藤崎京之介怪異譚
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case.3 「歩道橋の女」
Ⅱ 9.6 am8:33
トントン、トントン…
明くる朝、俺達はドアをノックされる音で目を覚ました。
「申し訳ありません、起きてらっしゃいますか?」
ここは旅館の一室だ。演奏会を開くにあたり、主催者である佐藤神父が用意してくれたのだ。
その部屋で俺は、一体何事かと起き上がってドアを開いた。
誰かと思えば、そこに立っていたのはこの旅館の主人だった。
「大変申し訳ありませんが、只今警察の方がお越しになりまして、お客様にお話を伺いたいとのことでして…。」
「はぁ!?」
俺は驚いて、何とも素っ頓狂な声を上げた。
無論、昨日は教会を出て真っ直ぐこの旅館に戻り、他へ出かけることはなかったのだが…。
「一体なんだ…?取り敢えず着替えてきますので、少し待ってください。」
そう主人に言うと、直ぐ様中へ戻って着替えた。田邊も行くつもりなのだろうが、どうも寝惚けているらしくちぐはぐな格好をしていた。
「田邊、完全に目覚めてから来い…。」
そう告げると、俺は主人と共に警察が待っているロビーへと向かったのだった。
この旅館はかなり広く、行楽シーズンにもなると多くの観光客でごった返すのだとか。この時はまだ少し早いようで、客は疎らではあったが。
そんな客も疎らなロビーを見渡すと、俺の見知った顔が現れた…。
「松山さん!?」
俺がそう言うと、あっちも気付いて手を振って歩み寄ってきた。
「やっぱり君か!どっかで聞いたことある名前だと思ったよ。その上音楽家ってんだから…世も末だよなぁ。」
「どういう意味ですか?会って早々、それはないですよねぇ…?」
この人物、松山春彦警部とは、少なからず面識がある。
俺がまだ音楽家として駆け出しの頃、ある一つの事件に巻き込まれてしまい、その容疑者にされてしまったことがあるのだ。
その事件を担当していたのが、この松山さんだ。
「まぁまぁ、それにしても山桜事件以来だな。あの変な探偵はどうしてる?」
「相模のことですか?さぁね、まだ死んではないようですよ。」
松山さんに問われ、俺は久々に旧友のことを思い出していた。
探偵なんて言っても型破りな調査をし、何度も死にかけたヤツだ…。俺と同類らしく、霊的な事件に巻き込まれてやすいタイプで、三年前にも磯野部邸事件(迷宮入り)に巻き込まれて、危うく犯人にされかけてたな…。
「あっと…、こんな昔話をしに来たんじゃないんだった。」
「そうですね。で、どの様な件で?まさか、誰か死んだとか言わないで下さいよ?」
俺は山桜事件を思い出し、松山さんをジロッと睨んだ。
松山さんはそんな俺の態度を見て、頭を掻きながら溜め息を吐いて言った。
「それがな…そのまさかなんだ。」
フラッシュバックで蘇る苦い記憶。あの時は、このまま有無を言わさず連行されたんだよな…。
俺は顔をヒクつかせながら、何とも言い難い松山さんに向かって言った。
「連行されるのは、もう御免ですよ!」
「しないって!山桜の時とは違うし、君のことも分かってるから。ここへ来たのはな、亡くなったのが佐藤正史神父だからだ。面識はあるよな?」
佐藤神父の名前が出て、俺は言葉を失った。松山さんが、何か悪い冗談でも言っているようにしか聞こえなかった。
あの佐藤神父が亡くなった…?まさか…有り得ない。俺らが教会を出たのは、もう十一時近かったんだぞ…。
警察がこうして動いているということは、少なからず死因に不審な点があるからだろうが、神父が昨夜の様子からして死ぬなんて、全く考えられない話だ。
「ショックなのは分かる。まぁ、君にだから話すが…」
松山さんは言葉を失った俺にそう言うと、耳元で囁くように言った。
「実はな、佐藤神父はこの近くの歩道橋から飛び降りたんだ。死亡推定時間は、今朝五時前後だと分かってる…。」
「そ、そんな!神父が…有り得ない!」
「シーッ!シーッ!声がデカイって!」
松山さんはそう言って、俺の口を押さえ付けた。ムッとした俺はその手をつねりあげ、直ぐ様顔の上から丁寧に退けてもらったのだった。
「いってぇなぁ…。」
「取り敢えず、ここで詳しい話は出来ないので、部屋の方へ来てください。」
俺はそう言うと、松山さんを部屋へと案内したのだった。
部屋に着くと、そこには未だ寝惚けている田邊が窓辺でボーッとしていたが、俺が頭にチョップを加えると、頭を擦りながら何とか目覚めてくれた。
「痛いじゃないですか…って先生、そこの方は?」
「ああ、警察の松山警部だ。俺が以前、大変お世話になった方だよ。そうですよね?」
俺が嫌味を込めて言うと、松山さんはバツが悪そうに頭を掻きながら奥へと上がってきた。
「田邊、今朝なんだが…佐藤神父が亡くなられたそうだ。松山警部はその件で来られたんだよ。」
俺から話を切り出すと、田邊は俺と同じ様に声を失ってしまっていた。
当たり前だよな…。昨夜遅くまで一緒にいて、その上、手作りの夕食まで頂いたんだから…。
「どうして…お亡くなりに?」
何とか自身を取り戻した田邊は、松山さんに問いかけた。
俺も未だ詳細は聞いてなかったので、田邊と共に松山さんを見据えた。
「詳しく話すとこうだ。今朝5時半頃、近所に住んでいる学生がランニングをしていた途中で死亡していた佐藤氏を発見し、携帯から警察へ通報をしてきた。記録には5時27分と残されているので間違いは無い。その後、警察と救急が39分に到着したが、佐藤氏は既に…と言うよりは、ほぼ即死だったようだが、その場で死亡が確認されている。」
「ちょっと待って下さい。そうすると、死亡推定時刻は…?」
死亡推定時刻に前後幅があるのは知られているが、松山さんは最初に5時前後だと断定して話していた。だが、下手をすると4時から5時の間とも考えられるのに、なぜ断定して語ったのだろうか?
