K's-戦姫に添う3人の戦士-
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1~2期/啓編
K7 彼の許せない理由
バン! バン!
「響ちゃん! 響ちゃんッ!」
リディアン本部の医療棟の手術室のドアを、殴るように叩く、立花啓。
――絶唱を使ってから、彼の姉、立花響は血だらけになって倒れた。すぐにこうして医療棟に運び込まれたが、果たして、アームドギアも介さないで歌った彼女が助かるか……
「響ちゃんッ!!」
立花弟は変わらずドアを叩き続ける。このドアが開かないと二度と姉と会えないかのように。
――家族が血を吐き血涙を流して倒れたのを見たんだ。気持ちは痛いほど分かる。だが、この音が処置の邪魔になっては、助かるものも助からない。
「やめなさい、立花」
腕を掴むと、振り解かれた。くっ、姉弟揃って話を聞かない奴らだ。
「落ち着きなさい、立花啓! 立花ッ!」
後ろから羽交い絞めにした。私より低い身長だからできたことだ。
「ひび、き、ちゃ……」
立花弟は手術室の壁に縋り、ずるずると崩れ落ちた。そして、嗚咽した。
姉を想って号哭する弟。
痛々しいのに、ふしぎでならない姿だった。
はずい。よりによって敵視してた風鳴サンの前で泣いたとか。もう穴掘って篭もりたい。
でも、響ちゃんなんだ。よりによって響ちゃんがあんな、あん、な……
「少しは落ち着いた?」
我に帰る。そうだ。ここは待合スペースで。いるのは、頭を抱えるおれと、厳しい顔の風鳴サンだけ。司令はとっくに黒服引き連れて帰ってて、響ちゃんの手術も終わってて絶対安静だって。
「――あの歌、おれ、知ってた」
「絶唱を?」
「響ちゃんがうちに帰ってきてから、よく歌ってた鼻歌。どんなに聞いても、『わたしを救ってくれた人の歌』としか言わねえから、何か分かんなかったけど……あんなふうに、なっちまうもんだったのか」
両手を強く握り締めた。爪が食い込んで痺れる。神経までイッちまえよおれの手。響ちゃんを守れなかったおれなんか、グチャグチャのメタメタになって消えちまえばいいんだ。
いや、違う。守らなきゃいけないのはこれからだ。2年前みたいなことにならないように。
ああ、でも、どうすれば。昔と違って今は同じ学校にいないし、未来ちゃんも事情を知らねえ。頼れる人なんて、人、なんて……
いた。
目の前にいるじゃねえか。同じ学校の生徒で事情も知ってる人が。
「――2年前のツヴァイウィングのライブ会場で、響ちゃんは死ぬとこだった。あんたたちのせいで」
「返す言葉もないな……」
「退院したらまた、昔みたいにいじめられるかもしれない」
「え?」
「ライブの被害者ん中に、おれらの中学のサッカー部のキャプテンがいてさ。将来有望っつーの? 絵に描いたような人気者だったワケ。で、その先輩のファンの女子が、何で先輩が死んで響ちゃんは生きてるんだ、みたいなことを言い出しやがった。あの頃世間じゃライブ生存者狩りが流行ってたからさ。響ちゃんも標的にされた」
クソみてえな話だよな。響ちゃんが何かお前らに悪いことしたかよ。してねえだろ。殺すぞ――とか毎日殺気まき散らしてたからか、弟のおれへの被害は響ちゃんに比べて少なかったけど。
「響ちゃんは確かに死にかけて、頑張ってリハビリして、医者もビックリなくらい早く帰って来てくれたのに。それ実はケガしてないんじゃね、って言う奴ヒトとして終わってるし」
家族みんなで響ちゃんのお帰りパーティーして、次の日からは同級生の質問攻めに遭った。あの落下感は多分世界のどのジェットコースターでも味わえない。
「それだけならまだいいんだけど」
「まだあるの?」
「あるよ~。おれの親父がさ、もーマジで救いようのないダメ親でさ。響ちゃんのこと会社で言いふらしやがった。俺の娘はあのライブ会場から生きて帰ったんだぞー、って。ところがどっこい、世間は狭い。実は取引先の社長令嬢も、あのライブ会場で死んでたんだと」
しゃべり続けでノド乾いた。いい具合に自販機あるし。冷たいもんでも買うか。
「そんなこと言っちまった親父だから、プロジェクト外されて酒浸り。お約束の転落コース。殴られた時もあったなあ。さすがにばーちゃんは歳だから頑張って庇ったんだけど」
「そのお父様は」
「出てった。後は知らね。追っかける気もねえし。どっかで野垂れ死んでりゃいいのに」
「そう……」
「同情した? ならもうちょい響ちゃんへの当たり、改善してほしいなー」
お財布ケータイをタッチでポン。自販機に出てきた紙コップを持ってソファーに戻った。
「風鳴サンは風鳴サンで相方が死んで傷ついてるのは分かるよ。『それ』が向けられるのが響ちゃんじゃなけりゃ、おれも風鳴サンの味方だったかもだけど、響ちゃんだったから。どんな正当な理由があろうが、響ちゃんを傷つけるなら、おれは誰であっても許せない」
紙コップを風鳴サンに突き出す。中身はホットコーヒー。
風鳴サンはびっくりな顔でおれを見上げた。分かってんよ。ワイロにしちゃ安いのは。とにかくテーブルの上に紙コップを置いた。
「でも響ちゃんはおれみたいに根性悪くねえ。困ってる人見つけたら声かけるし、道聞かれたら自分で連れてくし、バスとかモノレールで真っ先に席譲るし。ノイズ退治もそういうのの延長でしかない。ずっと『お前だけ生き残った』って言われて、生き残っただけの何かをしなきゃいけないってずっと思ってる」
この世に守る価値があるもんなんて一握り。今でもそれを毎日刻み付けられる。世界なんて滅べ。おれは立花家の人と未来ちゃんだけ元気で幸せなら他はどうでもいい。
紙コップのカルピスをぐい飲みして、タンッ、とテーブルに置いて。
「こんな生意気なガキのオネガイでキョーシュクですが、どうかもーちょいだけ響ちゃんが死なないように看てやってください」
廊下に正座して、風鳴サンに向けて直角に頭を下げた。つまり、土下座した。
「や、やめなさい。やめて、立花っ。私は」
「やめません。風鳴サンが響ちゃんと仲直りするって約束してくれなきゃ、おれ、一晩経ってもやめませんから」
響ちゃんにビンタした上、1ヶ月も放置かましてくれやがった女に土下座なんて、屈辱感で泣けてくる。
けど、この人以外に頼みにできる人がいないんだ。
耐えろ、おれ!
「わ、分かった。そちらの要求を呑む。でも、具体的に、私にどうしろと」
「とりあえず今回の怪我はノイズ災害じゃないことにする。あと響ちゃんが話しかけたら無視しない。学園の中じゃ特に。やってくれますか?」
「ぜ、前者はおじさまに伝えてそう処理してもらう。後者は……善処、する」
「善処する、って、遠回しに『いいえ』って意味なんすよ?」
「や、く、そく、する……こ、これでいいか!?」
頭を上げると、真っ赤な顔した風鳴サンと目が合った。
グッジョブ、おれ。
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