝えているようなものだ。そして銃口の位置が分かるということは、それほど対処を考えさせるチャンスを与えていることに他ならない。
つまるところ、敵に銃口を押し付ける行為というのは、実害はあっても利益のないものなのである。
よって、後頭部に押し付けられていた銃口の射線から身体をひねりながら逃れ、太腿に装備していた小型のホルスターから、底が抜けている隠しポケットを経由して滑らかに抜き取られたシグザウエルの銃口が振り向きざま現れた時に、見様によっては少女にも見える少年は、その美しい碧眼をいっぱいに見開いた状態で固まったままだった。
無論、現実とは違ってGGOでのハンドガンから放たれる弾丸の威力は、仮にクリティカルポイントである頭部や胸部を直撃しても一撃死はないだろう。
だが、撃たれたことによって発生する反動エネルギーは存在する。散弾銃ほどではないが、一瞬の空白が生まれる仰け反りは、屋内戦特有の極短距離間での銃撃では致命的なものとなる。
「死――――ッッ!」
瞬間。
発砲音。
トリガーを引くために動かした指が、反応を返さなかった。
否、腕そのものがもはや、腕ではなかった。
穴。
構えた手が握るザウエルの銃口を粉砕しながら貫き、延直線状にあった右腕をザクロのように左右に引き裂き、さらにその先にある胸部に大穴を開けた――――穴。
否、弾痕。
「…………ぇ。あ……ぁ」
視界の左上に据えられたHPバーが急激に減少していくのが分かる。
少年が左腕で抱えるように危なっかしく持っているのは、薄く硝煙を燻らせるフェザーライト。そして右に持っているのは――――
折れ曲がった鉄パイプ。
―――あ。
女性の脳裏でカチリと歯車が噛みあったような音が響く。
―――ああ。
まず大前提として、このフィールドは荒廃したビル群が立ち並ぶ廃都だ。だとしたら無論、工事の途中みたいにその辺りに鉄パイプが転がっていても、別段変なこともないだろう。
―――ああああぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっッッッッッッッ!!!!!!!
「にはは、悪いねおねーさん」
数瞬前まで後頭部に押し付けていた鉄パイプを適当に放り投げ、今度こそ――――今度こそ脳天にゴツリと銃口を接触させた。
「意外と面白かったよ」
最後に見たのは、全てを吸い込むような銃口内の虚無。
何度目かの発砲音が、呆然とする天峨の脳内を抉った。
後書き
なべさん「はーい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん」
レン「いらん設定を付け加えよってからに」
なべさん「弱みを見せるとヒロイン力が貯まるんだゾ」
レン「僕は主人公だ!」
なべさん「ぶっちゃけ二次界隈のショタなんて一皮剥けばロリと同格だよね。あ、卑猥な方向じゃないよホントだよ」
レン「もうやだこの作者……」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued――
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