ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
狙撃手の心得
転移時独特の、眩暈のような感覚とともにレンが放り出されたのは、陰鬱な黄昏の空の下だった。
甲高い笛のような音を引いて、風が吹き過ぎていく。上空では黄色い雲が千切れんばかりに流れ、足元のひび割れたコンクリートの隙間を通り過ぎていく。
すぐ傍らに立つのはあちこちがめくれ上がり、見るも無残になったステンレス製と見受けられる直径三、四メートルほどの球体だ。ビルの屋上なんかに設置されている貯水槽だろう。
少年が立っているのは四方約二十メートル強の打ち捨てられたコンクリートの板の上だ。その向こう側には、うっすらと白霧がかかるまで連なっているビル群が見えた。
つまりここは、どこかの大都市の一角にそびえ立つビルの屋上らしい。しかも見える限りのビルも、窓ガラスが割れていたり半ばから心持ち傾いでいたりと、ずいぶん物騒な面持ちになっていた。ステージ名が《荒廃した巨大都市》というのも納得できる感じだ。
少年はとりあえず周囲を見回し、屋上の出入り口となっている掘っ建て小屋のような出っ張りに走り、半ばから軽くへこんでいるドアを躊躇なく開けた。
途端、モワッとした埃とカビの匂いが漂ってきて軽く咳き込んだが、行動に支障は出ない。中に入り、丁寧に入って来たドアを閉めた。すると光源も何もなく、たちまち視界が暗闇に閉ざされてしまったが、SAO時代から鍛え上げてきた索敵スキルがすぐに視界内に必要な明度を補充する。
やはりというか、屋上から続く通路は階段だった。だいたい三十段くらいで折り返してどこまでも続いている。
うへぇと思わず顔をしかめた少年は、しかし先ほど見た光景が頭の中を乱反射する。
「……………ッ!」
何を思ったか、レンは長い睫毛を一瞬震わせたが、即座に頭を振って思考を切り替えた。
今は後だ。それよりも目先のことを考えなくては。
いまだ思考の尾を引きずる脳裏を無理やりシフトさせ、レンは先ほど受けたリラとミナの会話を思い返した。
二人によれば、フィールドは千メートル四方ということだが、先刻の屋上の景色は、地平線までゆうに数十キロはありそうだった。おそらく移動障壁のようなものが張り巡らされ、制限領域が設定してあるのだろう。
さらに彼女達の解説を思い出す。
対戦者は、現在少なくとも五百メートル以上離れた位置に出現しているはずだ。このビルの高さはまだ確認していないが、少なくとも世界最大と名高いドバイのなんたらという超高層ビル(確か八百メートルくらい)よりは低くあってほしい。
なぜなら、五百メートルという彼我の出現位置は決して二次元的な座標ではなく、縦軸――――三次元方向にも当てはまるかもしれないからだ。つまり、レンが屋上に出現した時、対戦相手である《天峨》氏はこのビルの一番下に出現したかもしれない。
確かに同じビルで、しかも屋内戦という否が応でも接近戦になるかもしれない状況下は少年からすれば舌なめずりしそうな状況ではあるのだが、いかんせん新装備の手応えがまだつかめていない。
背中のバックパックにすっぽりと収まっているイサカを、キリトの抜剣スタイルよろしく引っこ抜いた。銃身を切り詰めてなお少年の手にはありあまる得物をとりあえず見様見真似で構えてみる。
正直、使いこなせるとはあまり思えなかった。なぜなら――――
軽く下向き方向に傾いていく思考を引きずりながらレンが階段を降り、踊り場に開いたガラスのない小窓に差し掛かった時だった。
ジリッと頭蓋骨の内側が疼くような感覚を感じると同時、タクティカルブーツの靴底が擦過音を立てるほどのスピードで一歩下がった。
瞬間。
小さな窓から飛来した飛翔体が手すりに激突し、埃が舞う空気を爆発させた。
「う…ぉッ!」
とっさに地面に伏せるが、すぐに失敗だったと気付く。窓は手すりよりも高い位置にある。しかも、先ほど屋上で見た限り隣のビルとの間隔はそれなりのものだった。よって、入射角は相当高い位置――――少なくとも今レンがいる高さの階プラス四、五階は上かもしれない。
少年が悪態をつくのと、宙空に緋色の輝線が浮かび上がるのはほぼ同時。弾丸の射線を教える弾道予測線だ。身体を弓なりにしならせ、勢いをつけて空に浮かび上がるラインを避ける。
唸りを上げる弾丸が再び飛来し、コンクリートの床に深い穴を開けた。
とりあえずレンは、窓の真下。踊り場の壁に背を預け、唐突な銃撃でヒートアップしていた頭に冷や水をブチ撒けた。
思うことは一つ。
―――やっぱ同じビルのほうが良かったああぁぁぁ!!