「ああ、今朝4時40分頃に見たと言う目撃証言があるんだ。これは犬の散歩をしていた会社員だがな。それで昨日の佐藤神父の様子を知るために、昨日遅くまで教会にいた君達のとこに来たわけだ。」
俺の考えを見透かしたかのように、松山さんは話してくれた。
ここまで聞くと、どうも自殺としか考えられない。だが、松山さんの話し方からして、どうも他の見方もされていることを窺わせた。
「松山さん。そうすると、佐藤神父は私用で夜明け前に教会を出たことになりますが…?」
俺の問いに、松山さんは「うん…。」と唸って仕方なさそうに話し始めた。
「不明な点が多いんだ。そもそも教会を出てからの目撃者が多くてな、佐藤神父はどうやら真夜中から出ていたようなんだ。ある者は北の薔薇園に、またある者は東の市民公園、またある者は…」
「南東の天光寺、南西の破間橋、そして西の近代美術館ですか?」
松山さんの言葉を遮って言ったのは、ずっと黙っていた田邊だった。
松山さんは田邊が言ったことを聞くと、驚いて目を丸くした。
「なんで知ってんだよ!?」
「いや、今ネットでこの土地の地図を出してたんです。初めの二ヶ所を聞いて、ここかなって思ったんですよ。」
静かだったのはこういうわけか…。
しかし、この五ヶ所で佐藤神父は、一体何をしていたんだろう…。
「ん?五ヶ所…?」
俺がそう呟くと、田邊がそれに反応を示して言ったのだった。
「先生、これってペンタグラムなんじゃないですか?」
俺はどうも引っ掛かりを感じた。これだけ目撃者がいると言うのには、何かわけがあるのだろうか?
まさか…死ぬのを分かっていた…?
いや、そんなはずはない。仮にも神父なのだから、自殺に等しいような真似をするはずはないだろう。
だったら何故…?
「君達さ、さっきから何を話してるんだ?俺にはさっぱり分からん。」
松山さんは頬杖をつきながら、ため息混じりにそう言った。
「すいませんね、松山さん。どうも霊絡みのようなんですが…。」
「待ってくれ!またそうなのか!?もう勘弁してくれよ…。」
頭を掻きながら松山さんはぼやいたが、まぁ…仕方ないよなぁ…。松山さんには悪いが、ここから先は俺達の領域ってわけだ。
「田邊君、今日の演奏会のキャンセル告知は出てるか?」
俺はブツブツ言ってる松山さんを横目に、今日のスケジュール確認をすることにした。
まさか依頼主が亡くなったと言うのに、その演奏会を行うわけにはゆかないだろう…。
「はい。どうやら宮下教授と天宮さんも出資していたようで、天宮さんがテレビとラジオで演奏会中止の告知を出してます。」
俺はそれを聞いて顔を引き攣らせた。
宮下教授は分かるが、なぜ天宮氏まで…?何の関係があるというんだ!?
「どうやら佐藤神父と個人的な知り合いだったようですよ?教会にオルガンを設置したのは天宮さんだそうですし、第一この街は、先代の天宮雅隆氏の育った場所ですからね。」
一体どこでそんな情報を…!?まぁ、インターネットってやつで調べたんだろうが…どうやって拾ってくるのやら…。謎だな…。
「先代…か。」
「先生、廃病院のことを思い出してるんですか?」
顔を曇らせた田邊に俺は笑って誤魔化したが、確かにあの廃病院のことを思い出していた。
何か繋がりがあるような…。
あるとしたら、それはかなり嫌だな。無関係なことを祈ろう…。
しかし、この違和感はなんだろう?佐藤神父はただ闇雲に動き回っていたわけじゃないはずだ。
田邊の言っていた“ペンタグラム”だとしたら、一体何をするためにそんな真似を?
