K's-戦姫に添う3人の戦士-
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1期/ケイ編
K prologueⅠ 小日向未来の兄
ふとテーブルで充電中だった未来のケータイが鳴った。未来は畳スペースに戻り、電話に出る。
《よ、未来。元気してるか》
「元気よ。兄さんも変わりないみたいね」
《ああ。何とかやってるよ》
電話の主は未来の兄、小日向ケイだった。
「友達がちょっとね。慌ただしかったよ」
《友達って立花響ちゃんか? 元気でやってるのか?》
「うん。むしろリディアンに来てからのほうが、人助けに走り回ってる。振り回されてたぁいへん」
《とか言って満更じゃないくせに》
「えへへ」
ケイとしゃべるのは楽しい。他愛ない話をしているのに、相手がケイだといつのまにかささくれた気分が柔らかく包まれていく気がするのだ。未来はケイのくれる安心感に任せて、つい心の内を語ってしまう。
《声、ちょっと元気ないな。何か落ち込むことでもあったか?》
この兄は鋭い。それを女関係に発揮すればモテると未来は知っているが、言ってやらない。
未来は座椅子に腰を下ろした。
「流れ星、ね……観に行けなくなっちゃった」
《行けなくって……立花ちゃんと約束してたんだろ?》
「響が急用で行けなくなったの。ねえ兄さん。今夜空いてるんなら、またツーリングに連れてってよ。せっかく取った外出許可が無駄になっちゃう」
ケイは大型二輪の運転ができる。高校時代はよくタンデムさせてくれた。バイクに乗るのは気持ちいい。スピードと疾走感が、ちょっとしたジェットコースターのようで。ちなみに小日向未来は絶叫マシーンがイケる口である。
《……分かった。10分くらい待ってろ。すぐ迎えに行くから》
「ありがと、兄さん」
――かくして10分後。
外出着に着替え、寮の正面玄関で待っていた未来の前で、1台のバイクが停まった。
「久しぶり、未来」
フルフェイスのヘルメットを外し、小日向ケイはニカッと言った。
控えめに称しても格好いい容姿。ピンピン跳ねる黒髪も、ライダースジャケットとグローブと合わせて決まっている。
「リディアンに来てまだ1ヶ月だよ」
「あれ? そんくらいだっけ」
「兄さんのほうが大学で先に家を出たからじゃない?」
ケイからお揃いのヘルメットを受け取る。未来はヘルメットを被ってベルトを留めると、バイクの後部座席に跨った。
「飛ばすぞ。しっかり掴まっとけよ」
ケイもまたヘルメットを被り直し、アクセルを回した。
決まり文句に苦笑して逞しい胴にしがみついた直後、バイクは轟音を上げて走り出した。
それなりに高い場所にある道路の脇にバイクが停まった。
「ここで合ってるか?」
「うん。ばっちり」
未来は、ケイに続いてヘルメットを外し、返した。
流星群はもう始まっている。
未来は星空を見上げて手を伸ばす。こんなことをしても、流れ星の一つでも掴めるわけがないのに。
「へえ。すごいな」
ケイが横に立った。
こてん。未来はケイの肩に頭を預ける。ケイは察して凭れやすいよう位置をズラしてくれた。
(わたしが観たかったのは、響と一緒に観る流れ星だったのに……)
大好きな兄と二人きりでいて、ロマンチックなシチュエーションだとは思う。だがそれでも未来の心は満たされない。
「――未来、ちょっとスマホ貸せよ」
「? いいけど、何するの?」
ケイは未来が渡したスマートホンをいじると、天へとかざした。未来は画面を覗き込む。動画撮影モードで起動していた。
「1回ダメだったくらいで諦めるなよ。2回目、誘ってみなって。きっと立花ちゃん、二つ返事でOKくれるぞ?」
「2回目が今日みたいに急用でダメだったら?」
「俺なら3回目を誘うね。この辺から普通の女子はしつこく思ってくるだろうけど、立花ちゃんは未来大好きだから。何度誘っても断らないと思う」
「……都合いいことばっか」
「ポジティブシンキングと言え」
ささくれていた心が柔らかく包み込まれていくようだ。このまま眠ればきっと素敵な夢が見られるに違いない。
「――ありがとう」
「ん?」
「何でもなぁい」
動画撮影を続けるケイにもたれたまま、未来はただ微笑んで流れ星を見つめ続けた。
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