ここまで来たらもう確定だ。
対戦者の《テンガ》は、狙撃手だ。しかも半端な腕ではない。窓とはいえ、そこまで立派なものではない。縦四十センチ横八十センチくらいの、ごくごく小さな部類だ。それを遠距離から、レンが通るタイミングまで図って狙い撃ってきた。
まさしく、生粋のスナイパー。スキルや能力値構成もスナイパー目指してやっていたのだろう。
そこに来てこの、縦に移動が面倒くさく、かつ当てられさえしたら横からは一方的に銃撃できるビルという立地。反則的なまでにあちらに利があるような気がする。階段を下りながら確認していたが、このビルにはエレベータはあっても動いてはいない。しかもご丁寧に各階の扉が全て閉まっているため、ゴリゴリマッチョな怪力自慢ならともかく、非力なレンにはこじ開けられるはずもない。
となると、必然的に移動手段は階段となるが、こちらは踊り場を超すたびにビクビクすることになってしまう。
う~む、と思わず腕組みをしそうになった少年は、ふと床に開いた弾痕に視線が吸い寄せられた。
ずいぶん派手に開けたものだ。たぶん貫通はしていないとは思うが、弾丸自体は相当奥までめり込んでいるはず。穴の淵の方からは亀裂が四方八方に伸び、その威力のほどが――――
「……ぁん?」
今、とてもおかしなところがあった気がする。
床?コンクリート?奥までめり込んだ?
ゾンッ、と。
背筋に冷水がブチまけられたような悪寒が走り、少年がなりふり構わず全力で床をけった直後。
壁を貫通して出現した無慮数十本のラインが数瞬前までへたり込んでいた空間を血のように赤く染め上げた。
数秒後に飛来した弾丸の群れが、硬いコンクリートの壁を削り取っていくのを見て、少年の口元に浮かんだのは――――
笑みだった。
―――あぁ、なんて運がいい。
「……なんてヤツだ」
天峨と呼ばれるプレイヤーは、覗いていた倍率の高いスコープから眼を外した。
少年が焦るビルの隣の――――そのさらに奥のビルの屋上。
風化しかけのひび割れたコンクリ―トで構成された平面体の上に腹ばいになりながら、短い髪を鬱陶しげに払いのける。別に視界の邪魔になったとかではなく、苛立った時のクセのようなものだ。それを自覚しているゆえに、天峨は自身が苛立っていると明確に分かった。
天峨は女性プレイヤーだ。
鳶色の髪と藍色がかった黒い瞳。しかしその容姿はGGOの範疇に漏れず、お伽の国のお姫様というよりはそれを守護する騎士団の中に混じったって違和感のないゴツい戦士のような体躯だ。
それでも通り一遍よりは若干スラッとしているが、そんな自己暗示をボディビルダー顔負けの分厚い筋肉がいとも容易く粉々に打ち砕いている。
別にこの姿にコンプレックスがあるわけではないが、それでも彼女には憧れがあった。
言葉も交わしたことないが、それでもただひたすらに追い求める一人の狙撃手が。
だから彼女は狙撃手になろうと決めた。追い越せなくてもいい。せめて、隣に建てるくらいの腕前に。ただそれだけを心の奥底にしまい込んで努力した。
その過程で手にした半自動消音狙撃銃――――通称、ヴィントレスは今やしっかり彼女の掌に馴染み、本来の設計規格外である八百メートル規模での精密射撃を可能にしている。
だが、その自信も脆く崩れ落ちようとしていた。
そもそも。そもそもだ。
意識の外。
完全な視覚外から襲ってきた、ヴィントレス特有の9x39mm弾――――衝撃音の発生しない弾を完全に回避するなど不可能だ。
いや、確かにバレットラインが出ていたのならまだ分かる。だが、狙撃手クラスにのみ与えられる唯一の特権。第一射弾道予測線非表示の絶対権を行使してまでのハズレだ。そりゃ苛立ちもするだろう、と彼女は他人事のように思った。
更にその後、窓の下に隠れたようだった相手を半ば不意打ち気味にフルオート射撃を敢行したが、死んだ気配というか手応えすらなかった。おそらくそれも避けられたのだろう。
天峨の持つヴィントレスは、設計時に要求された性能が『四百メートル以内から敵の防弾チョッキを貫通する完全消音狙撃銃』だったため、長距離での精密狙撃ではなく、中距離から短距離の狙撃、並びに近距離での銃撃戦を前提に設計されている。そのため、銃身長は比較的短く、20連マガジンを使ってのフルオート射撃も可能である。
今使い切ったマガジンを抜き、持って来たマガジンは計五つ。
予選の残りのことを考えると、ここで一つ使い切ったのは痛い、と。