俺があれこれ思考を巡らしていると、田邊がポツリと呟いた。
「悪霊払い…。」
「それだ!」
田邊の一言で、まるで雲が晴れたような気分になった。これなら説明がつくからだ。
「お前らなぁ…。俺のこと忘れてやしないか?一応、ここへは事情聴取に…」
松山さんが再びぼやき始めたので、俺はニッコリと笑って言ったのだった。
「本当に申し訳ありませんね。ついでなんで、歩道橋についての情報が他にないですかねぇ?」
俺の笑顔にギョッとした松山さんは少しだけ後退ったが、咳払いをしてそれを誤魔化し、「少しだけだかんな?」と言って話し出した。
「ここ数年で八人亡くなっている。全員が佐藤神父と同じ様な状態で発見されていて、全て自殺で処理されてる。」
「全員男性で、恐らく同い年なんじゃないですか?佐藤神父は例外で。」
「……ッ!」
俺が言うと、松山さんの顔色が変わった。どうやらビンゴのようだ。
「それから、全員九月上旬に亡くなっていますね?」
「おいっ!お前知ってて揶揄ってんだろ!?」
今度は真っ赤になって怒り出してしまったので、俺は松山さんをなだめるために答弁に入った。
「いや、何も知りませんでしたよ。しかし、この状況から推測すると、今言ったようなことが考えられたと言うだけです。」
俺がそう言った後、今までパソコンと睨めっこしていた田邊が会話に割り込んだ。
「だとすると先生、やはり霊的な何かが起因していると?まぁ、その方がシックリきますけどね。」
松山さんは田邊の言ったことに眉を潜めたが、俺は気付かなかったことにして話を進めることにした。こんなとこでいつまでも押し問答していても仕方ないからな…。
「ま、そんなとこだな。しかし、こうなると大本に何があったか調べないと…。」
アメリカやヨーロッパの一部では、既に心霊調査は認められてるってのに、日本はどうしてこう石頭なんだろう…。尤も、あちらでも呪いやその他の霊的殺人は、ほぼ自殺や事故死で片付けられてるため、あまり変わらないのが実体だけどな。
俺は、未だ眉を潜めながら考え込んでいる松山さんに、もう一つ質問をしてみた。
「ここ十年より前に、あの歩道橋で誰か亡くなりましたか?それも、自殺ないし他殺で…。」
「うん、俺が転勤したのが四年前だからなぁ。この事件を担当していたやつが移動せにゃならなくなって、俺が引き継いだんだが…。それ以前となるとなぁ…。」
松山さんが話しているとき、横から田邊が声をかけてきた。何か見付けたらしい。
「先生、この事件なんじゃないですか?」
そう言って俺達にパソコン画面を見せた。どうやらサイト検索をしていたらしいな。
それを見ると、それはこの地方の住人が運営しているオカルトサイトのようだった。おどろおどろしい絵も垣間見れたが、その中の一つにこうある。
“歩道橋で殺された女の怨念が…"
「田邊、そこ開いてみろ。」
俺がそう言うと、田邊は直ぐにそこをクリックしてページを開いた。
画面が開くと、そこにはご丁寧にも歩道橋の写真が添付されていたのだった。
「どうやら当たりのようですね。」
田邊が得意そうに言ったので、松山さんは再びムスッとしてしまった。
どうやらこの二人、あまり相性が良くないようだな…。
開かれたページを読むと、そこにはかなり詳細なことまで書かれていたが、これをどこまで信用するかは別問題と言える。
「やっぱり…。」
記事を読んで俺は呟いた。それを聞いた松山さんは、俺の肩を軽く叩いて笑顔で言ってきた。
「なぁ、一人で納得してないで、詳しく教えてくれるかな?」
これはこれで恐い…。元がかなり良い顔立ちなんだが、こういう時はまさに悪魔だ。
これ以上話を延ばすと松山さんが爆発しそうだったので、俺は掻い摘んで話すことにしたのだった。
「分かりました。簡単に言えば、元凶はこの女性に間違いありません。この記事が正しければ、死者が出始めた年と一致しますし、不審な点も霊が犯人だったら説明がつきますからね。こうなると警察の出る幕じゃないってことですけどねぇ。」
簡単に言い過ぎたためか、松山さんの額に青筋が…。
「先生、そんなこと言ったら松山氏がここにきた意味が…。」
田邊がフォローしてくれようとしたが、これが返って火に油…。
「無能で悪かったな!俺はどうせ能無しだよ!」
あぁ、拗ねてしまった。全くこの人は変わらないなぁ…。
俺は苦笑いしながら田邊に言った。
「その記事プリントアウトしてくれ。」
「分かりました。」
田邊は直ぐにそれをプリントし、プリンターの動く音が聞こえてきた。
俺はそれを見届けると、今度は拗ねている松山さんに向き直った。
「松山さん、取り敢えず現場へ行って見ましょう。現場検証は済んでるんでしょ?」
俺がそう言うや松山さんは、さっきとは打って変わって明るい表情を見せて言った。
「勿論終わってる。現場の立ち入り制限はもう解除されてるからな。」
この人は何のために来たのか、もう忘れているようだな…。ま、別に構わないだろうし、こっちには都合がいいか。
そうして後、俺達三人は現場である歩道橋を目指して旅館を出たのだった。
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