時折スコープを除き、対象の動向を油断なく見張りつつ、彼女は冷静に現状を整理していった。
―――あの反応速度からして明らかなAGI寄りの能力構成。だとしたら長射程の重い武器は持てないはずだ。アイツがこの下にたどり着く前に確実に仕留めなければ。
指針を決め、何度目かのスコープを覗くと――――
「なッ!?」
ちょうどそこからは、対象である少年がフルオート銃撃にて抉り取られた壁の穴から全身を晒している姿が見て取れた。
気でもトチ狂ったのだろうか、と少し心配になりながら引き金に手をかける。バレットラインが視界内に色濃く表示されているのであろう少年のアバターはこちらに顔を向け――――引き裂くように嗤った。
その表情に一瞬だが薄ら寒いものを覚えた彼女は、そこで思わず瞬きをしてしまった。その一瞬で身を乗り出していた少年の姿は消えている。
おそらく今の行動はこちらの位置を正確に把握するためなのだろうが、依然自分に有利なのは変わりない。
上に行くメリットはないのだから、下に行っているのかも、と。
今しがた少年のいた踊り場の、一階下の窓に照準を合わせる天峨。
しかし――――
カツン、と。
真後ろから音がした。
………………………………………………………………………………………………あ?
風だろう、というのが最初の現実逃避だった。
でも、だけど。
在る。
確実に。
「なんッ……でよおォッ!!」
伏射体勢から強引にヴィントレスの銃口を向けようとする被食者に対し、幼い捕食者は
「遅い」
躊躇なく引き金を引いた。
密林独特の湿った暑苦しい空気が、大勢の人間が放つ人熱特有のむさ苦しい空気にとって変わった時には、ユウキはもう待機エリアへと戻っていた。
どうやら、場所も転送時と同じく三人と喋っていた場所のようだった。きょろきょろと左右を見回していると、肩を叩く手が一つ。
「早かったわね」
ツンと澄ました顔でこちらを見上げてくる顔は、紛れもなく双子の強気なほうのミナ……じゃなくてリラだ。
「そっちこそ。レンはまだみたいだけど、ミナは?」
「そっちもまだね。……どうせ愉しんでるんでしょうけど」
「ん?何か言った?」
リラの言葉の後半は急にトーンダウンして聞き逃したが、少女はそれに何でもないと手をひらひら振った。
「それより相方の心配しなくていいの?やられてるかもよ」
「う~ん、レンに限って負けはないと思うんだけど……」
妙に歯切れが悪いユウキに、少女はガラの悪い三白眼を細めた。
「何よ。何か気になることでもあるワケ?」
「気になるってほどじゃないんだけど」
首を巡らせると、予選開始前は不愛想にカウントダウンだけしていた巨大モニターに、今はいくつもの戦場が映し出されていた。砂漠や、ユウキがいたようなジャングル、あるいは廃墟で、拳銃やマシンガン、あるいはライフルをブッ放しまくるプレイヤー達の姿が、さながらアクション映画さながらの迫力あるアングルで捉えられている。
おそらく、現在同時進行している数百の試合のうち、交戦シーンだけを選んで中継しているのだろう。時折、プレイヤーが銃弾を受けて四散するたびに、フロアにたむろする無数のプレイヤーから大きな歓声が湧き上がる。
「大丈夫かな、と思って」
「はあ?アイツの戦闘技術なら余裕じゃないの?」
理解できない、とばかりに肩をすくめるリラに、少女は整えられている眉丘をひそめた。
「だって――――」
ひときわ大きな歓声が上がる
とある黒い剣士の試合が劇的な勝ち方をしたことで場が最高潮になる中、二人の少女だけがどこか冷えた雰囲気を漂わせる。
「レン、ノーコンなんだもん」
「――――は?」
第三回BoB予選はまだ始まったばかり――――
後書き
なべさん「はいはい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「前回に引き続き、予選か」
なべさん「ちょいちょいと飛ばしたいのはやまやまだけど、まぁそこはさすがにカットしちゃダメだよね」
レン「当たり前だ。ここ飛ばしたらホントにGGO編と関係なくなってくるだろ」
なべさん「やだ正論……」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいー」
――To be continued――
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